済まなかったな
(2/2回目)
『あっちで報告を』『向こうで報告を』『奥にて報告を』
会う人会う人にその言葉を言われ、辿り着いた先は宰相様の元だった。
ルッテはガチガチに固まりつつもどうにか自分の見たことを若き宰相に報告する。
アルグスタに単騎で逃げるように指示されたのは、援軍を呼んで来るように任されたのだと思い必死に走り続けたら、意外と近くにまで王国軍が来ていた。
そこで初めて彼女は自分が祝福を使っていないことに気づいたが……今更な気がしたので使わず王城までたどり着いたのだ。
「巨躯の化け物と」
「はい。人の形をしていましたがとても大きくて……あの家の二階の窓の下くらいまでの背丈がありました」
「それ程の化け物がこの国に入り込んでいたとはな」
確かにそんな化け物までもが介入して来る計算などしていなかった。
今度からはそう言った要素を含めて考える必要がある。
「それてで敵はノイエと?」
「はい。ただ……隊長もどこかおかしくて」
「おかしい? ノイエがか?」
「はい。その……笑ってたんです。笑いながら変な攻撃をし始めて」
思い出すと背筋がゾクゾクして来る。
腕の皮膚がブツブツと立ったので、ルッテは自然と自分の腕を組んで腕を擦った。
普段から何を考えているのか分からない人ではあるが……あんな風な一面を見せるなんて思いもしていなかったのだ。
それだけに余計に怖く思えた。
シュニットはその報告を受け、頭の中であらゆる可能性を模索する。
だがノイエには"未知"の部分が多いために、勝手に考えを巡らせるのは危険と判断して思考を止めた。
「大体分かった。騎士見習いルッテ」
「はっはい!」
「このまま近衛待機場に行き、警戒中の近衛たちと合流せよ」
「はい」
ペコッと深く一礼をして彼女は急ぎ走り出す。
その背を見送りシュニットは深く悩む。
だが彼の専門は政治だ。軍事の専門は……
「あれ? どうした兄貴? 俺の出迎えって訳じゃないよな?」
「ある意味正解だ。冗談だがな」
らしくない言葉にハーフレンの動きが止まる。
結構な強行軍で戻って来たからさっさと屋敷に戻って休みたかったが、どうやらそんなことが許されない事態が発生している様子だ。
「……何があった?」
「アルグが襲撃を受けている」
「計算通りだろう?」
その為の対処法は山の様に思案して行ったのだ。
だが静かに頭を振る兄の様子に……ハーフレンは顔をしかめた。
「あの家ほどもある巨躯の女に襲われているらしい」
「……それは流石に考えもしなかったな」
「ああ。アルグは怪我を負い現在も現場に残っている」
ハーフレンは視線を巡らせて副官に顔を向ける。
「コンスーロ。動かせる兵は?」
「シュゼーレが王国軍を指揮して出ている。お前はここに居ろ」
「でも兄貴」
振り向いた弟の肩に手を置き、シュニットは彼の目を見る。
「責任を感じるのは分かる。でも……あれとて王家に名を連ねる者だ」
「責務を果たせと? でもあれは」
「近衛団長ハーフレンに命ずる。近衛と共に王城の警護にあたれ」
「……はっ」
宰相の地位を使われれば一介の将軍でしかないハーフレンは、決して相手に逆らえない。
忸怩たる思いをその顔に滲ませる弟の肩を……兄はまた叩いた。
「ノイエが勝手にアルグの救援に向かったそうだ」
「ノイエが?」
「ああ……ただ様子がおかしかったとの報告も受けている」
「それでもあの馬鹿ならどうにかするだろうさ」
ハーフレンには何となくだが思う部分があった。
あの弟の妻に対する想いだけは、間違いようも無く一途で純粋なのだ。
「あいつ等は必ず戻る」
街道を行く大将軍シュゼーレの元には各種報告が届けられる。
だが彼の元にその報告が届くよりも先に……彼の目はそれを捉えていた。
前を行く兵士が左右に避けて道を譲る。
緊急時の現在において最優先すべき行軍を妨げられる存在などそう多くは無い。むしろ数えるほどだ。
自然と大将軍は馬を降りてそれを待った。
両目からポロポロと止まることなく涙を落とし、それでも唇を噛み締めて胸に抱く相手を愛おし気にしている少女は……紛れもなく過去の自分たちの過ちが生み出してしまった化け物だ。
その少女の腕の中で、苦痛に顔を歪めながらもどこか相手を慮って笑おうとしている人物は……無能である自分たちに対してその事実を突きつけ問いただした若者であった。
無事とはとても言える状態ではない。
それでも彼らは帝国の化け物と戦い戻って来たのだ。
(本当に本物の無能な化け物は……どうやらこの老骨らしい)
歩み行く夫婦に対し、片膝を突き礼を執る大将軍に他の者も応じる。
そんな彼の態度もノイエは決して足を止めない。
急ぎたいけれど走れない彼女は、前を向いて足を動かし続けるだけだ。
「……済まなかったな」
ただその声だけははっきりと耳に届き、一瞬彼女は足を止めそうになった。
でも迷わず前に向かう。
今はまだ……後ろを振り返っている暇など無いからだ。
「何かしらこれ?」
何者かが戦ったのであろう場所で、フレアは足を止めてそれを見つめる。
地面が、木々が、至る所が……まるで刃にでも斬られたかのような状態になっている。
「まさか……血みどろファシー?」
呟いた自分の言葉に軽い衝撃を覚える。
彼女は大量殺人の容疑で10年も前に処刑されているはずだ。
その術式は文献に残るだけで、再現不能とされている。
だが自分の目に映るそれは……文献に書かれていることと合致し過ぎている。
「一体何があったの?」
(c) 2018 甲斐八雲
次回からいつも通りの投稿ペースに戻ります。
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