彼女のアホ毛
(3/3回目)
「庇って貰ってなんだけど……この血って大丈夫?」
「アタシの血に毒なんて入ってないよ」
「そうっすか」
胴体を掴まれ確保されたままだけど……落ち着いて考えると、この人って一応僕を攫いに来た人たちの仲間なんだよね? このまま逃げられると危ないかな?
とは言っても現状僕に拒否権は無く、また盾代わりにされてノイエらしき者に向け突き出される。
「生き残りたかったらどうにかしな。旦那だろ?」
「そっちがどうにかしてくださいよ。戦いたかったんでしょ?」
「……アタシは魔法とか術式とかはダメなんだよ」
そんなサラッと弱点を。
「殴れない攻撃をどう止めれば良いんだ。全く」
前言撤回。殴れたら戦うのね。
でもこのままだとヤバい。結構キツイ。
痛いし……何より出血もある。
「ノイエ。そろそろ止めよ。ね?」
「あはは……あははははは……」
「分かったから。ノイエは強い子だからね」
「あはは……私、強い?」
「うん強いよ。すごく強い」
「本当? カミューやグローディアやアイルローゼよりも?」
「うん。きっと」
「嘘! あの化け物たちに私が勝てる訳ない!」
知らないって。そもそもその人たちは誰ですか?
普段見せない残忍な目つきで僕を睨む彼女はノイエじゃない。
無表情でも彼女は絶対にあんな目つきはしない。
目つき? あれ?
「ノイエ。いつもの目はどうしたの? 赤黒の綺麗な目は?」
「……」
彼女は何も答えない。ただ怯えた様子を見せて一歩二歩下がる。
いつもなら赤黒い色をしている彼女の瞳が、今は完全に黒一色だ。まるで日本人の様な目をしている。
これか? これが謎を解くカギなのかな?
「ノイエの瞳……綺麗な色で僕は好きだよ」
「嘘……あの目は呪われた目。あの目は」
「ノイエの綺麗な目だよ。僕の大好きな綺麗な色をした」
「……」
彼女の動きが止まった。
と、オーガが僕を地面に降ろす。
地面に触れた足に力が入らず……たたらを踏んで前のめりに数歩歩いて倒れ込む。
でも地面とのキスは無かった。
「ありがとうノイエ」
「……」
無意識と言った様子で彼女は僕を受け止めていた。
「……私はファシー。呪われたっ」
「関係無いよ。君も"ノイエ"だ。そうなんでしょ?」
「…………はい」
抑揚のない声。それはいつも耳にするものだった。
「アルグ様」
「ん?」
「……ごめんなさい」
「謝ったから許す」
右手を動かして彼女の頭に触れると、手の平に確りとした感触があった。
彼女のアホ毛だ。
「ごめんなさい」
「大丈夫」
ウリウリと撫でて、震える体で立ち上がろうとする。
一瞬彼女は僕を止めようとしたが、それに気づいて渋々手を貸してくれた。
完全回復したオーガが僕らを睨みつけていた。
「ったく……化け物と聞いてたけど、毛色が違う種類の化け物じゃ無いか」
「いえ。そっちも大概な化け物だと思います」
「……興ざめだよ。やる気が失せた」
膨らんでいたように見えた相手の体が萎んでいた。
それでも優に3m以上の体躯だ。十分に化け物だと思う。
「アタシはオーガのトリスシア。帝国で『ドラゴンスレイヤー』と呼ばれている」
「ユニバンスのアルグスタと妻のノイエです」
「ふんっ! 抜けてるのか肝っ玉が太いのか知らないけど……あんた恐ろしいぐらいに大物なのかもしれないね」
「いえ。出来たらこのまま田舎に引っ込んでのんびりしたいです」
こっちの本気を冗談だとでも思ったのか、オーガは『ガハハ』と笑うと臆する様子もなくこちらに歩いて来る。
「今度は正々堂々とやろうじゃ無いか。ユニバンスのドラゴンスレイヤー」
「……」
パンパンにアホ毛を膨らましているノイエは、今にも飛びかからん勢いだ。
でも動かない。動けない。元に戻った彼女は、普段通り優しい僕の自慢のお嫁さんだからだ。
今手を放されたら、僕は倒れる自信しかないよ?
と、彼女はごそごそと何かを漁り出すと、メモ紙を取り出し僕の額に張り付けた。
「余計な"邪魔"が入ったが、今日はそれなりに楽しめた。だから褒美だ」
「何よこれ?」
「……子供の消失事件。その容疑者らしい」
クルッと背を向けてオーガは歩き出す。
「アタシは食人鬼。人を喰らわない食人鬼。お蔭で仲間たちから爪弾きにされ……腹いせに全員を殴り倒したら支配者になった存在さ」
「……」
「人を食うぐらいなら子羊の丸焼きでも食った方が美味いのにね」
ガサガサと木々の間に彼女の姿が消えた。
「アルグ様っ!」
「大丈夫」
ちょっと緊張の糸が切れて膝から力が抜けただけ。
必死に僕を支えるノイエは、そのまま抱えてくれた。
「戻る」
「うん」
抱きかかえられて走り出した彼女の腕の中で、僕は大きく息を吐く。
あはは……やっぱり血の味しかしない。大丈夫かなこれ?
普段なら猛スピードで全力疾走のはずが、今日の彼女は普通に走るスピードだ。これなら気絶しないですね。
でも……これだけの痛みを抱えていると、むしろ気絶した方が幸せかも。
「ノイエ」
「はい」
「急いでも良いよ」
「……ダメ」
「どうして?」
右手で持つメモ紙から彼女の顔に視線を動かすと……理由が分かった。
涙で前が見えないんだ。
ボロボロと彼女の瞳からこぼれ落ちる涙が、全く止まる気配がない。
「ならノイエにお任せで」
「……はい」
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