続・教えて! フレア先生
(3/2回目)
「写し終えましたね? 貴重な物なのでこの地図は片付けます」
クルクルと纏めて留め具から外したフレアは、部屋の外で待機しているメイドに手渡した。
「みんなが知っている通り、ユニバンス王国は小国です。ブロイドワン帝国とセルスウィン共和国と言う大国に挟まれた立地に存在してます」
大きな紙に手書きした地図を改めて広げ、フレアの説明は続く。
「西の大国ブロイドワン帝国は軍事に優れた国で、武力で他国を圧倒して支配権を広げました。
東の大国セルスウィン共和国は商業に優れた国で、経済で他国を懐柔して支配権を広げました」
子供たちが分かりやすい様に色違いのインクで紙に言葉をつけ足していく。
「で、この小さなのが私たちの国、ユニバンス王国です。説明の為に少し大きく書いてますが実際はもっと小さいです」
「嫌なことを子供に刷り込むな」
「はい。事実なので確りと受け止めましょう」
『この内容で大丈夫か?』とハーフレンは子供らの未来を案じつつも、アルグスタが黙々と書き写している様子を見て一安心する。
ただ彼は知らない。
アルグスタこと高梨匠は、見やすいノートを作らせたらクラス1だともてはやされ……良いようにクラスメートたちから使われていた事実を。
「でも小さくても頑張る国、それがユニバンスです。共和国とは軍事同盟を結び、帝国とは通商同盟を結びました」
「はい先生質問。普通に考えれば逆じゃ無いんですか?」
アルグスタの質問に子供たちからも似た声が上がる。
ただ"軍事"や"経済"を理解していない子らは、周りの生徒たちの反応を不思議そうに見ている。
この辺りの話はまた改めてする必要があると感じつつ、フレアは手製の地図を指さした。
「分からない子は後で両親に聞いてみるのも良いですね。
まず今の質問ですが、仮に逆にして同盟を結ぶとどうなると思いますか? 帝国は軍事に詳しくて、共和国は商業に詳しい……つまりユニバンスは、大国の得意とする分野で存在感を示さないといけなくなります。それはとても辛いことです。喧嘩に強い人に喧嘩で勝てと言われるのと同じです。
だからこの国は逆にして同盟を結びました。相手の得意としていない物で喧嘩をする訳です」
一応に子供たちの『へ~』とか『ふ~ん』とかの声が上がる。
理解しての言葉かは分からないが。
1人カラクリに気づいたのか部屋の後ろに立つ人物に視線を向ける弟と、それを邪険に手を払い前に向く様に示す兄の様子が見て取れる。
(この辺はまだ子供には早いですからね)
説明したい気持ちを抑えてフレアは次の話へと移る。
「さて。そんな小国ユニバンスですが……それでも自給自足で暮らせるほど色々と恵まれています。
東には一大穀倉地帯を。南には川を下ると海を。西には大きく広がる森林を。北には山々が連なる鉱脈を……これほど立地的に優れた国は他にはありません」
だから大国二つから狙われている訳だ。
内陸である帝国は穀倉地帯と何より海が欲しい。
その逆で海に面する共和国は鉱脈と森林資源が欲しい。
どちらもが自分たちの都合で、ユニバンス王国に対してあの手この手と戦略を張り巡らせている。
「ここに居るみんなの領地は何処かな? 分からない子は両親に聞いて下さいね」
どこぞの王子が後ろを振り返り、どこぞの王子に邪険にされていたが……確かアルグスタ王子が得る領地は西の森林地帯の端にある丘陵地帯のはずだ。
全く産業が無く有事に備えて砦を築くのでそれを住まいにすれば良いとか、噂好きのミシュが仕入れて来て語っていた。
「は~い。では次の問題です。現在この国の産業は何でしょうか? はい君」
「えっと……小麦です」
恥ずかしそうに答えた少年に羨望の眼差しが集まる。
子供たちと一緒に見つめている王子は、自分の妻の仕事を完全に忘れているとしか思えない。
「そうですね。でも残念……それは3年前までです。意地悪な問題だったかな?」
折角答えてくれた子供を傷つけない配慮は必要だ。
考えて意見する……フレアは自分の教え方をそうすると決めて実行している。
だから間違いを恐れて答えなくなるのは1番ダメだ。
ここにいる子供たちには間違ってもまた考えて再挑戦する意思を持って欲しい。
『結婚したい! 彼氏が欲しい!』と叫んでやけ酒を飲み続ける売れ残りに関しては……そろそろ諦めることを知って貰いたい気もするが。
「正解はドラゴンです。さっき居た全体的に白い綺麗なお姉ちゃんがあっちこっちで狩り集めているドラゴンが、現在この国で1番の産業になっています。
小麦は2番目で、主に自国消費……私たちが食べるパンになったり、帝国に売られたりしています」
「先生。ドラゴンって売れるんですか?」
可愛らしい女の子の質問にフレアは大きく頷く。
「その昔……海で捕れるクジラと言う生き物が居ました。それは捨てる所が無いと言われ重宝していましたが、現在のクジラと言われるのがドラゴンです。本当に捨てる場所がありません。
今この部屋で使われているランプの油は、ドラゴンの脂肪を搾って作る"ドラゴン油"と呼ばれる物です。匂いも無く少量で長い時間燃え続けます。
こんな風にドラゴンから作られた物は、国の内外に売られているんです」
と、さっきの女の子が手を挙げた。
「でもドラゴンは凄く怖くて危ないって」
「そうですよ。だからみんなは不用意に王都の外に出てはいけません。日中はドラゴンが出ますからね」
「でも平気だよ。僕見たことあるもん。あの白いおねーちゃんがこう……ドラゴンを千切って投げ捨ててる所をっ」
自慢話をする少年に釣られ何人もの子供が自分のとっておきを披露する。
悪いことでは無い。隊長は国の危険を取り除いている。
でもどれもが……殴る。千切ると言う言葉が続く。
フレアの視線に気づいたアルグスタは……ただ深く頭を下げて謝って来るのみだった。
(c) 2018 甲斐八雲