大人の世界
(2/2回目)
真っ直ぐ王宮の離れへと向かって飛び込む。
走ったこともあるが心臓がバクバクして止まらない。
そんな破廉恥なことをノイエとしろと?
無理無理無理。絶対に無理。興味はあっても出来ないって。
「アルグスタ様。まだお体の調子が優れませんか?」
「うん大丈夫」
出迎えてくれたメイドさんの言葉が優しい。
でもそんな彼女らだって一度ベッドに上がると……いやぁ~っ! そんな大人の世界知りたく無かったよ~っ!
生暖かい視線を向けて来る彼女らを尻目に僕は逃げ出した。
「どうかしましたか?」
「気のせい」
「そうですか」
遠くを見つめていたノイエが、延髄をボキッとした小型のドラゴンを投げ捨てた。
もうそろそろ夕暮れだ。
視界の範囲内に居るドラゴンがこちらに向かって来る気配はない。
夜行性のモノも居るには居るが、基本ドラゴンは暗闇を見通す目が無い。
結果として夕暮れになると巣穴に戻るのが普通だ。
「今日はこれで終わりですね」
「はい」
いつもながらに背の低い副隊長が、頑張って爪先立ちになって遠くを見ている。
何度か抱き上げて頭上に掲げたら怒られたので、それ以降ノイエはそんなことをしなくなった。
「なら後始末は部下にやらせるので、今日はもう帰って良いですよ」
「はい」
「……どうかしました?」
普段なら『はい』からの即帰宅の準備が、今日に限って動かない。
ドラゴンの掃除を部下に丸投げし、副隊長のミシュは……上司と並んで丸太小屋へと向かい歩き出す。
治癒の祝福の力で、ノイエの全身を濡らしていたドラゴンの返り血がポタポタと地面へと落ちて行く。
湯浴び要らずと言っても良いのだが、服や鎧の汚れまでは落ちない。着替えは必要なのだ。
「言われたことをした。でも何も起きなかった。何か間違えた?」
「ん~。今日会った限りだと……隊長の旦那さんは大人しそうな感じでしたしね。毒は吐きますが」
「毒?」
「いえこっちの話なので忘れて下さい」
コクッと頷いてノイエは忘れる。
「あれですね。少し方法を変えましょう」
「はい」
「今夜はベッドに上がったらですね……」
内心ほくそ笑みながらミシュは知恵を授ける。
余計なことを教えている訳では無い。上司が家庭円満になって欲しい一念での行動だ。
本音は……大失敗した挙句に離婚してまた独身に戻れば良いと思っていた。
仲間が居ないのは寂しいものだ。
「婚約者が居るとか言って甘い顔をしているフレアにもいつか天罰が下れば良いんです」
「……」
「良いですか隊長。独身こそ最高なのです」
「はい」
その会話を……ハーフレンの密偵に聞かれているとも知らずに、だ。
「アルグスタ様。ノイエ様がお戻りになりました」
「うん」
「食事を済ませてから、湯浴みをして寝室へとご案内します」
「……食事?」
枕に顔を押し付けて『煩悩退散』と念じていた僕は顔を上げた。
彼女は確か兵舎で食事をするはずだ。
急いで部屋を出て待機しているメイドさんに確認を取る。間違いなくノイエは食堂に居るらしい。
どうかしたのかな?
ちょっと不安になって……自然と足が動いていた。
食堂の彼女はとても綺麗に食事をしていた。
うん綺麗だ。どうしたらあんな風に綺麗に骨付きのお肉とか分解できるんだろう?
大きめなテーブルにはこれでもかと食事が並び、それを端から黙々と食べている。
意外と大食漢なのね。
フードファイターもビックリな量が見る見る消えて行く。
と、食事をしていた彼女が気づいた。
「アルグスタ様。戻りました」
「お帰りノイエ」
「はい」
で、また食事に戻る。
消費に対して供給が追い付いていない。かなりの速度だ。
給仕しているメイドさんに飲み物を頼んで、ノイエの向かいの席に座る。
モグモグと動き続けるその口が止まることは無い。
「彼女っていつもこんな感じなの?」
「はい。どんな料理も残さず全て食べるので、料理番の人たちが『俺の本気を見せてやるぅ~!』と異様に元気になって料理し始める傾向がありますが」
「負けられない戦いが勝手に始まるのね」
ホットワインをカップに注いでもらい……それを舐めるようにして飲む。
この世界だとポピュラーな飲み物らしい。
本当は水で良いんだけど、そんなに深く掘られていない井戸水はそのまま飲むには問題がある。
沸かすなら安全な飲み物を温めれば良いとワインが出て来る。
豪快に食べるノイエを見てると何故かほっこりして来る。何より見てて飽きない。
「何か?」
「ううん。ただ見てるだけ。気になる?」
「平気」
一度だけそんな会話を交わし、料理番がギブアップするまでノイエの食事を見ていた。
そして始まる二日目の夜。
また定位置のベッドの上で転がっていた。
そろそろノイエが戻って来る。そうすればまた昨日と同じ展開がっ!
今夜は大丈夫。このまま大人しく寝て……
知ってしまった大人の世界が僕の息子を刺激する。
ノイエは違うから。兄の妾さんのようなことは言わないもんっ!
コンコンッ
「ノイエ様をお連れしました」
「はいどうぞ」
スッと開いた扉から音も無く入って来る。
今宵も下着と肌着だけだ。でも昨日と違うのは室内の光量。
初夜だからと言うことで煌々と照らしていた明かりは全て消され、灯っているのはベッドの横のランプのみ。これはこれでエロい感じがする。
……去れ! 煩悩!
「ほらノイエもそこに立ってないでベッドに」
「はい」
呼ばないとベッドに来ないのは何かしら意味があるのぐがっ!
僕の思考が停止した。
ベッドに上がり横になると思っていた彼女が、何故か抱き付いて来た。
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