好みは大切
「アルグの報告では、ノイエはただの空腹で倒れたらしい」
「本当か? どこかの国が何か企んだとか?」
「忘れたか親父? ノイエを殺すなら胸を突くか首を刎ねるしかないって言うのが、彼女を調べた者たちの言葉だ。毒ですら飲んでも死ななかったしな」
「……そうであったな」
息子の言葉に国王はそのことを思い出し何度か頷いた。
「で……聞き取りをしたアルグが言うには、休憩の時に余り食べなかったのが原因らしい。
祝福を使うと空腹になる傾向があるが、ノイエの場合は自己主張が余り無いから……そのまま帰る様子に誰も気づかなかったと言う訳だ」
ハーフレンも改めて調べたが、ノイエ個人の出費で群を抜いているのが食費だ。むしろそれにしかお金を使っていない。
あの細身のどこにそんなに入るのかとも思うが、夫である人物の言葉を借りれば『通常で6人前は食べるよ』とのことだった。
「確かノイエの所にルッテと言う少女も居たな? あっちもか?」
「ああ。あれもノイエほどじゃ無いが良く食べる。飯よりも菓子が多いがそれは個人の好みだな」
「……」
「祝福持ちは基本大飯食らいだが、ノイエに関して言うと圧倒的に良く食べるらしい」
「つまりそれ程常に祝福を使っていると言うことか?」
「現状考え着くのはそれぐらいだな」
祝福とは言葉の通り、何かしらの存在から得た特別な力だ。どれもが強力な力であり、それを持つ者は国から手厚く保護される。謎の多い存在であるだけにこういった情報は大切なのだ。それもこの国で最も重要な人物である彼女に関することは国家機密にすらなりかねない。
「ノイエは今?」
「今日は一応休ませた。いきなり休んだもんだから各所から悲鳴が上がっているがな」
「良い機会だ。今後ノイエの休みは不定期にして突然休ませることとしたいな」
「親父も中々どうして。性格の悪い」
「お前に言われたくないぞ? ハーフレン」
国軍や近衛の再訓練を実施している現在、これぐらいのことで悲鳴が上がることなど昔なら許されなかった。
それほど兵もそれを指揮する将軍たちでさえも、ノイエに依存してしまっているのだ。
「徹底的に鍛え直せ。良いな?」
「ああ。本当に今回のことでは驚かされたけどな」
貴族や将軍たちはたった一人のドラゴンスレイヤーを嫌っているが、これではただのひがみにしか思えない。
国民の信頼を集める彼女がそんなにも怖いのか?
「ノイエが一般……市民の出って言うのも良く無いんだろうな」
「貴族どもは自分たちの地位を護ることばかり考え、勝手に敵味方を作るからの~」
「まっ。その辺の話は兄貴に任せるとして……なあ親父よ?」
「何だ?」
「兄貴はフルストラー家とミルンヒッツァ家を推して来てるが、親父はどうだ?」
腕を組み思案する父親をハーフレンはただぼんやりと見る。
「ミルンヒッツァか。確かにあそこの方が無難ではあるな。フルストラーは少々……な」
「そうか。でもフルストラーが抱えている塩田の権利はデカいぞ?」
「分かっている。ただそのことで昔……あの頃の当主と悶着しててな。今はどう思っているか知らんが」
「なるほどね。なら本命はミルンヒッツァで行くか」
ソファーに座り、パンと膝を叩く息子の姿を見つめ国王はふと疑問に思った。
「ハーフレンよ? 王家のことばかり考えず、お前がもし"本当"に娶りたい者が居るのなら娶っても構わんのだぞ?」
「心配するなって。そんな女が居たんなら俺はさっさと側室にでもしていたさ。
まあ一応今回の巡視で顔ぐらいは見て来て決めるつもりでは居るが……相手があんまりにもあれだったら他を探すぞ?」
「構わん。お前の嫁だ。好きになさい」
「だよな。これが兄貴だったら絶対小言の一つも言われるんだがな」
やれやれと肩を竦めてハーフレンは立ち上がる。
「ただ胸の小さな女だけはお断りだ」
「……息子よ」
「何だ?」
「それで良い。好みは大切だ。お前は決して間違っていない」
部屋の外で立っているだけの石の様な立ち振舞いをするメイドが……余りの言葉に膝から崩れた。
「はいノイエ。あ~ん」
「あ~ん」
何かこれ楽しい。
フォークの先に刺さっているニンジンっぽい野菜を、彼女は口に含むとモグモグと咀嚼する。
昨夜はとりあえず果物を食べさせて眠らせた。
で、本日は簡単な事情聴取の後……ノイエ対料理番のフードバトルが始まった。
昨夜のうちに仕込みを終わらせていた彼らの仕事は万全だ。
ただ祝福で体力が枯渇しているノイエの食欲は底抜けだ。
延々と続く戦いは、たぶんノイエの優勢のまま進んでいる。
「アルグ様」
「なに? パンが良い?」
「違う。もう自分で食べられる」
「うん分かってる。でも今日だけこうさせて……ダメ?」
「……アルグ様が良いなら」
ノイエはまた大人しく料理を食べ出す。
分かってるって。実はこのニンジンっぽいのが嫌いなんでしょ? ダメです。好き嫌いは許しません。
それに病人の看病とか、したくなるでしょ? 母さんの時とは違い、彼女が元気なのは分かっているから……何の気兼ねも無くこんなプレイを楽しめる。
「ノイエ? 次は何が良い?」
「……鶏肉を」
「は~い。あ~ん」
「あ~ん」
餌付け宜しくノイエにとにかく与え続ける。
折角の休みだし、何より二人きりの長い時間を満喫できるのが嬉しい。
あ~ヤバい。なんか無駄にテンションが上がる。
「美味しい?」
「はい」
「なら次は野菜ね」
「……お肉」
「野菜ね?」
「……はい」
うむ。気持ち彼女の抵抗が露骨になって来たか?
だが何事もバランス良くが大切なのだよ。
「これを食べ終えたら鶏肉連続で行こうか?」
「……あ~ん」
「はい。どうぞ」
半眼でこちらを見つめるノイエに笑顔笑顔。
んくっと飲み込んだ彼女が気持ち首を傾げた。
「アルグ様……嬉しい?」
「うん。嬉しい」
「何故?」
「ノイエと二人っきりなのがとっても」
「……はい」
アホ毛がめっちゃフリフリ状態に。
あはは。何だ。ノイエも嬉しいんだ。
「今日は二人でのんびりしようね」
「はい」
(c) 2018 甲斐八雲
今後、金曜か土曜に投稿する場合は2回とします。
ですので明日は2回です。