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一緒に帰る

 魔法の知識はこれくらいで大丈夫かな?

 使えるかどうかは後で調べれば良いし。


 そうだ。さっきの話で感じた疑問だけ解決しておこう。


「術式って?」

「はい。プラチナのプレートに刻んだ魔法式に魔力を流して使う魔法です。何度も使えますが、刻まれた魔法しか使えません。

 我が国では魔法学院でのみ生産されています。

 そこに入学出来るのはある一定の魔力と知識を持つ者のみとなります」

「そこで術式の勉強とかをするんだね?」

「はい」


 学校なら入れば学べるかなって思ったけど……ちょっと無理そうだ。


 ただ答えてくれるフレアさんの頬が何故か赤い。

 彼女の背後で、うっすい馬鹿が地面に唾を吐いているのは何を物語っている?


「ちなみにフレアの彼氏はその学院の生徒で現在在学中だ。中々評判が良いらしい」

「もうっ! ハーフレン様ったら!」


 いやんいやんと顎の下に握った手を添え体を揺する様は、完全に恋する乙女だ。フレアさんの齢は知らないけど。何より似合わないですけど。

 今度立木を殴りだした売れ残りに聞いてみよ。


「もう良いか……アルグ。帰って良いぞ」

「良いんですか?」

「ああ。俺も飽きて来たしな」


 ボキボキと首と肩を鳴らすその様子から、飽きたと言う言葉の真実味を強く感じた。

 問題は……


「どうすれば良いんですかね?」

「呼べば来るだろ?」

「うちの嫁を犬扱いしないで下さい」


 と言っても代案は無い。仕方ない……ダメ元で。


「ノイエ~。帰るよ~」


 恥ずかしさから普通な感じで呼んでみた。


「……帰る?」


 ノイエだったら分身の術とか使えそうだ。

 何より風の動きすら感じさせずにどうやってここに来たの?

 考えたら頭が痛くなりそうだから考察を放棄する。


「うん。帰るよ」

「分かりました」

「ちょちょちょっ! ノイエも一緒に帰って良いってっ!」


 何処かに行こうとして像がぶれた彼女が、また目の前に立って居た。


 どれだけ頭を撫でられたいんだろう?


「一緒に?」

「うん」

「……分かりました」


 と、彼女はまず自分の手を見て、それから服装を見る。

 意識しない様にしているけれども、ドラゴンの返り血で……まあね。


 クルッと背中を向け彼女は丸太小屋へと突き進む。

 途中でポタポタと返り血が落ちるあの仕組みって、祝福か何かなのかな?


 と、ノックも無しにいきなり扉を開けた。


「っ!」

「着替える」

「待ってください隊長! 上着をっ! きゃぁ~」


 上半身裸の少女が小屋の外に放り出されて来た。

 うん大きい。まさか二階堂さんクラスの剛の者がこんな場所にっ!


 その場に居る全員の視線が丸太小屋の入り口に向いた。


「隊長っ! 上着だけでもっ!」


 閉じられた扉を激しく叩いている少女がマジ泣きだ。

 青い髪をボブカットにした少女だ。でも胸が大きい。巨乳だ。

 片手で扉を叩き、もう片方の腕で自分の胸を覆い隠そうとしているが、完全にこぼれ落ちている。


 何故かミシュとフレアさんが鎧の上から自分の胸を触って頭を振っていた。


 フレアさんはそこそこあると思うよ?

 ミシュはその……その手の趣味の人と出会えれば良いね。


 世の男性諸君たちの暖かな視線を一身に背負うことしばらく、ようやく開いたドアの隙間から彼女は飛び込んで消えた。


 代わりに出て来たのはノイエだ。

 朝、出かけに着ていた服に着替えている。ワンピースのような簡素な服だけど、美人な彼女が着ていると高級ブランドな品に見えるから不思議。

 僕の方は王家御用達の一級品の服なんだけどね。


「一緒に帰る」

「うん」

「一緒に……」


 カクンとアホ毛が斜めになった。

 フレアさんの元に行った彼女は何やら尋ね、会話に加わろうとする馬鹿をフレアさんが蹴り飛ばした。


「一緒に帰る」

「……」

「腕を組んで」

「そう来たか」


 迷うことなく彼女が自分の腕を絡めて来た。

 やはりノーブラだ。この世界に来てからおぱい好きになって来た気がする。


 腕を組むこと自体、別に良いんだけど……こっちを物珍しそうに見て来る視線が痛い。

 特にさっきの巨乳をガン見していた兄のあのニヤついた顔が腹立たしい。


 そんな嫌な顔で笑う兄が寄って来た。


「ところでお前たち……歩いて帰るのか?」

「……」


 コクコクと頷いているノイエはそのままに、落ち着いて考えるとお城から結構な距離を馬で走って来た様な気がする。


「普段ここに居る人たちの移動手段は?」

「専用の馬車だな」


 王都の圏内ではあるがそこそこ離れた場所にあるここに通う手段として、普段は馬車で行き来するらしい。

 騎士などは自前の馬を使い、ノイエは普段から徒歩だ。


「歩いて帰る」

「そう言ってるんで歩いて帰ります」

「そうか。なら良いけどな」


 やれやれと肩を竦めた彼はフレアさんたちと何か話している。

 クイクイと引かれた腕に、ノイエの帰宅オーラが凄かった。


「……帰ろうか」

「はい」

「ならお先に失礼します」


 コクッと頭を下げるノイエと僕に、部下の人たちなどが挨拶を送って来る。

 各方面で怖がられているノイエだけど、この場所では普段感じる嫌な気配がない。

 慣れて感覚が鈍っているのか……もしそうならずっと鈍ってて欲しいな。


 歩き出してしばらくして……選択ミスを痛感した。

 これって今日中に帰宅できるのかな?


「ねえノイエ?」

「はい」

「毎日この道を往復してるの?」

「はい」

「歩いて?」

「はい」


 凄いな。黙々と歩いてるけど景色が全く変わらない気がする。

 これはちょっと大変かも。


「アルグ様。疲れた?」

「別に疲れて無いけど……家に着くのがいつになるかなって」

「……」


 アホ毛がビンッと立った。


「急いで帰る」

「どうやってってぇ~っ!」


 ひょいと抱えられたと思ったら、全ての景色を置き去りにして……ノイエが走った。


 ヤバい。Gで潰れるかも……あうっ……




(c) 2018 甲斐八雲

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