この気持ちは何?
(2/2回目)
本日この温泉付き別荘での生活、最終日だ。
僕が抜けたことで仕事がだいぶ滞っているらしい。
1番の問題は近衛の事務処理だ。
働けよ馬鹿王子と文句を言いたくなるけど、あっちもあっちで後始末で大変らしい。
帝国側の言いなりになっていた貴族たちは全て捕らえられ裁判になる。役職持ちの貴族なども含まれていたので、人事移動やらも発生して大変なのだ。
お蔭でクレアやイネル君も休み無しで働き続け、だいぶ無理をさせている。
主に骨折な僕は本来休む必要なんてない。この休養はいわばお詫びを兼ねた国王様の配慮なのだ。
だから明日の帰宅を前に……今夜はノイエとちゃんと向き合うと決めた。
「アルグ様?」
別荘のベッドは屋敷で使っている物よりも遥かに小さい。だから上で座ると二人の距離は近くなる。
ジッと見つめる僕の視線に何処か戸惑っている様子の彼女は、何を思っているんだろう?
「ねえノイエ」
「はい」
「あの日……僕が呼んで無いのにどうして来たの?」
「……」
ノイエの瞳がウルっとなった。
違う。言葉を間違ったかも。
「怒ってる訳じゃないよ? どうして僕が危ないと分かったのか知りたいだけ」
「……」
ノイエは何も答えず潤んだ瞳を僕から反らす。
言いたくないのかな?
「出来る」
「えっ?」
「出来るから」
ポツリと呟いた彼女は、その目を向け直して来た。
「一緒に居た子の術が使える。アルグ様に使った。だから全ての声が聞こえる」
絞り出すように言葉を綴る彼女は、どこか不安げに見える。
秘密にしていたことを知られて怒られるとでも思ったのかな?
「つまりノイエは、僕の声が聞こえていたんだね?」
「……はい」
「全部?」
「はい」
……今までの発言に、お嫁さんに聞かしちゃいけない不適当な物が多数あった気がするんですけど!
ヤバい恥ずかしい。これはとんでもない拷問かもしれない。
「ごめんなさい。アルグ様」
彼女の足に顔を押し付け、恥ずかしさの余り悶える僕をノイエが気遣う。
「もうしない。もう聞かない」
「……」
「だから居なくなるは嫌」
「……大丈夫。別に怒って無いから」
体を起し、やっぱり泣きだしたノイエの頭を撫でる。
アホ毛が完全に力を失ってへんにゃりとしている。
「ただやるなら言っておいて欲しかったかな」
「ごめんなさい」
「ちなみにいつから聞いてたの?」
その言葉に彼女はしばらく悩み続けた。
つまりそんな前から全て聞かれていたのか!
「結婚式」
「はい?」
「一回した後……の朝から」
物凄い前からでした!
「そんな前からずっと聞いてたの?」
「はい」
「怒ってない怒ってない」
また泣きだしたその涙を指で拭う。
最近のノイエは涙腺緩めだな。
「その術以外に僕に何かしてる?」
「……」
彼女の目が全力で泳いだ。
嘘の吐けないタイプなんだよね。ノイエって本当に。
「素直にどうぞ」
「……身代わり」
「はい?」
「アルグ様の怪我を半分私が受ける」
「……」
言われてみると今回の僕の怪我は、酷いけどそこまで酷くないらしい。
あんな大女に握られた胴体など、もっと内臓とかグチャッとなってても変じゃないらしかったんだけど、折れた肋骨が刺さった肺以外は大丈夫だった。
「あとは?」
「……覚えてない」
「つまり出来ることを全部したの?」
コクンと頷いた彼女はまだ泣いている。
泣かなくても良いのに……本当ノイエは優しくて良い子だな。
「ノイエ」
「はい」
そっと彼女の手を握ると、過剰なまでに体を震わせた。
怖がっている様子が分かる。きっと今彼女は怖いんだ。
「やっぱりノイエは約束を1つも破ってない」
「え?」
「僕を護ろうと出来ることを全部してくれたんでしょ? 本当にありがとう。ノイエ」
「アルグ……さま……」
ポロッとこぼれる涙に対し、顔を近づけてペロッと舐める。
「ノイエは本当に最高のお嫁さんだ。だからお願い」
「はい?」
「ずっと一緒に居てね。居なくなったらダメだからね」
「…………はい」
ボロボロと涙を溢して彼女が僕に抱き付いて来た。
大丈夫。全力のハグで無かったら肋骨は耐えるはずだ。
「アルグ様」
「ん?」
「この気持ちは何?」
「えっ?」
「胸の奥が張り裂けそうなくらい痛い。とても苦しい。でも凄く温かで……ポカポカする」
「そっか」
「これは何?」
そっと彼女の頬に手を当てて顔をこちらに向ける。
化粧っ気1つ無いその綺麗な肌に僕の手が吸い付く。
「ノイエは何だと思う?」
「分からない」
「ならその気持ちは嫌な感じ?」
フルフルと彼女は顔を左右に振る。
「痛いけど、苦しいけど……でもずっと居て欲しい」
「そうだね。僕も同じ気持ちだよ」
「アルグ様も?」
「うん」
そっとキスをして彼女の目を見る。
赤黒い瞳は今日も穏やかで綺麗だ。
「ノイエのことが大好きで……好きって気持ちが溢れて止まらない」
「好き? これが好き?」
「僕は、ね」
彼女は僕の胸に耳を当てると目を閉じた。
「分からない。でもこの気持ちはとても良い」
「そっか」
「この気持ちが分かればきっと……」
スッと顔を真っ赤にしたノイエがそこで口を閉じる。
あ~何か誤魔化した感じがする。
「こらノイエ。ちゃんと言いなさい」
「……」
「ノイエ?」
目を閉じた彼女は眠りに落ちていた。
全く……本当に可愛いお嫁さんだな。
彼女を膝枕して優しくその背を撫でる。
「大好きだよノイエ。誰よりも好きだ」
「……はい」
微かにその返事が聞こえた気がした。
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