司祭?
前回の結婚式と何が違うのか?
答え……規模と面倒臭さ。
とにかく面倒臭い。具体的に言えば挨拶されるのが、だ。
大陸各地からお偉いさんがお祝いの品を持ってやって来た。
現品もあるけど大半が目録だ。事前に提出された目録の内容を仮に全て換金したら、今回の結婚式の費用は全部賄った挙句に余りが軽く出るほどらしい。
そんな現品やら目録を、お祝いの言葉と共に受け取る訳です。
各国の来賓が集まった中で。見世物のように。
自分はただのしがない第三王子(元)ですけど? そうですよね?
フラッとやって来た筋肉王子ことハーフレン曰く、『兄貴の時より集まってるな……それも地位も上の連中が』とかニタニタ笑いながら消えてった。
後で絶対に泣かす。腕力では勝てないことを知ったので、現在ミシュを買収してわさび的なからし的な食材を捜索している。食べ物か飲み物に入れて絶対に泣かせる。
お城の謁見の間で準備された椅子に腰かけて、文官さんが読み上げる『○○王国××様です。お祝いの品は□□となります。××様、是非にお祝いのお言葉を』的な言葉の後に、名刺交換的な挨拶と結婚に対する祝辞を頂く。
朝から延々とそれを繰り返す。
はっきり言って地獄だ。お尻が痺れて感覚が無くなって来た。
「ここで一度休憩を挟ませていただきます」
「……」
段取りだとその言葉で立ち上がって退席なんだけど……立てるか~っ!
護衛の騎士の手を借りてどうにか運ばれて行く僕でした。
「聞いて無いし」
「言い忘れたか?」
絶対に故意だろう?
こんな拷問……知ってても逃げられないのね。
グスン。今夜はノイエに膝枕して貰おう。
恨みを込めて睨んでやると、筋肉だるまがニシシといやらしく笑いやがった。
控室となっている小部屋には僕の他……筋肉王子とメイドさんだけだ。そのメイドさんが、台の上でうつ伏せになっている僕の腰やらお尻やら太ももやらをマッサージしてくれている。
どうにか痺れが取れて来た。
「まあその他大勢的な挨拶はこれで終わりだ。
第三貴賓にした遠い場所の強国や大国は、流石に王族を派遣して来なかったしな」
「そうなの?」
「一応な。ただ名前を変えて潜り込んでいてもこっちは確認のしようがない。全ての国の王族の顔を知っている訳じゃ無いからな」
その通りだ。写真の無いこの世界なら名前を変えて潜り込むなんて造作も無い。
「逆に堂々と国王や王子を名乗って来てる国の方が清々しい」
「だね」
第三王子の結婚式に王族ならまだしも国王自ら来ちゃうとかどうなのさ?
そのうち何か国かは、うちのパパさん国王と昔から友好のある国の王様らしく……僕の結婚式を理由に『お互い歳だから次に会うのは死に顔かもしれんしな』的な感じで訪れた人もいる。
勿論本音は知らないけど。
「本番はこれからだ」
「帝国と共和国?」
「おう。まずは帝国の大将軍・キシャーラだ。
皇帝の弟で戦上手。とにかく"負けないこと"で有名な男だ。
どんな不利な展開でも双方痛み分けに持って行く名将であり猛将だ。
で、次が共和国の財務大臣・ハルツェンだ。
こっちに関して言えば、次期国家元首の最有力候補。
共和国の金庫番であの国がここまで大きくなったのは、彼の手腕によるものだと言われている。
本来ならお前如きの結婚式になど出て来ないお二人だ」
「嫌味をどうも」
どうせ皆さんのお目当ては僕じゃ無いですよ。知ってますから。
ああ気持ち良い。もうちょっとガッツリ揉んで欲しいかも。
「どの国も本来のお目当てはノイエでしょ?」
「だな。大陸屈指のドラゴンスレイヤー。たぶんこの国に入る時に山と積まれたドラゴンを見て、どの国の代表も軽くちびったかもな」
「そんなに?」
「ああ。それに北からの街道から一番見える場所に、他からも運ばせて増やしたからな」
「底上げか」
「国としての威厳と言うか見栄だな。でも他から運んだと言うだけで、その大半を仕留めたのはノイエだ」
「……」
その通りだ。だからその力を示したくなるのは分かる。
でもその実力を知れば余計に欲しくなるのが人間だ。
「実際この国からノイエが居なくなると……小型のドラゴンを日に数匹狩るのが限界だな」
「そんなに? って狩れるの?」
「ああ。ルッテの弓ならどうにかな」
凄いなあの巨乳の子。
そんな実力をあの胸の中に隠していたとは。
「それでそこのメイドに尻を揉まれてご満悦な弟よ」
「何さ?」
「お前が見て印象に残った国はあるか?」
「印象? ん~」
自動的に挨拶してたからな。
最初の頃は『国王』とか『王子』とか言われたらビクッなってたけど、慣れたらそうでも無くなったし。
「ああ。一つだけ」
「どこだ?」
「北の何たら……とか言う国の代表? 自分のことを『司祭』とか言ってた全体的に黒い感じの人。あの人が気になったかな」
「へ~。何で?」
「……」
軽く背後のメイドさんに目を向けると、彼が気づいて退室を促す。
仮にメイドさんは石だ何だと言われてても、この話を聞かれるのは良く無い。
「司祭って僕の居た世界だと、"宗教"と呼ばれる集まりの地位の一つなんだ。
でもこの世界には宗教は無いってフレアさんから聞いたしね」
「ああ。昔に一時期流行ったが直ぐに潰えたな。仮に残ってても国で代表を取れるほどの力はないはずだ」
「だからすごく気になった」
「そうだな。少し調べてみるか」
あと印象もかな。
黒い髪で黒い肌。衣装も黒くて全身黒尽くし。何よりあの爬虫類を思わせる目が……って外が騒がしい?
「どうしたの?」
「何だ?」
二人して部屋の扉を見ると、『バンッ!』と開いた。
着替えの途中っぽいノイエが、メイドさん数人を引き摺って突撃して来たのだ。
「どうしたの? ノイエ?」
「……」
何も答えず黙ってうつ伏せのままでいた僕のお尻を揉み出す。
えっ? 何? 本当にどうしたの?
「お前ってさ……」
「はい?」
「いや何でもねえよ。この幸せもん」
ニタニタ笑わず説明しろや。この馬鹿兄貴。
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