かおがあつい
微睡みの中……心地良い疲労感に目を覚ます。
朝チュンとか期待してたけど、特に何の音も聞こえてこない。
目を開けると……あれ? ノイエが居ない?
慌てて横を見ると、ノイエがスヤスヤと寝ていた。
初めて見た気がする。否、急速潜航する様に眠る彼女の姿は何度も見て来たけど、僕より前に目覚めていないのはこれが初めてじゃなかろうか? ノイエに勝ったというべきなのかな?
ただ表情筋一つ動かさずに寝ている彼女だけど、どこか幸せそうに見えるのは思い過ごしかな。
……実は夢落ちとかないよね?
確認しようと彼女を見れば、一糸まとわぬ綺麗な裸体。
らめ~っ! そんな姿を見たら僕の暴れん坊が大暴れしちゃうからっ!
とりあえず脱ぎ捨てた下着を探していると……モゾッとノイエが体を震わせた。
「おはようノイエ」
「……おはようございます。アルグ様」
目が合い挨拶をする。
彼女はゆっくりと体を起して、自分の様子に気づき顔を左右に振るようにして状態を確認する。
えっとノイエの寝間着はさっき足元の方で……掴んで振り向くとノイエが消えていた。
「はっ? えっ? ノイエ? どこ?」
慌てて辺りを見ると、ベッドの影に隠れるように身を押し込む姿を発見。
体は隠れているんだけど……アホ毛がちょこっと飛び出している。
「ノイエ? どうしたの?」
「……」
匍匐前進して行くと、床にペタンと座り身を隠しているノイエの顔が真っ赤だった。
「大丈夫?」
「……」
「えっ?」
「……かおがあつい」
「……」
「胸が苦しくて顔が熱い」
そう言うとノイエは自分の顔を腕で隠した。
笑っちゃダメなんだろうけど……何か可愛いな。
「あはは。ノイエも恥ずかしがるんだね」
「……」
不満げに彼女のアホ毛がクルクルと回っている。
脱ぎっぱなしのキャミソールをそっと彼女の腕の隙間に差し込んでみる。
「背中向けてるから着ちゃいな」
「……はい」
人が着替えをする音ってどうしてこんなに生々しいんだろう?
しばらく待つとベッドが揺れて背中にペタッと何かが張り付いた。
あっ……ちょっと暖かいかも。
「ノイエ」
「はい」
「当ててるのは額?」
「はい」
「凄く熱いね」
「……はい」
まだ恥ずかしくて顔が真っ赤なんだ。
「アルグ様」
「ん?」
「これは何? とても苦しい」
「うん。たぶん"恥ずかしい"だと思うよ」
「恥ずかしい?」
「うん。ノイエが昨日の夜のことを思い出して」
不意に背後の熱が消えた。
振り返るとノイエが居ない。
視線を動かすと……カーテンが微かに震えていた。
その超が付くほどの反射神経と運動能力を無駄遣いしないで!
「ノイエ? ノイエが今感じているのが"恥ずかしい"って気持ちだからね」
「……はい」
カーテンに隠れている彼女がこそっと返事を返して来た。
これがミシュやフレアさんだったらからかい尽くすんだけど……ノイエには出来無いな。
探していた下着を何故か枕の下から発見して身に着ける。
ベッドから立ち上がり壁際の天井から垂れ下がっているロープに括りつけられた木製の握りを引く。
『おはようございます旦那様』
「おはよう。着替えを頼めるかな?」
『はい』
「あと……軽く体を拭ける物もお願い」
『今朝はお風呂の支度をしてあります。許可なく準備いたしましたが……どうかお許しください』
何か気の利いたことを言われた気がする。
でも引っ越したらって離れの時からずっと言い続けて来たから、メイドさんたちはほぼ全員知ってたのかな?
「ありがとう。ならまずノイエから」
「一緒が良い」
「……ノイエと一緒に」
『畏まりました』
もう一度ロープを引いて伝声菅の蓋を閉じる。
背後から聞こえたはずなのに振り返ると彼女は居ない。こんな状態で一緒に入れるのかな?
「ノイエ? 本当に一緒に入るの?」
「……はい」
「分かった。だから顔ぐらい見せてよ」
「もう少し。たぶんもうすぐ」
何が?
それからしばらくして彼女はカーテンの裏から出て来た。
お風呂でもちょっとした騒ぎになったけど、どうにか乗り越えて朝食は昨日の残りと言うかアレンジ料理を堪能した。
「アルグ様」
「はい?」
「今日は?」
「買い物に行こう」
「買い物?」
「うん。庭に置く椅子が欲しい。ノイエに膝枕して貰って寝れるヤツが良いな」
「はい」
寝室と浴場で見せていた恥ずかしがり屋さんモードから脱出したノイエは普段通りだ。
これはこれでちょっと寂しいかも。
「それと馬も欲しいんだけど……ミシュは仕事か。まっそのうち買いに行こう」
「そろそろ雨期。ドラゴンも出なくなる」
自分で言ってシュンとしないの。
雨が降りだしたらノイエの仕事は強制的にお休みになっちゃうらしいけど。
「ならその時にでも馬を見に行こうか? 二人で」
「はい」
シュンと垂れ下がっていたアホ毛が元気を取り戻してフルフルと震えている。
本当にノイエは見てて飽きない。
「アルグ様」
「なに?」
「椅子を買ったら……頭を撫でて欲しい」
「分かった」
つまり買い終えたら急いで馬車を手配して運ばせないとダメってことか。
折角のお嫁さんの我が儘だ。それを叶えるのが旦那さんの務めだと僕は信じている!
財力に物を言わせて買った椅子を運ばせてから日が沈むまで……延々とノイエの頭を撫で続けた。
これはこれで幸せな休日だ。
(c) 2018 甲斐八雲