人違いでしゅ
「だからね? 別にこっちは『買ってくださいね』とか言ってる訳じゃ無いのよ。それを勝手に熱くなって喧嘩するように値段を釣り上げてさ……で、全部終わったら購入金額を見て蒼ざめるのよ。
それならまだしも『こんなに買わせやがって……』とか陰口は間違ってるでしょ?」
「まあそう思います」
「それならまだしも払えないから『どうか借金で』ってさ……馬鹿なの? 自分の使える範囲で買い物しないとね?」
「ボクには何とも……」
曖昧な笑みを浮かべてイネル君が仕事に戻る。
先日のオークションは恐ろしいほど好調に終わった。
どれほど好調かって、だいぶ貯蓄してたっぽい貴族たちが散財しまくってしまったくらいにだ。
国王様があんなにヒートアップしてたのは貴族たちを焚きつける意味もあったらしい。
そう説明してくれたイケメンお兄ちゃんが、その後国王様にマジ説教してたのは見て知ってる。
焚き付け役が本気になって買い物をした末路だ。
そもそも今回のオークションにはもう1つ意味があった。
貴族の散財を誘導するってことだ。
説明を受けた限り徳川幕府の参勤交代制度が思い浮かんだ。
貴族にお金を遣わせて力を持ち過ぎないように誘導する。結果として僕の所に大量なまでのお金が集まることとなったが、王族で王家への忠誠が物凄く厚いと言うドラグナイト家が不穏なことをする訳がないそうだ。
うん。確かに無い。だって面倒臭いし……何よりノイエとのんびりしてたい僕的には、相続争いとか内部紛争とか無縁でありたいと心底願っている。
だったら王家に尻尾を振る忠犬で良いです。
「お蔭で昨日から借用書作りとか大変な訳よ」
「って作ってるのわたしですから!」
「……確認と見直しが大変なのよ」
「言い直さないで下さい! って自分の父親の借用書を書く娘の気持ちを知って下さい! 何ですかこの拷問は! それに買ったのって……その……」
「クロストパージュ様が買ったのは、何とかと言う女性の全裸像と何とかと言う女性の全裸の絵だっけ? 後数点あったけど」
「そっちの全裸と関係無い方を言ってください!」
怒ったあまり自分で言ってるじゃん?
ほら気づいて顔を真っ赤にした。意外と反応が可愛いな。
「もう嫌だ……この仕事を始めてから家族の恥部ばかり知って行く……」
「ああ。えっとクレア? 泣かないでね?」
「うっさいばかぁ~」
慰めようとしたイネル君にそれは失礼だろう?
まあ良い。悲しい時は甘い物だ。
「……遅いな」
「どうかしたんですか?」
「お菓子の注文をしといたのよ。今朝ノイエに」
「ノイエ様に?」
ここ数日僕を迎えに来る彼女を見てイネル君も学習したらしい。
ノイエがその……普通とはちょっと違うことを。
「うん。ぼちぼち小隊の定時報告日でしょ? 報告ついでにブロストアーシュのケーキ買って来てってメモを渡しておいたの」
「それなら……まあ」
うん。幾らノイエだって副隊長にメモを渡すことぐらいは出来る。
と、何故か顔を真っ青にさせたクレアが慌てて周りを見だした。
「今日って報告日ですか?」
「だよ~」
「……わたしちょっとお腹が! だいぶ溜め込んだあれがあれしてるので結構頑張って来ます!」
どんなカミングアウト? 女性はちゃんと食物繊維を取らないとダメよ?
転びそうになりながらも部屋を出ようと急ぐ彼女だったが、
コンコンッ
「失礼します。フレア・フォン・クロストパージュです」
「っ!」
タイミング良くノックからの入室で、姉妹が向き合う形になった。
この部屋で姉妹が顔を合わせる所を初めて見たな。
「…………クレア?」
「………………人違いでしゅ」
全力で顔を背けた彼女が変な声を作っている。
スッと目を細めたフレアさんの表情がマジだ。
「クレア・フォン・クロストパージュ!」
「!」
全身を震わせてクレアが蛇に睨まれた蛙状態だ。
僕はこっそりと机の影に身を隠して、ひょっこりと顔半分を出して状況を見つめる。
「アルグスタ様」
しゃがんだ姿勢でアヒル歩きでイネル君もやって来た。
「もしかしてクレアってここの仕事を言って無いのかな?」
「どうですかね? その辺の事はあまり話したがらないので」
まあ家族に秘密にしている様なことをここで話すことなんてしないか。
何よりクレアが来てからここに来た小隊の人ってノイエだけだったな。
いずれバレるやん。
「違います。わたしはクレアなどと言う者では……」
「そう。なら……わたしの知っているクレアと言う妹は、10歳までおねしょをしていたとか言っても問題無いわよね?」
「はうっ!」
「おねしょは良いとして……大きい方もブリっとしちゃったのは8歳だったかしら?」
「あれは……体調が悪くて……」
姉の黒歴史暴露に妹が一気に形勢不利に陥った。
「花の匂いを嗅ごうとして蜂に鼻を刺されて、こ~んな団子っ鼻になったこともあったわね~」
「はぅぅ!」
「そうそう。確か友人が『胸が膨らんで来たの』とか言われて張り合って『わたしも』とか答えてしまったが為に、何が何でも膨らませなきゃいけなくなって叩いて叩いて叩いて……胸を痣で真っ青にして大爆笑されたってことも」
「それは絶対に言っちゃダメなの~!」
うん。まあ……女の子ならそう言うこともあるかな?
勝ちを誇ったフレアさんが、がっくり肩を落としている妹を見下ろす。
不毛な戦いだったが……これに勝ったことで何の意味が?
「それでクレアじゃ無い人? これ以上言い訳するの?」
「……うっさい」
「えっ?」
ブルブル震えるクレアがその顔を上げた。
「うっさい……この黒い下着の攻め好き女っ!」
怖い睨みがこっちを向いたから急速潜航だ。
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