ランプを消して
(2/1回目)
「ノノノ、ノイエ?」
「……」
ああっ! 何か物凄く柔らかいモノが僕の胸にっ!
押し付けないで~。そんな柔らかいのに自己主張が激しいとかどんな凶器ですか?
「……」
ん? 何か呟いている?
「抱き付く。胸を押し付ける。あとは……」
納得。また誰かの入れ知恵か……って、あの売れ残りがぁ~っ! 明日絶対に酷い罰を実行してやるっ!
「ノイエ。出来たら離れて」
「……目を閉じる」
思考が止まった。
ツンと突き出された彼女の唇が、恐ろしいほどの魅力を醸し出す。
ブラックホールが発生したかのように僕の心を、気持ちを、すべて吸い寄せる。
ダメダメ。抑えて抑えろ!
確かに彼女はお嫁さんで、僕が望めば何でもしてくれそうだけど。
そうなんだ。彼女は望めば何でもしてくれる。
でもそこに彼女の"意思"は無い。感情も想いも何もかもが無い。
ただ物事を受け入れて処理するだけだ。
「頑張れ僕っ!」
ギュッと全力で彼女を抱きしめて、興奮と欲求と性欲を抑えつける。
何度も大きく息をして……ノイエさんから凄く甘い匂いがするのは何故でしょうか?
落ち着け! そして立ち去れ煩悩!
こんなに頑張っていると……遠くから兄の声が聞こえて来る。『やっちゃえば?』と。
ストレート過ぎるだろ!
「ノイエ。目を開けて」
パチッと目が開く。
近い。いつの間にやらだいぶ近づいていた。
「また副隊長に言われた?」
「はい」
「……ノイエはこんなことをしなくて良いんだよ。大丈夫だから」
軽く彼女のアホ毛が動いた気がする。
気のせいか……あっ。立った。
「それはダメ」
「はい?」
「家族は、夫婦は子供を作る。だから私も子供を作る……生殖行動をする」
変な方向で頑固な一面を見せないで~っ!
「私はたぶん人。人なら子供を作れる」
「……」
「子供が出来ないのは人じゃ無い。その時は私は人じゃない。人じゃない人は、人の住む場所に居てはいけない」
ああそっか。
僕は最初から物凄い勘違いをしていたんだ。
抱きしめていた彼女を……もう一度強く抱き締めた。
見た目は普通の女性くらいなこの体に、色んな無理を詰め込んだ彼女を……僕も心の何処かで『人とは違う別のモノ』として見てたんだ。
確かに普通の人とは違う。その行動や考えや言動も。
「ごめんノイエ」
「どうして?」
「うん。君は悪く無い。悪いのは僕だ」
「……分かりません」
「良いんだ。ただ僕が君に謝りたいだけだから」
結局僕もノイエを色眼鏡越しに見ていた。
言い訳をして近寄らせない風にしていた。
初めてが何だ。失敗したら成功するまで何度でもすれば良い。
彼女の意思が何だ。彼女の意思なら彼女の中にある。それが普通と違っても必ずある。
だったら僕は何を恐れる?
好きでもない相手とエッチをすることを?
違う。そうじゃない。
だって僕は彼女のことを一目惚れしたのだから。
ドラゴンを千切って両手に持っている姿を……心の何処かで『格好良いな』と思ったんだ。
普通と違うことに意味なんて無い。そんなの気にしなければ良いことだ。
「ノイエ」
「はい」
「……目を閉じてくれるかな? あと少し体の力を抜ける?」
「はい」
言われるがままに従うのは彼女の意思だ。
そう育てられてしまったからと哀れむのが間違いだ。
知らないのなら一つずつ教えて行けば良い。これからの人生を賭して……一つずつ。
そっと彼女を抱き直して、その唇にキスをする。
微かにノイエが震えた気がしたのは僕の気のせいなのだろうか?
「ノイエ」
「……はい」
「ランプの消し方を教えてくれるかな?」
「はい」
暗くなった室内で……僕は彼女を抱きしめた。
目覚めるとそこにノイエの顔があった。
二回目だ。抗体が出来ていた。
「アルグスタ様。おはようございます」
「アルグ」
「……」
「親しい人はそう僕を呼ぶから、ノイエもそう呼んで」
「……分かりました。アルグ様」
「うん。おはようノイエ」
昨日と同じ状態。でも確実に違う部分がある。
今朝の彼女は僕のお腹の上に座って居た。
椅子にされていると言えばそれまでだけど。
「どう? 僕の顔は覚えられそう?」
「毎日していれば覚える」
「……触ったりしたらもっと覚えられるのかな?」
少しアホ毛を傾けた彼女が、ペタペタと顔を触って来た。
細くて冷たくて気持ち良い。
しばらく触られて……彼女のアホ毛が立って居た。
「満足した?」
「明日も」
「うん頑張ってね」
スッと動いてベッドから降りた彼女が、自然と僕の傍に来る。
距離感が近くなった気がするのは自惚れかな?
「さあ着替えてノイエは仕事だね」
「はい」
「僕は……また変な話を聞かされるのかな?」
「……」
そんなことを愚痴っても仕方ない。
メイドさんの手を借りて着替えを済ませて食堂へと向かう。
「そうだノイエ。食事は兵舎でとか言って無かった?」
「はい。昨日皆に言われました。『結婚したんだから旦那さんと食べて下さい』と」
「そっか。なら今日からは二人でご飯だね」
「……はい」
フルフルと彼女のアホ毛が揺れる。
何と無く理解した。彼女の機嫌があの部分に現れるらしい。
こんな事でも彼女を知る大切な一部分だ。これからもコツコツと積み重ねよう。
そうすればきっと……ね。
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