密室の2人
「あれ? 帰ってたのか兄貴」
「ああ」
隠し部屋から人の気配を感じ、覗いたハーフレンはやれやれと肩を竦める。
休むことを知らない兄が、山と積まれた書類に目を通していたのだ。
「東の街はどうだった?」
「特に問題は無い。少々馬鹿をしている役人共が居たから、炭鉱送りにしてやったくらいだ」
「相手の役人に同情するよ。突然やって来た王子が、部屋中引っ繰り返して洗いざらい調べて行くんだからな」
「そんなことをされても問題がないくらいに日々の書類を正確に書き、何よりやましいことに手を出さなければ良い」
「ごもっともでまあ」
耳の痛い言葉にハーフレンは適当にソファーに座った。
「ここ最近の書類は良いな。不備が無い」
「その辺はアルグがやってるからな。サインだけは俺に書けって煩くてな」
「それはアルグが正しい。お前が書け」
「アルグだって一応王族だぞ?」
「形だけ、な」
彼の手と目は止まらない。
政治家として抜きん出た実力を持つ彼は、この国きっての文官だ。実力で主だった貴族たちの頭を押さえつけ宰相の地位を得ている。
「報告は目にしているか?」
「どれよ?」
「アルグとノイエが城下を並んで歩いていたと言う物だ」
「あ~はいはい」
「……」
隠してもいずれはバレる。ハーフレンは迷わず告白する方を選んだ。
「俺がアルグを連れ出してノイエの所に行った帰り、あの二人が仲良く帰ったんだわ」
「そうか」
「あの場所から徒歩は無理だろうと思ったんだが、馬の俺たちよりも先に着いてたな」
「そのようだ」
何となくの間に……ハーフレンは我慢できなかった。
「……兄として弟夫婦の橋渡しになればと思ってだな」
「別に怒ってなどいない」
「兄貴の顔はいつも怒ったように見えるんだよ」
「……仕事柄笑ってなどおれん」
裏表なくどんな仕事も顔色一つ変えずに決断を下す。
彼の決断で命を絶つことになった者、今までの生活をすべて失い路頭に迷うこととなった一族なども居る。
良い政治をすることは当たり前の仕事であり、そのこと自体に感謝などされない。
集まるのは恨みや憎悪ばかりで、こうして城の中であっても自分の執務室を持たずに隠し部屋を使っているのだ。
「兄貴は真面目過ぎるんだよ」
「不真面目なのはお前の仕事だ。で、話を戻すが……あの二人、今後何かあったら城下を並んで歩かせろ」
「……」
らしくは無い言葉だった。
警護の都合を考えると、戦うことに関しては全くダメな弟を野放しにはしたくない。
ただノイエと一緒なら話は変わる。
「理由は?」
「とにかく国民たちからの評判が良い。『第三王子とノイエが仲睦まじく一緒に歩いていた』などの噂話が城下の酒場で持ちきりだ」
「国民からすれば『ノイエが居る』ってことだけで嬉しいのに、それがずっと居るに変われば、な」
「ああ。だからあの二人に適当な理由を付けて歩かせろ。仲が良く見えるのなら何をさせても構わん」
「……俺に丸投げか?」
「弟夫婦の橋渡しに興味のある兄なのだろう?」
ただの遊びの言い訳が、見事に揚げ足を取られて返って来た。
「へいへい。なら勝手にやらせて貰うよ」
「それで良い」
山と積まれていた書類が右から左へ凄い速さで動いて行く。
それをほぼ全てに目を通しているのだから恐ろしい。証拠に直しが必要な物が弾かれている。
「それと兄貴よ」
「何だ?」
「帝国大使の館が、最近元気らしいんだが?」
「……あそこはノイエを喉から手が出るくらいに欲しているからな」
「でもこっちが先手を打ち続けて全部封じて来た。そうだろう?」
「そうとも言い切れん。その証拠にそこの書状を見ろ。上から五番目だ」
言われた物を引き抜き……ハーフレンはやれやれと肩を竦めた。
「正気かこれ?」
「正気らしい」
「……ドラグナイト家の成立は国内外に通達した正式な外交書簡のはずだぞ?」
「そうだ」
「恐ろしいな」
得たい物はどんな手を使ってもと言う精神が垣間見れる書状を、ハーフレンはクシャクシャと手の中で丸めた。
「これで良いんだろ?」
「向こうが使った手をこっちが使ったとしても……文句しか言えないだろう」
「でも大使たちが騒ぐか」
「ああ」
ピタッと手を止めた兄にハーフレンは頭を掻いた。
「仕込みは俺の方で進める。親父の許可は?」
「もう得ている」
「なら必要なのは準備に関わる資金か」
「国庫で預かっているノイエの給金を一時的に徴収して使う」
「……これって一応国を挙げてって話になるよな?」
「無い物は無い。ならある場所から借りるしか無かろう?」
「だからって」
「アルグにはお前が話を通せ。どうせ嫌とは言わんだろう」
「確かに嫌とは言わないだろうけど……」
国のことを優先するあまり、兄は何処か人としての大切なモノを疎かにする傾向が強い。
「準備期間は短いほど良い。帝国から正式な使者が訪れる前に発表する」
「はいよ。そっちの段取りは任せた」
「ああ。……そうだ。父上から一つだけ注文が付いている」
「無理難題を増やすな」
書類に目を通し終えた彼は立ち上がり軽く肩をほぐす。
「出来るだけ盛大に、そして派手に……何よりも綺麗にだそうだ」
「親父も本当に無茶を言いやがるな」
呆れつつも親心と宣伝効果が垣間見れ、ハーフレンの中でやる気が湧いて来た。
「うっし! やるか」
「その息で頼む。ところでアルグは何をしてる?」
「おっと忘れてた。今日はこれから一緒に行くんだった」
「何処へ?」
隠し扉を開き身を屈めていた兄に、弟がこれでもかと笑みを見せる。
「教えるのが面倒臭くなったから、フレアに丸投げすることにした」
「……補足説明はしろ。一般に出回っている話と実際とで違いはあるからな」
「分かってるよ」
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ってことで、明日は三回で!