おね~ちゃんのばか~!
(2/2回目)
目に入ったのは真っ赤な顔をしてこれでもかと筋肉を見せつける男性。
あまりの衝撃映像に……部屋に入って来た少女は、軽く腰を抜かして床にへたり込んだ。
「おらぁ~っ!」
「ひぃぃぃぃ」
男性の咆哮に、少女はその目に涙を浮かべて今にも泣き出しそうになる。
血の気が多いとは聞いていたけれど……これは想像の外過ぎだった。
「あれ? お客さん?」
ひょいと恐ろしく力む男性の後ろから顔を出したのは、どこにでも居そうなほど個性の少ないごくごく普通な青年だった。
逆に目の前の衝撃が強すぎるので一目見て安心出来る。
「ぐぅらぁ~っ!」
ガギギッ
不思議な音が部屋の中に響き……ハーフレンが瓶を頭上に掲げた。
「……どうよ!」
「この人……蓋の方を破壊したよ」
「凄いです」
「って何だ? この蓋?」
ひしゃげた蓋を見たハーフレンは、瓶の方も確認する。
「回す方が逆だな。通りで開かね~訳だ」
開けた瓶をアルグスタの机の上に置き、脱いだ服を着ながら……床で腰を抜かす少女を見た。
幼い感じの面影がやはりよく似ている。彼女の妹なのだから当たり前だ。
「アルグ。そこでちびってるのがもう1人の部下だ。今日から可愛がってやれ」
「あんなこと言ってますよ? あの筋肉馬鹿」
「……凄いです」
「人の話は真面目に聞けよ」
開いた瓶を見つめながらヒソヒソと話す弟たちに呆れ顔を向け、彼は腰を抜かした少女に手を伸ばす。
「久しいなクレア。ハーフレンだ……覚えているか?」
「……ハーフレン様?」
「ああ。ガキの頃にお前の家で世話になっていた頃以来か……忘れてても仕方ないな」
腕を掴んで立ち上がらせて、真新しいドレスの汚れを叩いてやる。
「今日から確り働け」
「はい。頑張ります」
「……ちなみにお前の上司はあっちだからな」
「えっ?」
言われて少女が見たのは……ビスケットにジャムを塗る青年だった。
「初めましてアルグスタ様。わたしはクレア・フォン・クロストパージュです」
「どうも。ってクロスト? どっかで聞いたことがあるような?」
なんか最近そんな名前を聞いたな。何よりこの子の顔をどっかで見た気がする。
「フレアの妹だ。今年で14だったな」
「はい」
おにーちゃんの補足説明で全てが繋がった。
金色の髪や可愛い感じの顔立ちとか、そう言われるとフレアさんにそっくりだ。
「お姉様がお世話になっています。これからはわたしともどもよろしくお願いします」
「……」
お姉ちゃんのことをお願いして来るほど大好きなのかな? 嫌いだったら普通そんなこと言わないよね? お姉ちゃん大好きっ子ってことですか?
「そっか……妹さんなんだ」
「はい」
「宜しくね。黒い下着で彼氏を貪っちゃうくらい攻め好きなフレアさんの妹さん」
ピシっと何かひび割れる音が響いた。
ギギギと錆び付いたネジの様な動きで頭を動かし筋肉馬鹿に助けを求める。
だがニシシと笑う彼の表情で事実と知ったのであろう彼女は……またギギギとこっちに顔を向けた。
「……アルグスタ様」
「はい?」
「お姉様は今どこに?」
「たぶん城下の外側……王都外周部分って呼ばれる待機所かな?」
「それってどっちですか?」
「あの窓から身を乗り出して、左を向いた方?」
言った通りに彼女は窓から身を乗り出すと顔を左に向けた。
「おね~ちゃんのばか~!」
今にも泣き出しそうな声で全力で叫んだ。
チラッと見えた下着は……フレアさんと違って白でした。
「……失礼しました」
「まあ叫びたくなる日もあるよね。うん」
「だからお姉ちゃん……ははは……」
何かを悟った様子で暗く笑う彼女に使用する席の説明をして終わる。
「はい。全員揃ったのでご挨拶です。僕がアルグスタ・フォン・ドラグナイト。ドラグナイト家の当主で王族ってことで良いの?」
「だな。一応本筋からは抜けたが、王位継承権は4位のままだ」
「と、説明が合った通りです。で、ここは主にうちのお嫁さんたちの尻拭いをしつつ適当に近衛の事務処理をする感じな場所です。
敵は一向に減らないこの書類共と目の前の馬鹿王子です。全員で力を合わせてまず馬鹿王子から退治しましょう」
「来いよ馬鹿弟? 返り討ちだぞ?」
「ふっ……こっちも禁じ手使うぞ?」
「おまっ……それは本当に卑怯すぎるからな!」
慌てた兄が部屋から逃げ出そうとする素振りを見せる。
ちょっと部下たちにお嫁さんを紹介しようかなって思っただけだよ? 本当だよ?
「で、ここには居ませんが……実行部隊と言うか、現場担当の人たちが外でドラゴンを退治してます」
「あの~アルグスタ様?」
「ほい? ああ……イネル君の自己紹介はあとで2人でやっといて」
「はい。……ボクたちがドラゴン退治に駆り出されるってことは無いんですよね?」
オドオドビクビクしている様子が可愛らしい。
世のショタコン女性が見たら悶絶死するの間違いなしだな。
「たぶん無いはずです。僕がそんな命令を出しませんし、上が言って来たら実力行使で交渉します。主にお嫁さんと一緒に相手先に出向いて説得です」
「弟よ。それって脅迫だぞ?」
「説得です。何より僕はノイエが大好きなだけです。いつもいつでも一緒に居たいだけです」
「国として考えれば模範的な回答なのだろうが……お前が言うと色々と裏表があり過ぎて嫌になるな」
褒めないでよ~。
「まあそんな訳で……これから宜しくね」
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