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ふざけるな!

「ハーフレン王子は?」

「現在王都に向かう帰路の途中でございます」

「予定通り?」

「若干の遅れは生じていますが大体は」


 スラスラと見て来たかのようにメイドさんが答えてくれる。

 あの筋肉王子が予定通りに帰って来ようとしているだけでも凄いことだけどね。


「明後日の僕の予定が変更になったみたいなんだけど……そっちは調べてるの?」

「はい。アルグスタ様がまさかこの時期に謹慎処分を受けるとは思ってもみなかったのでしょう。余程焦って行動を起こしたせいで、数人の貴族が尻尾を見せております。

 我々は現在その貴族たちの行動を調査している状況です」


 謹慎に関しては僕もまさかと思ったけどね。

 結果として良い方向に動いたのなら……言い訳にもならないから良いか。


「なら後は予定通りで良いの?」

「はい。我々としては、敵の実行部隊を捕らえられればと考えています」


 筋肉王子の部下の一人……密偵に属するメイド姿の女性が一礼して来た。

 本当に無理難題を言って来るのね。


「分かりました。ただしうちのお嫁さんは絶対に呼ばないからね?」

「我が主より聞かされております。我々もアルグスタ様の安全確保には十分に気を掛けることを約束しましょう」


 気にするだけなの?

 本当にあの王子の部下って体育会系のスパルタ揃いだな。


「敵を釣ったと思ったら僕は全力で逃げるんで後は宜しくね」

「はい。では失礼します」


 部屋の壁をポンと叩いたら、クルッと回って彼女の姿が消えた。

 この部屋は忍者屋敷か?


「って……これって完全に僕一人が貧乏くじを引かされてる感じじゃん」


 あ~も~最悪だ。どうしてこうなったの?




「……そんな訳でアルグよ」

「はい?」

「俺は明日から旅に出る。土産は適当に何か買って来てやろう……妾で良いか?」

「ノイエを呼んで殴らせるよマジで」

「冗談の通じない奴だな」


 冗談ならなぜそこまで腰が引けているのか説明しろよ。

 押し付けられた仕事の山越しに筋肉王子ことハーフレンが笑う。笑いやがる。


「でだ……俺の留守中にちょっとばかり罠を仕掛ける」

「罠?」

「ああ。たぶん帝国の実行部隊がこの国の中に入り込んでいるはずだ。それを炙り出す」

「……具体的には?」


 面倒事は嫌なんですけど?


「お前は俺の留守中、王都から出るな。屋敷の行き来は常にノイエと一緒に居ろ。以上だ」

「ほえ?」


 それってある意味通常運転なんですけど?

 今から説明してやるって感じのドヤ顔がマジウザい。


「そうすると敵は襲えないからお前の行動予定を変更して来るはずだ。うちの貴族を使ってな。で、実行部隊も捕まえつつ、敵と内通している貴族も洗いだせる素晴らしい計画な訳だ。どうだ? 感動したろ」

「敵の実行部隊を捕まえるって、僕の身の安全は?」

「危ないと思ったらノイエを呼べばいっ」

「ふざけるな!」


 ドンと机を叩いた衝撃で書類の山が崩れた。今はどうでも良い。


「そんな話ならお断りだ」

「……断るのか?」

「ああ。僕はノイエにドラゴン退治以外のことをさせたくない」


 人と戦えるなんてことがもし広まれば……彼女の立場がまた悪くなる。

 何よりあんなに優しいノイエが人と戦うなんて出来る訳がない。


「国王の命でもか?」

「だったら今から乗り込んで、あの色ボケしたオッサンに喧嘩を売ってでも断って来る」


 相手が誰であっても僕は応じない。応じられない。

 しばらく睨み合っていると、やれやれと相手が肩を竦めた。


「親父はお前が拒絶するだろうから別の方法を考えろと言ってたよ。兄貴もその意見に同調しやがってな……気づけば俺一人悪者ってことさ」


 いやアンタ……基本悪やん。


「その汚物でも見る様な目は何だ? アルグよ?」

「気のせいでしょ」


 バキバキと指を鳴らしだしたので視線を逸らしておく。


「まっそんな訳だから、俺の部下がお前の警護をする。誰もが精鋭だ」

「本当に?」

「ああ。ユニバンスの密偵は昔から質が良いんだぞ? 安心して釣りの餌になれよ」


 正直かなり嫌なんですけどね。




 実の弟を普通囮にする物なのかね?


 どこぞの馬鹿兄貴の椅子に踏ん反り返って天井を見る。

 埃1つ無い。ちゃんと掃除されてるんだよね。


 まあ今回の釣りはあくまで帝国の実行部隊とやらを捕まえるだけのことだ。

 本命は手伝っている貴族を一網打尽にする方とも言ってたしね。


 危なくなったら一目散に逃げだそう。

 外聞? 僕は負け犬の称号が付いても構わないよ。


 ノイエに何か起こる方が圧倒的に嫌だ。

 もし僕が呼んでしまって彼女が来たら……僕のことを護ろうとして力を使ってしまう。


 強すぎる力を振り回せば危険は無くなる。でもそれだけだ。

 僕は頑張って彼女に笑顔を与えるんだと誓ったのに……殺人の機会を与えてしまったら本末転倒だ。

 計画が失敗することになっても、彼女を巻き込まない方法を選ぶ。


「良し! 戻って仕事をするか」


 気合を込めて立ち上がり、ついでに山となっている書類の上の方に視線を走らせる。


「子供の消失事件?」


 手に取った紙は、ユニバンス王国の北西地域で起こっている幼い子供の消失事件に関する調査依頼だった。


 何か……嫌な感じのする事件だな。




(c) 2018 甲斐八雲

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