一緒に湯浴び
(3/1回目)
「……」
「あの~ノイエ?」
「……」
「今日は一体何を吹き込まれて来たのかな?」
初めてとなる書類の山退治を、時間切れのため途中で切り上げて帰宅をすると……今日はノイエが先に帰って来ていた。
食事の前に湯浴びをしてと思ったけど、まずは『お嫁さんに帰宅の挨拶を』と寝室に行ったら、本日も売れ残りであるミシュに何やら仕込まれたらしい。
扉を開けて夫婦の寝室に入ったら、ガウンっぽい物を着て待って居た。
あ~も~。長話からの仕事ですっかり忘れてた。
明日は絶対にあの売れ残りに文句を言う。
「アルグ様」
「うん」
「湯浴び」
「うん」
「一緒に」
「うん?」
今彼女は何と言いましたか?
僕と湯浴びを一緒にで合っていますか?
「ちょぉ~」
「……」
「それはあれでしょう。早いでしょう」
「……」
ダメだって。僕はメイドさんの『お背中お流しします』すらお断りしてるんだぞ?
それをノイエと一緒にお風呂とか……想像したら入りたくなって来た。
「夫婦は一緒に入る物だと」
「あのちっさいの~っ!」
「違う。もう片方の」
「……」
確かフレアさんだっけ?
帰って来たんだ。意外とお早いお戻りで。
「夫婦なら一緒に入る。普通だと」
「……ノイエ。近いよ」
グイッと踏み出し迫って来る相手に気圧される。
「一緒に入るのが、普通だと」
「……入るから。一緒に入るから」
無表情で迫って来た彼女に壁際まで追い詰められた。
いやに普通にこだわってたけど……何かあったのかな?
まあ良い。僕が注意して我慢すれば問題無いはずだ。
と、ノイエが手を掴んで来た。
相変わらずの細い指だな。
「一緒に行く。手を繋いで……確か」
うろ覚えかいっ!
でも今日の彼女にしては結構覚えた方かもしれない。
数少ない容量を変な言葉で埋め尽くさないで欲しいけど。
「ちょっと待ってね。今支度して」
「手を繋いで一緒に」
「だからちょっと待ってっ! 抜けるっ! 肩から腕が抜けちゃうから~っ!」
僕らは手を繋いで浴場へと向かった。
終始引き摺られていた僕の肩が無事だったことを、神様に感謝したのは言うまでもない。
ササッと服を脱いで浴場へと向かう。
長い髪のノイエは、その髪を布で覆ったりするのに手間取りまだ入って来れない。
今がチャンスだ。
まず軽くお湯で体を流して、あとは湯船の中で相手を待てば良い。
お湯の中なら息子が粗相をしても見られる心配がない。
「ん~」
でも大きいお風呂って良いな。
壁の溝に置かれたランプの明かりがとても風流な感じで特に良い。
これだけのお湯とかどうやって沸かしてるのかな?
まず僕に必要なのはその辺の当たり前な知識だと思う。
政治経済なんて後で良いよね。
ちょっとだらしなく湯船の中で全身を大きく広げて伸びをしていると、何やら話し声が聞こえて来た。
釣られて見ると……白い湯気の向こうに、白い人影がはっきりと見える。
「ぶっ!」
「……」
「はだっはだっ」
裸なんですけど~! それも少しも隠そうとかしないで普通に歩いて来たんですけど~っ!
ヤバい。まさかの全裸攻撃で息子が粗相を。緊急潜航だ。
湯船の底に座ると、掛け湯をした彼女が滑り込む様にして入って来た。
迷わず真っ直ぐ僕の隣に来ると、身を寄せて来る。
胸が……おぱいが柔らかい。柔らかいおぱいが腕にっ!
「……」
「あはっあははっ」
会話も無くこの状態でずっと居ろと? 新種の拷問か?
幸せすぎて喜び死ぬよ!
「ノイエさん」
「ノイエ」
「んっ。んっ。あーあー。ノイエ」
「……」
「家名を決めて欲しいと言われたんだけど」
「家名?」
「うん。ほら……結婚して僕が王子を辞めて分家の当主になるから、新しい家名を決めないとダメなんだ。それで一応相談しようかなって。何かつけたい名前とかある?」
「……」
彼女のアホ毛が布の中なので機嫌が分からん。
ただ薄っすら上気している顔が、とにかくエロく見えるのです。
「ドラゴン」
「えっ?」
「ドラゴンを倒す名前が良い」
「……うん。分かった」
それが彼女の望みなら僕は叶えるだけだ。
他人から見れば縛られているのかもしれない。でもそれでも、それが彼女の意思なんだ。
「アルグ様」
「なに?」
「私は人? 化け物? 女神?」
「……」
「鎧を着た人とか綺麗な服を着た人とかが言う。『化け物』と。
街の中に居る人たちが言う。『女神』と。
でも私はたぶん人。人だと思う」
「ならノイエは人だよ」
「本当?」
「うん。ノイエは人だよ。そして僕のお嫁さんだ」
「お嫁さん?」
「そうだよ。僕らは夫婦で家族だろ?」
コクッと微かに彼女の顔が上下に動いた。
「だからノイエは僕のお嫁さんなんだ」
恥ずかしい。顔から火が出そうなほどに恥ずかしい。
でも頑張れ僕。たぶん今は大切な時だ。
「アルグ様は、何?」
「僕はノイエの旦那さんだよ」
「旦那さん?」
「そうそう」
「旦那……様?」
「そっちが良いならそっちで良いよ」
何度か口の中で呟いた彼女は、口を閉じて僕の腕に抱き付いて来た。
だから柔らかなおぱいがっ! 間違いなく挟まれてますからっ!
「あはっ……ノイエ。体と髪とか洗わないと」
「はい」
拘束から開放され、彼女が背中を見せて湯船を出る。
あんなに形の良いお尻を見たのは初めてかもしれない。
ペタッと床に座った彼女は迷うことなくメイドさんを呼んで洗って貰う。
あれ? これって僕が湯船から出れないパターンじゃない?
あはは。やらかしましたぜっ!
案の定……のぼせて湯船の底に沈んだ。
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