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あんあんあん

(2/1回目)


 本日一本目です。

 ベッドに横たわった彼女は、白いシーツの上にその全身像を浮かばせる。


 白くて長い手足。細い腰。そして巨と言うと嘘になるけど、小さくは無い胸。

 僕の中では、隠れ巨乳だった二階堂さんが一番大きかった。でもその次にランクインだ。


 あれ? ちょっと待って?


 目を凝らして良く見ると……間違いない。ノーブラだ。白い肌着に小さな突起がっ!


 違うんです神様っ! そんな邪な気持ちで彼女を見てた訳じゃありませんっ!

 何よりこの世界の下着事情が悪いと思います。なんで下着は横紐タイプの紐パンで、上着は裸か袖なしシャツだけなんですか? それもシャツを着るのは女性だけだし!


『今日は寒いからシャツを……』とメイドさんに求めた時のあの視線が今でも忘れられない。

『変な趣味の人では?』と蔑んだ感じが、途中から『ああそうか』的なものに変化したのは、国王陛下の息子だからと納得したからかな?


 良し。思考を変えたことで変な興奮は去った。今の僕なら大丈夫だ。


 一人苦悩した僕をよそにベッドに横たわるノイエは身動き一つしない。

 まるでまな板の上の鯉と言う……つまりその物か。


「あの~ノイエ?」

「……」

「何をしたいのですか?」

「こうすれば良いと言われた」

「副隊長さんに?」


 コクコクと頷く彼女を見て、僕の中の一発殴りたい人リストに"副隊長さん"と言う名前が登録された。


「体を起こして。何て言われたか教えて」

「はい。王子にベッドに誘われたら……横になる。目を閉じる。あとは『あんあん』と言う」


 彼女の頭の触覚のように見えるアホ毛が微かに動いた。


「目を閉じてない」

「……」

「あんあんあん」


 それも忘れてたよね?


 またベッドの上に横たわり目を閉じた綺麗な寝姿のお嫁さんが『あんあん』と言っている。

 シュールな光景って言う言葉はこれであってるのかな?


「あんあんあん」

「あの~」

「あんあん、あん?」


 そのタイミングの疑問符は、態度が悪く聞こえるからね?


「えっと……その『あんあん』の意味は聞いた?」

「はい。どうせ初めてだから声を出してれば分からないと」


 的確過ぎる指摘に涙が出そうになったよ!

 ああそうさ。きっと初めてな僕がエッチなことをしてたら、その声で誤魔化されたかもしれない。


 身を起こした彼女が僕を見る。


「アルグスタ様は『っんん』の方?」

「誰の入れ知恵?」

「もう一人の副隊長。『あんあん』はわざとらしいと」

「良い部下をお持ちでっ!」


 場所が場所でなかったら床を叩いて泣いてたかもしれない。

 そんなリアルな反応をされたら絶対に分からない。


「そんな変なことはしなくて良いから……出来たら大人しく寝てくれないかな?」


 もうツッコミ疲れたよ。

 童貞なのに、初夜なのに……ボケに対するツッコミで疲労困憊とかどうなのさっ!


 軽く首を傾げた彼女は、そのままポスッと枕に頭を預けた。


「お休みなさい。アルグスタ様」

「あっああ。お休み」


 命令すれば素直に従うのが彼女だ。それは美点なのかもしれないけど。

 モヤモヤとする気持ちをため息として吐き出し、僕も彼女の横に寝る。


 ……。


 いや待って。横に人が居るってこんなに緊張するの?

 ヤバい寝れない。何より部屋の明かりが煌々と眩しいわっ!


「あの~」

「……」

「もう寝たの?」


 はやっ! 僕が横たわる間に急速潜航?


 よくよく見ると静かな寝息が聞こえる。規則正しく動く胸……からは視線を外す。

 この世界にブラを始めとする下着の文化を広げるべきだと少しだけ思った。


 寝つきが良いと言うか、疲れているのか……疲れる?


「そっか」


 忘れてた。


 彼女は結婚式の途中に飛び出して、ドラゴン退治に向かったんだ。

 男の僕でも式の準備にはそれなりに時間がかかった。女性の支度ならもっとだろう。

 で、式の途中からドラゴン退治の為に急いで向かって……何故か急いで帰って来た。

 帰って来た理由は分からないけど、急いだ分だけその疲労は計り知れない。


 彼女ににじり寄り、そっとその顔を見つめる。


 ドラゴン退治なんて危ないことをしている割には傷一つない。綺麗で本当にきめの細かい肌だ。

 見れば見るほど小さくて綺麗な顔をしている。こうしていると精密な人形にすら見えて来る。


 寝ているから大丈夫かな?


 そっと相手の顔を覗き込む。


 こんな綺麗な人が僕のお嫁さんなんだ。

 ドラゴンを千切って捨てるくらい強い人だけど、でもこうしていれば普通に年頃の女性だ。

 記憶力と言うか知識と言うか常識と言うか……何か色々と欠損しているけど、でも基本たぶん素直な女性だ。


 何より本当に綺麗だ。


 ジッとその顔を見ていると、結婚式の時が思い出される。

 今は静かに閉じられているあの唇の柔らかさだ。本当に柔らかかった。

 少し色素の少ないその唇は薄い桜色だ。


 気付くとその唇が随分と近くに在った。吸い寄せられるように近づいていた。


「……っごく」


 口の中の唾を全て飲み込み、ゆっくりと近づく。

 大丈夫だよね? 少しだけだから。


「良いよね。ノイエ?」

「はい」


 触れる瞬間、パチッとその目が開いた。

 間近で見つめ合う形となると……彼女の顔が微かに動いて唇に柔らかな感触を覚えた。


「こう?」

「えっああ……うん」

「まだする?」

「……今日はもう良いです」

「分かりました」


 色んな感情がぁ~っ!

 心の中で渦巻いて苦しいですっ!


 僕は頭を抱え……心の中で泣きながら眠ることにした。




(c) 2018 甲斐八雲

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