ブチギレモード
(3/1回目)
何なの? 馬鹿なの? この世界の権力者の祝辞って喧嘩を売ることなの?
金100台だと? それでノイエを売るのってどうなの? 価値が分かんねー。
パニクって思考が飛びまくりだよ。にゃろ~。そろそろ暴れちゃうよ?
だったら200台とか言って吹っ掛けるか? でも払うとか言われたら負けだよね?
向こうの土俵で勝ちたいな。
少しはこうカッコイイ姿をノイエに見せたい。
ならこれか。
「ノイエを買いたいと?」
「ええ」
「なら貴国その物の権利と交換なら応じよう。つまり貴国が自分の物になるのなら、ノイエを手放さなくて済む。これで手を打とう」
「……なかなかのご冗談を」
「結構本気だけど? 正直帝国だろうが共和国だろうがノイエを渡す気はない。彼女は唯一無二の存在だ。何よりただ一人愛している女性を金で売れなど……共和国には人の情は無いらしい」
「ほう」
口調が変わった。
相手の目つきが鋭くなって優男の面影が消えた。
これが相手の本来の姿であり本性か。
「流石はしたたかで食えない国と名高いユニバンスの王子は面白いことを言う。その大量殺人鬼を唯一無二の存在だと? 同じ施設の子供数十人を皆殺しにした化け物を愛していると本気で申されますか?」
「……」
謁見の間が静まり返った。
何で? 何でそれを知っている?
「ドラゴン退治の為に年端も行かない者たちを集めて鍛練と称した非道な行い。どれほどの子供が命を落としたのか分かっていないと聞きます。
そんな地獄の日々を生き抜いた子供らに……最後の試練と称し殺し合いをさせた。そして唯一生き残った同族殺しがその娘だ。
私の言葉を否定出来ますか? 王子?」
「……」
「どうしてそれを知っていると言う顔ですね?
ええ知っています。我が国の力は金。この金を使えばどんな情報でも手に入る。貴国の誰がどんな性癖の持ち主か……必要ならばお教えしましょうか?
我が国から見ればユニバンス王国の秘密など丸裸にございます」
そっか。全部知られちゃってるんだ。だったらもう隠す意味がない。
「貴方の言う通りノイエはその様な過去を持っていると言われていますね」
「認めますか?」
「そうらしいですね。で、それが何か? ノイエが仮に人殺しだとして……何の問題があるのか教えて欲しい」
「……」
「貴方の国では人を殺した者と結婚をしてはいけないなどと言う決まりでもあるんですか? なら兵士になる者など誰一人として居ないでしょうね?
それとも女性は人を殺してはいけないとか? 人を殺した女性を愛してはいけないとか? 確か……貴方の国の国家元首にお仕えする魔法使いは、大規模な破壊術式を扱う女性と?
あれ? その女性って噂では国家元首の愛人とも? 愛人だったら問題無いのかな~」
フレアさんから得た知識が役に立った。
もう毒を食らわば皿までだ。
「その様な決まりはありませんな」
「ですよね~。そもそもユニバンスの王子である自分に、そっちの都合とか押し付けられても困るんですよ」
一度大きく息を吸う。
「……ノイエの過去なんて知るか! 僕が結婚相手として決めて惚れた女性だ! 相手の過去を丸ごと受け止める覚悟で臨んでいるんだから、外野がとやかく言うな!」
決まった……そして決定だ。後で各方面に土下座だ。
でも今はこの腹の中のグツグツとして怒りの感情をぶちまけられればそれで良い。
勝利を確信していると、相手がまだ……笑ってる?
「噂ではアルグスタ王子の一族は御病気だと?」
「それね。国王様に弓を引こうとしてたから一族揃って皆殺しね。で、何か?」
ガタッと背後から物音したけど今は知らん。
「……なら貴方には口約束した婚約者が居るとか?」
知らんぞアルグスタ? 勝手にそんな約束するな。
「さあ? 記憶が無いんで」
「……」
「そこまで調べているなら、僕の病気の治療に術式魔法を使ったことぐらいは知ってますよね?」
「ええ」
「その時に記憶障害になった事実は?」
「……」
そこまで調べ切れていないのか?
まあ良い。今の僕はブチギレモードだ。
全てぶっちゃけて後で全力で土下座する。
「記憶無いんですよ。だから無礼かもしれないですけど、礼儀はさっきの将軍程度なんです。いや~目に見える喧嘩を売って来るだけあっちの方が良いけどね。
で、財務大臣? まだ何かあります?」
「ふっ……怖いもの知らずは記憶が無いからですか?」
「それもあるのかな? でも一番の理由は、こんな馬鹿をしてても僕の腕を掴んで離さない人が横に居るからです。何があっても彼女が裏切らないと信じているし、僕も裏切らないと誓っている。だから何が目の前に来ようが怖くても怖くない。
だって僕のお嫁さんは大陸屈指のドラゴンスレイヤーだから」
来賓のお客さんたちから感心した様な声がこぼれた。
実は僕、今良いこと言ってますか?
もう結構いっぱいいっぱいで何を言ってるか分かってないんですけど。
危ない目つきが和らぎ優男に戻った財務大臣が、フワッと前髪をかき上げた。
無理。やっぱり生理的に無理。
「なるほど。どうあってもノイエ様を手放す気は無いと?」
「無いね。つか明日結婚式をするって云うことで皆さん来てるんだからさ……その前日に売るとか馬鹿でしょ?」
「あはは。ごもっとも」
マジでイラッとした。
ノイエをけしかけてやろうか?
「どうやら二人の仲は本物らしい。そんな仲の良い姿を見せつけられて私も大将軍の様に野蛮な冗談を言いたくなっただけですよ。
アルグスタ様。ノイエ様。どうぞ永久に仲良く」
演技染みた相手の一礼に、またイラッとした。
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