ファーストキス
(3/1回目)
本日も三話投稿です。
頭の中が真っ白になった。
彼女は今、何と言ったのだろうか?
『次は何を?』とか、そんな言葉だったような。
「ノイエさん。この後の段取りは?」
「言われたのは、『並んで歩け』と『指示に従えば良い』です」
「……」
真っ白だった頭の中が真っ暗に変わった。
誰だ。そんな適当な説明をしたのはっ!
「ならあれです。この後は二人で歩いて檀上まで行って、そこに居る国王様からの言葉を聴いて」
「アルグスタ様」
「……なに?」
「簡単に」
「へっ?」
「ドラゴン退治以外のことは、覚えられない」
無表情のまま彼女はその真っ直ぐな視線を僕に向けて来た。
改めて見ると……黒くて淡い赤色の瞳が綺麗だな。
あはは。現実逃避終了!
「えっと……」
とは言えどう説明したら良いんだ? ってドラゴン退治以外覚えられないとかどんな教育を受けて来たの? ドラゴン退治の専門知識を重点的にかな?
使えね~。今最も使えない知識過ぎるって!
「まず僕と並んで歩く」
「はい」
「壇上で停まる」
「はい」
「国王様の誓いの言葉を復唱する」
「……はい」
微かに彼女の視線が流れた。
もうダメ? 許容量限界?
「あとはその時に」
「分かりました」
了解してくれたのか彼女はまた前を向き直った。
スッと現れたメイドさんが、彼女のベールを降ろす。
『何故?』と思っていたら、他のメイドさんたちが扉を開こうとしている。
待って待って。心の準備がっ!
開かれた扉の向こうには、重苦しい空気が居座っていた。
とりあえず僕とノイエさんは並んで歩き出す。
「「誓います」」
「今の二人の宣言を持って我が息子アルグスタと騎士ノイエの結婚を認めることとする」
どうにか誓いの言葉の復唱を終えた。
今にして思うと僕の説明が悪かったのかな?
檀上に登った彼女が国王様と同じ場所に立ってしまったり、誓いの言葉が何処からか解らず冒頭から復唱してしまったりと……たぶん僕は悪く無いはずだけどあとで怒られそうな気がする。
ただその都度訂正すれば彼女は正確に従ってくれる。その点は凄く助かった。
助かったけど……チラッと横に立つ彼女を見れば、ただジッと虚空を見つめたままだ。
何を考えているのか分からない。もしかしたら何も考えていないのかもしれない。
言われるままに、指示されるままに、それを応じているだけだ。
これでは便利な対ドラゴン用の兵器か何かでしかない。
彼女の個性はどこに行ってしまったのだろう? 感情は?
「ではここに二人を夫婦と認める。さあ誓いのキスを」
「……」
忘れってた~っ! 色々あり過ぎて根本的な部分をすっかりと忘れてたよ!
えっと……どうすれば良い?
とりあえず指示待ちの彼女に何か言わないと。
「ノイエさん。こっちを向いて」
「はい」
言われるがままにこちらを向いた彼女は、
「ごめん。顔だけじゃ無くて体ごとこっちを向いて」
「はい」
横を向いた女性に対して誓いのキスとか、とてもシュールな展開になる所だった。
スッと音も立てずに動いた彼女が僕と向き合う。
ヤバい。心臓のバクバクが止まらない。
「えっと……顔を上げて。ごめん今の無し。顎を少し上にあげる感じで、そうそう。その位置を維持で」
「はい」
彼女の準備は出来た。
でもこっちの準備が本当にまだなんですけど!
助けを求めるように国王様の方を見たら、台に隠れた手を振って『さっさとやれ』と促して来る。
味方が居ない。
あ~も~っ! どうせ一度死んだ身だ!
そっと彼女のベールを捲り、ガッと彼女の肩に手をかけて一気に顔を近づける。
あっ……柔らかい。
しばらく押し付けてから顔を離すと、閉じるように言い忘れていた彼女の目が微かに見開いていた。
驚いたとかなら良いんだけど……実は臭かったとかだったらどうしよう。
「うむ。これで二人は正式に夫婦となった。二人の誓いは永遠の物となるであろう」
高らかに国王様が宣言して、ずっと静かだった会場に拍手の音が響き渡る。
良かった。どうにか終わった。
「アルグスタ様」
「なに?」
「……何でも無い」
バッサリと会話を打ち切られて顔ごと視線を逸らされた。
もしかしていきなりキスして嫌われちゃったかな? だって仕方ないじゃ無いか!
でもやっぱり謝った方が、
「ご報告! ご報告!」
「何事かっ」
突然飛び込んで来た男に国王が声を荒げた。
お祝いの席で大声を上げて突撃して来るとか、異世界であっても失礼だよね。
バージンロードを転がる兵士さんは、どうにか持ち直して片膝を突いた。
「北東より中型ドラゴン多数接近。バージャル砦より至急の応援要請です!」
と、その声に反応したのはノイエさんだった。
ベールを剥ぎ取り、ウェディングドレスの余計な飾りを引き千切り……取った物を僕へと寄こす。
「参ります」
「……うむ。頼んだぞ。騎士ノイエよ」
「はい」
と、彼女が僕を見た。
「アルグスタ様。行って来ます」
「えっあっうん。怪我とかしないでね」
「……はい」
コクッと小さく頷いて、凄い速さでバージンロードを駆け抜け扉の向こうへと消えた。
こうして僕らの結婚式は終わった。
一応誓いの儀式まで完了していたから問題は無いらしい。
ただ……花嫁が居なくなったお蔭で、あとは結構グダグダになったけど。
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