ドラゴン、退治した
「……ってことがあったんだ」
「……」
たぶん明日になれば忘れてしまうだろうけど、今日の出来事をノイエに聞かせる。
今夜の彼女もキャミソールだ。
ただ毎晩色が変わるのはどんな仕様ですか? 絶対にこの服、僕の趣味扱いになってるでしょう? わざわざ買ってるの? オーダーメイドなの?
赤い寝間着姿の彼女を後ろから抱きしめ時折頭を撫でる。
それだけでノイエは十分喜んでくれる。
ちなみに彼女の1日は聞くまでも無いが……『ドラゴン、退治した』で終わる。
それでも聞くんだけどね。
「好きでもない人と結婚するってどんな気持ちなんだろうね?」
フラリフラリと左右に揺れていた彼女のアホ毛がピタッと止まった。
「……アルグ様は?」
「はい?」
「アルグ様はどう思った?」
「僕?」
コクッと頷き彼女が体を捻ってこちらを見る。
いつも通りの赤黒い瞳が少し不安げに見えた。
「ん~」
ノイエとの結婚……最初に抱いていたあの『棚ぼたラッキー!』はある意味闇に葬りたい。
でも何かノイエの瞳に見られると嘘を言えない感じにさせられるんだよね。この小悪魔ちゃんが。
「僕は正直に言うとね」
「……」
「世界で一番の幸運を掴んだと思ったけどね」
「幸運?」
「うん。だって一目見た時にノイエの綺麗さに心惹かれて……ドラゴンの返り血を浴びて立つ君が物凄く格好良く見えたんだ。つまり一目惚れ」
あれ? 実は今……結構な爆弾発言しちゃった? 何か物凄く顔が熱いんですけどっ!
「アルグ様? 大丈夫?」
「ごめん見ないで」
「……ダメ。見せて」
いつかの仕返しですかっ!
いやん……力だとノイエに勝てない。
ベッドの上に押し倒されてマウントポジションを奪われた。
「顔、真っ赤」
「恥ずかしいからね。解説しないで」
「ダメ」
ノォォオオオ! たまに見せるドSモードですか?
でも彼女は僕の顔に触れるだけで特に何もして来ない。でも恥ずかしさが増すばかりなんです。
「ノイエ? もう良い?」
「アルグ様。どうして恥ずかしい?」
「……」
試練が続くよどこまでも!
「……好きな人に好きになった理由を言うのは恥ずかしいのっ!」
「はい」
「ノイエは?」
「はい?」
「ノイエは僕との結婚はどう思ったの?」
カウンターとばかりに繰り出したけど、まったく意味が無いことに今気づいたよ! そもそもノイエは結婚自体よく理解して無かったしね!
カクンとアホ毛が傾いて……しばらくすると定位置に戻った。
「何も」
ですよね~。
「でも今は……」
「ん?」
すると見る見るノイエの顔が真っ赤に染まった。
と、姿が消える。
「だぁ! ノイエ!」
部屋中に視線を向けると……ソファーの影に隠れていた。
「恥ずかしくなったの?」
「……はい」
ふむ。ならば仕返しだ。
「それでどう思ったの?」
「……」
「教えてノイエ」
「……分からない」
「はい?」
「言葉が分からない」
ソファーの裏から出て来た彼女は、真っ赤な顔を手で覆っていた。
可愛いんだけど、そのまま歩いて来ないで! 足元にテーブルがって……実は見えてる? 見事に避けた。
「アルグ様」
「ん?」
「恥ずかしいは分かる。胸が苦しくて顔が熱い」
「うん」
「でも今は何? 分からない」
それは僕にも分からないよ。
ベッドから立ち上がりこっちに来た彼女を抱き止める。
ギュッとしてフラフラしているアホ毛にキスすると、ビクッとノイエは全身を震わせた。
「分からない。私には分からないことが多い」
「うん。でもそれで良いんだよ」
「……」
「ノイエの分からないを一緒に考えて分かって行けることが僕の幸せだから」
「幸せ?」
「そう……幸せ」
そっと顔を隠す手を退ける。まだ少し赤い頬がどこか可愛らしい。
「幸せだよノイエ。こんな僕と結婚してくれてありがとう」
「……はい」
そっと身を寄せて来た彼女に押し倒されてベッドへ。
知らない間にノイエが攻めっ子に!
「アルグ様」
「はい」
「……赤ちゃん」
そっと自分のお腹に手を当てて彼女がそう呟く。
本当に欲しいんだろうな。でもこればかりは完全な運任せなんで。
「いつか出来るよ」
「はい」
「出来るまで頑張ろうね」
「はい」
うりうりと頭を撫でてやると、ノイエがそのまま倒れ込んで来た。
「女の子は後ろからすると出来るって」
「……誰がそんなことを言ったのは?」
「薄い」
皆まで言うな。聞くまでも無かったか。
「あの馬鹿はそろそろこの世の地獄を見せよう」
「……殴れば良い?」
「殴る振りしてしばらく追い回してあげて」
「分かった」
地獄を味わうと良い。あの馬鹿ちんめ。
「アルグ様」
「はい」
「……ランプ消す」
明日は……まっ良いか。
したいと言う意思を示すお嫁さんを邪険に扱ってはいけないのです。
「おはようクレア」
「……おはようございます。アルグスタ様」
「イネル君は?」
「近衛の方の書類を提出に」
「あっちの仕事を受ける分、金銭を要求しようかと考えてるんだけど?」
「ご自由に」
本日のクレアの態度が素っ気ない。
「お漏らしさせたこと根に持ってる?」
「っ!」
姉仕込みの人をも殺しそうな視線を向けられた。
あ~怖い怖い。
「そんなんじゃ結婚相手どころか恋人も出来ないぞ」
「ほっといてください!」
「はいはい。……ちなみに僕ってば元王子様なんだよね」
「……」
今思い出した様子で顔を青くしない。そもそも君の上司だよ僕は?
「まっ……折角見つけた恋人が、両親の反対に遭いそうになったら言ってね」
「えっ?」
「その時はこの国有数の権力を存分に見せてあげるから」
はいはい仕事仕事。
席について本日もノイエ小隊の書類を山の上から手にする。
「あの……良いんですか?」
なんて顔をしてるの? そんな驚くようなことは言ってないんだけどな?
何より……
「お漏らし娘を貰ってくれる掃除好きが現れればだけどね」
「……アルグスタ様? 刺し違える覚悟のわたしに、熱い抱擁をしていただけますか?」
「遠慮被ります」
姉妹して本当に物騒だな。
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