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愛って凄い

(2/1回目)

「ん~。こんな感じですかね?」

「良いんじゃないかしら」


 大鍋を掻き混ぜるルッテと味の確認をするフレア。

 その2人の様子を飢えた狼たちが取り囲み襲い掛からんばかりに身構えている。


「はい。並んでください」

「いっちば~んっ!」

「……副隊長たる者が1番に並ばないの」

「お腹空いたの! もし後ろに回すんだったら結婚相手を」

「はい大盛りね。それ持ってどこかへ行って」

「……ちくしょ~っ! 美味しいじゃないか~っ!」


 泣きながらスープの皿とパンを抱えて彼女は消えた。

 やれやれと肩を竦めたフレアは、並ぶ部下たちにスープを配る。


 昨日急遽隊長たるノイエが休んだために、色々と段取りに狂いが生じてしまった。

 それでも1日必死に仕事をして……さあ帰ろうと思っていたら夜間行動の出来るドラゴンが現れてしまったために、王都の城門が閉じられ帰れなくなってしまったのだ。


 国内で王都の傍と言っても、ある意味最前線である待機所で過ごす小隊の者たちからすれば良くある話だ。

 ドラゴンの襲撃に備えながら1泊をして日の出と共に朝食を作る。


 今までの経験から、昨日休みだった者たちが食材を追加で持って来ることが分かっているので、今朝は残り物をこれでもかと放り込んで具材たっぷりのスープを作った。

 残飯処理とも言うが。


「ん~。フレアさん」

「なに?」

「休みってどうしますか?」

「今日って誰か休みだった?」

「主にミシュ先輩ですね」

「なら良いわよ。どうせ自室で枕を相手に発情しているだけで1日過ごすんだから」

「そこ~っ! 私を何だと思ってるのかなっ!」

「変態」

「……同僚の言葉がこんなに痛いだなんて」


 よよよと泣き崩れた彼女はとりあえず放置だ。

 あとは一般の兵たちの休みを調整して……そんな雑務をサクサクと進めて行く。


「とりあえずこれで良いでしょ」

「はい」


 手早く人員の配置を済ませるフレアの手際は相変わらず凄いの一言だ。

 それを見習って学べと言われているルッテからすると気の重い事実でしかないが。


「あとは隊長次第かな」

「来ますよね?」

「来るはずよ?」

「「……」」


 そもそも休むと言うことが無かった人がこう立て続けに休んでいること自体が異常だった。

 結婚と言う理由があったとしても体調を崩して休むだなんてまず信じられない。


 フレアとルッテは、少し不安になりながら城の方を見ずには居られなかった。




 交代要員と食料が届いたことで、帰宅組には今日明日の休みを言い渡してさっさと帰って貰う。

 来たばかりの馬車をクルッと回してそのまま荷物を入れ替えたら出発して貰った。


 まだ日が出てそんなに時間は経っていない。


 寝床で目を覚ましたドラゴンは、まずゆっくりと自分の体を舐めて日の光を浴びる。体温を調整しているとも言われているが、何故そんなことをしているのかは謎のままだ。

 それから食料を求めて動き出す。


 まだ時間はあるはずだ。ただ普段の彼女ならもう来ているはずなのだ。


「隊長……来ますよね?」

「そのはずなんだけど……」

「来なかったら今日も元気に実戦だ~」


 認めたくない現実を口にする小さくて薄い行き遅れに攻撃を当てて黙らせる。

 対ドラゴン遊撃隊の一員である以上ドラゴンと戦うことに不満は無い。不満は無いが……せめてやるのなら事前に言っておいて欲しかった。


「ルッテの矢は?」

「少し危ないんですよね。前回の結婚式で大量に使ったんで」

「その飛んでく金食い虫は特注品だからね」

「否定は出来ないですけど」


 ルッテの扱う矢は術式を組み込んだ特別品だ。

 まだ試験的な物ではあるが、最初の頃に比べるとだいぶ使い勝手も良くなり威力も増して来た。


「なら私の壁で防いで、あとはいつも通り攻撃して追い払うしかないわね」

「うわ~。1番疲れる奴だ~」

「仕方ないでしょ? それに他の所と比べればここはまだ幸せよ?」


 そう。この待機所には祝福持ちのルッテが居る。

 それだけでもかなり優遇されているとも言える。


「まっ隊長が来れば良いんだけど」

「はい」

「「「うわっ!」」」


 突然響いた声に、話し込んでいた3人が驚き声を上げる。

 いつの間にかに来ていたノイエが、きょとんとした様子で地面に転がる3人を見た。


「おはよう」

「おはようございます。ですけどっ! いつも言ってるじゃ無いですか隊長! 無音で背後に立たないで下さい」

「はい」


 フレアの言葉に素直に返事が返って来る。

 それでも3日もすれば忘れてしまうのがノイエだ。


 と、普段そのまま着替えに行くであろう隊長が、3人に向かい手に持つ物を突き出した。


「これ」

「あっはい」


 咄嗟に受け取るのは年少のルッテだ。

 受け取った物は……城下で有名な高級菓子店の包み。


「昨日は、ごめんなさい」

「「「……」」」


 ペコッと頭を下げる上司の姿に3人とも腰を抜かす。

"あの"隊長が頭を下げて謝り、そしてお菓子まで持って来たのだ。


「あの~隊長?」

「はい」

「これはアルグスタ様が?」

「はい。アルグ様と朝お店に行って買った。持って行けと。あと謝れと」

「「「……」」」


 指折り数えて確認するノイエを他所に、3人は額を寄せて話し合う。


「愛って凄い。あ~。私も早く彼に会いたいな~」

「ルッテ。そこの発情したのを射殺して」

「フレア先輩の場合、たまに狂うだけでミシュ先輩よりマシですし」

「って、どうして私には隊長のような旦那さんが現れないの? ねぇ?」

「えっと……人徳?」

「ふっ。死んで詫びろ~っ! そしてその胸の脂肪を寄こせ~っ!」

「あっダメですっ! 服の中に手はっ!」




 何やら騒ぎ出した3人を無視して、ノイエは着替えに向かった。

 ぶっちゃけ彼女としては、アルグに言われたからやっただけで……その行動の意味など理解していなかった。




(c) 2018 甲斐八雲

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