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困りましたね

「本当に困りましたね……」


 ユニバンス王都から北西に離れた小さな街。


 小さな宿屋を買い上げ作った拠点は、まだ()の国の内偵には見つかっていないはずだ。

 怪しまれない様に普通に宿屋として営業もしている。

 運営しているのは"帝国"の騎士ではあるが。


 ユニバンス中に放った密偵からの報告を前に、ブロイドワン帝国大将軍キシャーラ付きの文官は渋い表情を浮かべていた。


 名はヤージュ。

 中年の荒事には向かなそうな線の細い男だ。ただその細い目からは狡猾なキツネを連想させる。

 仕事は調略など。裏工作を専門としている。


 そんな彼だが……集まる報告に流石に困り果てていた。


「これはどう見てもおかしいじゃ無いですか?」

「……」


 控えている部下たちも皆同じ気持ちなのだろう。

 顔を見合わせて押し黙っている。


「困りましたね。どう見ても……アルグスタ王子はある日を境に人が変わったとしか思えません」

「病気の治療で大規模な術式を用いたとなっておりますが?」

「それでしょうね。ですが治療の術式では無かったと考えるのが普通です」

「……」

「召喚術式と考えるのが正しいでしょうね」


 上司の言葉に部下たちは息を飲む。

 第三王子とは言え、一国の王位継承権を持つ者に対して行うなど考えられない行為だ。

 蛮行と呼んでもおかしくない。


「普通あんな化け物と喜び結婚する者が王家に居るとは考えられません。

 あの日の将軍に対する振る舞いや共和国の財務大臣との一悶着など、普通に考えれば恐れ知らず過ぎます。それも妻は"一人"だけですよ? あんな化け物と死ぬまで共に居ろだなんて、あはは……狂気の沙汰です。

 ですがその狂った理由もこの仮説で納得出来ます。たぶんユニバンスは第三王子の魂を潰し、異なる世界の者を呼んだのでしょう」


 そう考えるのが正しいはずだ。

 本当に厄介な国だと再確認せざるを得ない。


 国王ウイルモットの政治や軍事に対する過去の実績は現役の王の中でも群を抜いている。

 その息子である長兄シュニットは宰相として政治を、次兄ハーフレンは将軍として名を馳せている。

 正攻法ではどうにもならないからこそ、どの国もからめ手でユニバンスの乗っ取りを考えているのだ。


「アルグスタの実母の生家、ルーセフルト家は一族諸共内乱容疑で殺害されたのは間違い無いのですね?」

「はっ。先の王子自らの発言の後に王家がそれを追認し、王子自身はその身を粉にして王家に尽くす姿勢からお咎め無しとのことです」

「身を粉にして尽くすですか……あの化け物との結婚をこんな悪条件で応じるのですから、貴族たちも文句の言いようが無いはずです」

「はっ。術式以降、記憶障害が発生していると言われておりますが……王家に対するあの厚い忠誠心。

 アルグスタ王子は『元々内乱に加わる気が無かった』と言うのが現在の貴族たちでの共通意見となっています」

「……その辺りからの突き崩しは難しそうですね」


 ならば別の手を、


「ヤージュ様」

「何かね?」

「召喚術式のことを噂にして流すと言う手は?」

「……君は馬鹿ですか」

「は?」

「それを行った証拠があったとしても……追及するのは難しいのです。現在の時点ではね」

「何故でございましょうか?」


 ここまで愚かだとは……部下に"廃棄"の烙印を心の中で押し、彼は言葉を続けた。


「彼がこの世界に何ももたらしていないからですよ。特別な技術も魔法も何もかもね。

 で……そのような状況で我々が『アルグスタ王子は異なる世界から来た者である』などと発表したとします。どの国がその言葉を信じますか?」

「……」

「我々が彼の飼い犬である化け物を執拗に狙っているのは知れ渡っているのです。

 そんな状況で証拠を持って発表したとしても、きっとどの国からも共感を得られません。下手をすればこっちの腹を探られて連合軍を結成されることになりかねません」

「何故ですか?」


 もう始末することが決まっている馬鹿者だ。最後の土産に聞かせてやる親切心を彼は見せた。


「我が国……だけではなくどこの大国も召喚術式は現在でも行っているのです。ただあれは昔から運の要素が強いので成功例はとても少ないですがね。だから露骨な戦果を挙げでもしなければ他国の行いは文句を言わないと言う不文律が存在しています。

 ユニバンスの行いを訴えれば……こちらも訴えられるのですよ」


 改めて考えを纏められたのが唯一の救いだった。それだけだ。


「共和国の密偵の動きも厄介ですね。あっちは溢れるほどの金を用いて交渉出来ますからね」

「お言葉は悪いですが、あのやり方は正直羨ましくも思えます」

「……確かに。欲ほど人を動かしやすい物はありませんからね。金があれば、女を使う方法も楽ですしね」

「はい」


 情報収集に関しては共和国相手に苦戦を強いられるのが帝国の常だ。


 トントントンと机を指で叩き、彼はひとしきり考えを纏めた。


「閣下からは戦果を求められていますしね……情報戦に徹するのは帝国らしくありませんし」


 ならば帝国らしい戦い方をするまでだ。


「本国の将軍閣下に連絡を。トリスシアの派遣を願い出ましょう」

「はっ……ですが宜しいのですか?」

「宜しくは無いですが仕方ありませんね。馬を奪うなら乗り手を口説くしかありません」


 彼はニヤッと笑う。


「アルグスタ王子に我が帝国へ来ていただきましょう。手荒な招待になりますが、きっと閣下もお許し下さるでしょう。

 我が国とユニバンスのドラゴンスレイヤー……どちらが強いか知りたいでしょうしね」


 クククと笑い、彼は方針を決めた。




(c) 2018 甲斐八雲

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