出世かぁ~?
「そんな情けない姿を晒しているから、ドラゴンなんぞに追われるんだっ! 気合入れて走れっ!
嫌か? 走るのは嫌か? 嫌だったら一番の最後に走ってたヤツは~。炭鉱奴隷の飢えた男共の中に投げ込んで~。思う存分に掘らせるぞ~!」
懸命に走っていた男たちが目の色を変え、必死に走り出した。
軍隊とか汚い言葉で罵って走らせるって聞いたけど、こんな意味があったんだ。
……本当に掘らせる訳じゃないよね? 数人がお尻を押さえてるけど?
「どうしたアルグ?」
「いや……何かミシュが『あっちで男臭いことをしてるから興奮が止まらないんですっ!』とか言って経理の書類間違いの言い訳にしてたから見に来てみた」
「そうか。まあ見ててもつまらんぞ?」
普段の服装とは違い鎧姿の筋肉王子は、本来の職である近衛団長を全うしている。
「で、どんな罰?」
「先日の結婚式のあれだ」
「どれ?」
「中型ドラゴンの侵入を許した件と、この中隊が1番ドラゴンを追い払えて無かったからな」
「へ~。でも侵入の件ってあれなんでしょ? フレアさんの報告だと『突然湧いた』って、ルッテって子が言ってるって」
「そう言われてもな……」
ガリガリと頭を掻きながら、苦虫をかみ砕いた表情を見せる。
「ルッテの祝福は信用出来る。でも『突然湧いた』なんて話を誰が信じる? 貴族も将軍も見逃したと決めつけて、あっちこっちで責任の押し付け合いだ。まあ実際湧いたと言う証拠もな」
「無いね」
その通りだ。あれは突然現れて……そして消滅した。
ノイエらしからぬ結末に怪しんでいる人は居るかもしれないが、今のところ何処からも問い合わせはない。
僕から何か言う気は最初からない。
「そうそうアルグ」
「はい?」
「明日にでも親父の所へ行け。たぶん兄貴が書類を作ってるはずだ」
「何ですか? また面倒な話は嫌ですよ?」
「たぶん良い話と良い話だ」
「わ~い。厄介事が2つとか、どんな嫌がらせ?」
「お前は少しは兄の言葉を真面目に聞け」
「で?」
「おまっ……まあ良い。1つはノイエを定期的に休ませる」
「はい?」
ドヤ顔で言われたから一瞬身構えちゃったよ!
「言葉の通りだ。今回の1件で王国軍も近衛も鈍りまくっていることが判明した。ノイエに全部任せて来たツケだな。だからノイエを定期的に休ませ、兵士たちをドラゴンと戦わせる。
まあ追い払うのが主体だが、それによって腐り切ったボケ共に活を入れる」
「……まあ良いですね。悪く無い」
そうしたらノイエと1日家でマッタリ出来る。
「で、もう1つはお前……出世するから」
「はい来たっ! 喜ばせておいて落として来たよっ!」
「仕事がしたいと言ったのはお前だろう?」
「結構してるからね? 近衛の事務仕事はすべて僕の両肩に乗ってるんだから!」
こんな柔な肩に対して仕事量が鬼過ぎるけど!
「だからついでに肩書も立派にしてやろうって話だ」
「……はい?」
「お前たぶん明日から近衛副団長ね。つまり俺に次いで偉くなる」
「……」
「仕事は今までと変わらず書類関係全般」
「本当に肩書だけだっ!」
鬼ですかアンタはっ!
「そうキャンキャン吠えるな」
「吠えるわっ! 今だってもう限界なのっ!」
「はいはい。新人2人付けるから自分で鍛えて使えるようにしろ」
「……」
「それと外出時には4人の兵士が付く。馬に乗れるなら好きな時にノイエたちの所にも行けるぞ?」
絶対に落ちが来る。
知ってるぞ……ここまで上げて落ちない訳がない。
「それで?」
「それだけだ」
「本当に?」
「ああ」
本当か? なら仕事が楽になるってことかっ!
「よっしゃー!」
「大喜びだな?」
「当たり前だって」
あ~。これで朝から晩までの書類仕事から解放される。
フレアさんの授業行くのもギリギリだったしね。
この嬉しいって気持ちは……今夜ノイエにもお裾分けだな。たっぷりと頭を撫でまくってあげよう。
「なら戻って仕事だ~」
「ああ頑張れよ」
足取りがめっちゃ軽い。
「そうそう。俺……ボチボチ地方の巡視で王都離れっから。たぶん書類仕事3倍ぐらい増えるけど頑張れよ」
「やっぱりか! この糞王子っ!」
殴り掛かったらカウンターでぶちのめされた。
「で、片目に痣を?」
「はい」
「……まあ良い。これに署名を」
珍しく国王の執務室に王様が居た。
普段この人ってお城に居るはずなんだけど……ほとんど姿を見ない。
「これでお前は今日から近衛の副団長だ」
「馬鹿兄貴の尻拭い係ですよね?」
「そう拗ねるな。給金が増えるぞ?」
「目録だった結婚式のお祝いが続々と到着してて……」
「うむ。この国の2年分の税収を稼ぐとは恐ろしいな」
呆れたように国王が笑う。
そんな訳で、ドラグナイト家は現在お金に困っていない。
「ところで国王様」
「何だ?」
「そろそろ家が出来るんですよね? で……現在僕らが使っている離れで働いているメイドさんたちを、丸ごと引っこ抜こうかと思ってるんですけど良いですか?」
相手が思案顔になる。やっぱり丸ごとは無理かな?
「丸ごとか?」
「ですね。でも希望は募りますよ? 無理やり連れて行って辞められても困るんで」
「ふむ。……まあ良いだろう」
「本当ですか? 良かった~」
何だかんだであのメイドさんたちは、ノイエの扱いに慣れているので手放したくなかった。
仕事と言うのもあるだろうけど、そんなにノイエを怖がっている様子も無いしね。
「あの離れに居るメイドたちは、儂の誘いを断った者たちばかりだ。これを機会に入れ替えられるのは実に喜ばしい。メイド候補を広く募って選定せねばな」
「もしもし?」
色ボケ国王の言葉に耳を疑う。
「ちなみにアルグよ。引き抜く以上は金で解決だ。連れて行く分だけ補充するメイドに掛かる費用は全てお前が払え。それが条件だ」
「……」
机の腕で手を組み、うんうん嬉しそうに頷く国王。
どうやら色んな意味で聞き間違えでは無いらしい。
しれっと息子に金銭を要求するとか……アンタは鬼かっ!
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