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教えて! フレア先生

(3/1回目)

 城の通路を歩く彼女は普段の皮鎧姿とは違い、薄い桃色のドレスに身を包んでいた。

 普段より胸の谷間が強調されているのは、寄せて上げての努力と見栄に他ならない。


"フレア・フォン・クロストパージュ"


 上級貴族であるクロストパージュ家の五女にして現役の騎士。


 優れた魔法知識と一般教養を持つ彼女に対して直属の上司であるハーフレンが命じた任務……各貴族の子供らを集めて一般的な知識を教えるだった。


 最初は嫌々だったが、始めてから2年の月日が経過した今では楽しくて仕方ない。

 子供らは誰もが素直で自分の話を聞いてくれる。


 何を考えているのか分からずドラゴンを駆逐する上司も、『私も結婚したいんですよ~。どうしたら良いんですか~』と無理難題を言って来る同僚も、『最近また胸が大きくなって来た気がするんです』と少しはその余分な脂肪を寄こせと言いたくなる後輩も居ない。


 本当に平和で楽しい仕事なのだ。


「皆さ~ん。勉強を始めるので席に座って下さ~い」


 扉を開いて軍事の時にだけ会議室として使われる部屋に入る。

 今日も可愛い子供たちが……部屋の後ろを見つめて戸惑っていた。


 自然とフレアの額に青筋が浮かんだ。


「よっ。攻めのフレア」

「……ハーフレン王子? 次にそれを言ったら血を見ますわよ?」

「笑えん表情の上に口調が変わり過ぎてるぞ?」

「何で王子がここに居るんですかっ!」

「保護者だな。保護者の見学は自由だろ?」

「確かにそうですが」


 フレアは戸惑った。


 妾が5人居る彼であるが、子供はまだ居ないはずだ。ならどうして?

 その答えは子供たちの視線が教えてくれた。


「……アルグスタ王子? なぜそんな自然と子供たちに溶け込んで座ってるんですか?」

「はい先生。僕のことは気にせず、ぜひ授業を」


 恐ろしいほど学ぶ気を発している。


 その姿勢自体は嬉しいのだが、相手は王子であり上司の伴侶だ。何より真面目に授業を受ける人が、その伴侶を横に伴って身を寄せ合って……


「隊長! 何で居るんですかっ!」

「……」

「仕事! 今日は仕事ですよね!」

「……はい」


 いつも通りの無表情で、軽く体を倒してアルグスタに寄り添う美女は……間違いなく上司であるノイエだった。


「なら仕事に行ってくださいっ! って建物の中に居たらルッテでも見つけられないじゃ無いですかっ! 今頃途方に暮れて泣き出してますからっ!」

「……」

「ああもうっ!」


 動く気の無さそうな彼女にフレアは髪を搔き毟った。


「ノイエ。フレアさんで遊ぶのはそれくらいにして、お仕事に行って来な」

「……はい」


 隣の旦那様の言葉には素直に従う。


 ノイエはスッと立ち上がるとツカツカと歩いて部屋の窓を開けた。


「頑張ってね。ノイエ」

「はい」


 窓枠に足を掛けそのまま乗り越え出て行った。

 普段噂でしか聞かないドラゴンスレイヤーを見た子供たちは興奮しっぱなしだ。


(あ~も~)


 色んな物に八つ当たりしたくなる気持ちを抑え、フレアは自分を正した。


「はい皆さん。お勉強をしましょうね」

「「は~い」」

「……アルグスタ王子は本当に一緒に?」

「やるからには一番を目指します」

「……分かりました。この場では身分など関係無く教えますのでご理解ください」


 本気らしいので、フレアはもう諦めて勉強を教えることにした。


「今日はこの国についてです。えっと……君。この国の名前は?」

「はい。ユニバンスです」

「正解。正式には『ユニバンス王国』です。ならその位置は? 横の君」

「はい。大陸の南部と言われてます」

「そうね。だから今日は皆にどんな場所か分かるように地図を持って来ました」


 持って来た地図を壁の金具にかけて広げる。


"世界地図"と呼ばれる貴重な物だ。

 ただこの地図が本当にあっているのかは疑わしい。

 誰も世界を、大陸その物の形を見たことが無いからだ。


 大半の子供たちが初めて見るのだろう……興味津々な表情が本当に可愛らしい。


「これがこの世界の地図です。私たちが住んでいるのはこの真ん中の大きな部分で……それでこの辺りがユニバンス王国と言われています」


 上が長い台形をした島の下斜め右辺りを指し示す。


「根拠は川と山の位置からです。川が海へと流れ込んでいる様子からも『たぶんこの辺だろう』と言われています」


 子供らが各々持って来た紙などに書き写していく。

 物凄く真面目に模写しているのは、今日からこの場所で最年長になった生徒だった。


(意外と真面目なんですね)


 フレアが噂で聞いていたアルグスタ王子は、武芸はからっきしの文官肌。でもそんなに真面目では無く、同年齢の貴族子弟を伴い遊び惚ける人物のはずだった。

『その噂は本当か?』と思うほど、否……嘘にしか思えないほどの真面目っぷりなのだ。


(隊長があんなに懐くのも、この真面目な感じが良いんですかね?)


 ただノイエは何を考えて生きているのかが謎な人物である。

 それだけに鵜呑みにするのは危険だが、でも見ている限り彼から不快な気配は感じられない。


「ほら皆さんもアルグスタ王子を見習って真面目にしないと……あっちの悪い方の王子みたいになりますからね?」

「一応上司だぞ?」

「上司だったら欠伸なんてしないで真面目に観ててください」

「いや昨日は頑張り過ぎてだな」

「部屋の外に出ますか?」

「……大人しく見てます。はい」


 ヒクヒクと痙攣させるフレアの額に気づき、ハーフレンは沈黙した。




(c) 2018 甲斐八雲

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