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破いて燃やして捨てといて

「アルグスタ様っ!」

「うむ。……ごめんね~」

「『ごめんね~』じゃ無いですよ! この山のような書類を前に何処に何しに行くんですかっ!」


 あわあわと慌てるイネル君をよそに、目じりを釣り上げて怒るクレアは完全にキレている。

 ふっ……まだまだ甘いな~。


「それぐらいで怒ってたら、ここでの仕事は務まらないよ?」

「仕事に対して怒ってるんじゃないんです! 毎日わたしたちに仕事を押し付けて、どこかに行く貴方に対して怒っているのです!」


 怒る姿もフレアさんそっくりだ。もう少しすると頭を掻きむしって大激怒かな?


「ま~ま~。それも今日までだから許して! ね?」

「……本当ですか?」

「うん。今日で引っ越しが終わるから、そうしたら仕事の方も真面目にするよ」

「……分かりました」


 渋々と言った様子でクレアが自分の席に戻る。

 喧嘩に発展しなかったことを喜んでいるイネル君も胸を撫で下ろしてる。


 僕のサインが必要な物は全てサインしたな?

 何気にこの二人、事務処理能力が高くて助かる。


「なら後のことはお願いね」

「はい」

「そうそう。明日休んで明後日から出て来るんで……まっよろしく~」

「ちょっと待って! そんな話聞いてないっ!」


 激怒する少女の怒りから逃れるように、僕は全力で駆け出した。




「荷物自体少ないんだよね~」

「そうですね」

「ベッドの方は?」

「はい。分解を終えて先ほど馬車で移動しました」

「ん。ありがとう」


 服なども馬車で運ばれて行く。

 後は……荷物が少ないから意外と暇な引っ越しだ。


「アルグスタ様」

「はい?」

「先に移動した料理人たちから『今夜は?』とお伺いが来ていますが」

「ん~。出来たら豪華に」

「はい」

「で、皆が自由に食べられるようにって」

「皆が、にございますか?」

「うん。今日は引っ越し記念と言うことで、僕らが食べ終えたら皆で残り物を片付けておいて。勿論お酒も良いよ。ただし……粗相は無しね? あと次の日に残るくらいの飲み過ぎもダメ」

「宜しいのですか?」

「今日くらいはね」

「畏まりました」


 立ち去るメイドさんの足取りが少し軽い。

 まあ僕は本来この世界の住人では無いから、色々と他の貴族たちとは違う。

 やり方も思考も違うってことは、そのお蔭で受けるメイドさんたちの恩恵もだ。


 うちの屋敷は規模に対してメイドさんたちを余剰気味に雇っている。必ず誰かが休んでも欠員対応が出来る感じ。

 その理由は使用人の公休制度を設けた関係だ。


 この世界では画期的過ぎるらしく筋肉王子なんて心底驚いていたけど、休みも与えられずに毎日働かされるのはただの拷問だと思う訳です。だから休みと少額の給金を支払うこととした。

 ノイエも反対しなかったしね。

 彼女は周りの評価とは違い心底優しい人だから最初から反対なんてしないと思ってたけど。


 お蔭で補充要員の募集に、とんでもない数のメイドさんたちが応募して来た。

 王城のメイドさんの大半と言ってもいいくらいにだ。

 選考は前から離れに居たメイドさんたちに丸投げした。


 本当に色々とありましたが、ドラグナイト家は本日ようやく独り立ちできることとなった訳です。


「アルグスタ様」

「はい?」

「クレア様からお手紙です」

「破いて燃やして捨てといて」

「宜しいのですか?」

「一応見ておこうか」


 受け取った手紙は……呪いの言葉で埋まっていた。


「やっぱり、破いて燃やして捨てといて」

「畏まりました」


 仕事もしないで呪いの言葉なんて書いてるんじゃありません。


 なんかお城の開かれた窓から自分の首を絞めて何かをアピールする少女の姿が見えるけど、気のせい気のせい。

 あ~果実ジュースが美味しい。


 順調に引っ越しの準備を終え、僕は最も厄介な仕事へと移行した。




「それって何だっけ?」

「確か共和国から送られた装飾品の一部だと思われますが?」

「要らないってそんなの。売却ね」


 前衛過ぎる彫刻とか貰っても理解出来ません。

 絵とかは落ち着いた感じの風景画とかの方が好きです。裸婦とか飾る趣味もありません。

 つか金の甲冑とか貰ってもね……1つならまだしも3つとか何処に置くの?


 お城の宝物庫に預けておいた結婚式のお祝いの品を謁見の間に並べての仕分け作業。

 この手の物は一番上のお兄ちゃんに相談した方が良いと思い、城の中を捜索したけど見つけられず、国王様に声を掛けたらお城に出入りしている商人を紹介された。


「そっからここまで全部売却で」

「ここまでにございますか?」

「うん。武器とかは要らない」


 ノイエの武器は自らの手足だし、僕に至っては『戦闘の素質無し』と筋肉王子のお墨付きだしね。


 何やら必死にメモを取り続ける商人さんの顔が赤くなったり青くなったり忙しそうだ。


「って国王様? 何で居るの?」

「うむ。謁見の間で楽しそうなことをしていると聞いてな」

「つまり興味本位で来たってこと?」

「気にするな。ちゃんと欲しい物は買い取る」


 買う気なのね。

 色々と見て回るけど……特に欲しいと思うものは数少ない。


 部屋に飾ったり、机や代の上に置いたり、壁に掛ける絵とかも必要かな?


 派手なのは好きじゃ無いから落ち着いた物だけを選んで行く。


「アルグよ?」

「はい」

「適当に選んでおるのだな?」

「ですけど何か?」

「……気にするな」


 商人の元へ向かう国王様が、『高い物だけを残しておるな……』って声がした気がするけど、ここにあるのって大半が高い物だから気のせいでしょ?




(c) 2018 甲斐八雲

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