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封印倉庫

「お前と言う奴は……顔を見て来るだけだと言っていたのに」

「済まんな親父。余りにも理想的な胸だったんでな」

「好みに関しては文句は言わん。ただ段取りは守れと言うことだ。その場でプロポーズをするだの……まあ親子そろって馬鹿者と言ったところか」


 自分の過去を思い出し、国王は苦笑いを浮かべた。


「正式な婚約手続きは儂とミルンヒッツァとの間で進める。雨期の終わりにでも婚約の発表をして、挙式も早い方が良かろう」

「その辺は兄貴と話して決めてくれ」

「……ただちと考えがある」

「ん?」


 婚姻に関する各部署への書類にサインをしていたハーフレンが手を止める。

 窓の外を見つめる父親が……ゆっくりと自分の髭をしごいた。


「お前の挙式と同時にシュニットに王位の譲渡を考えている」

「何でまた?」

「来賓とて来るなら一緒にしてくれと思うであろう?」

「即位式と挙式を同時にやって経費を浮かしたいのか」

「事実をはっきりと述べるな。ノイエのお蔭でどうにかなっているが、軍事費の増大で我が国の財政は火の車だ」

「でもそれはどの国だって同じだろう?」


 ドラゴンの襲撃を受けている国はどこも軍事費が増大して苦しい台所事情を抱えている。

 他国は増税をすることで乗り切っている様子だが、ユニバンスはまだその札を使っていない。


「ドラゴンと言う外の脅威が居るのに増税などしようものなら……国民は何に縋り生きる希望を見出せばよい?」

「確かにな。まあこの国にはまだノイエが居るだけ本来はマシなんだがな」


 ただ彼女に対しての人気が高まり過ぎるのも良く無い。貴族や将軍たちの中にはそれを面白く思わない者たちも居て、そう云った者たちに他国の密偵は擦り寄り仲間に引き込む。

 前回のアルグスタ襲撃事件も協力した貴族の多さに驚かされたものだ。


 ただ全員を断罪することは出来ない。結果として見せしめに有力貴族の首を飛ばし、領地や財産も全て没収して、家族は奴隷階級まで身を落とす。

 憂いは1つ消えたが、恨みがまた1つ生じる。


 国の運営など綺麗ごとだけでは済まされない。


「まあ親父。俺としたら別にいつ結婚しようがやることは変わらん。兄貴と話し合って勝手に決めてくれ」

「……そうだな。そうしよう」


 フッと笑い国王も止めていた手を動かす。


「ああ。リチーナをこっちに呼んでしまいたいのだが構わんか?」

「構わんがお前の屋敷に住まわせるのはな……ちと面白くないぞ」

「早速子作りとは言わんよ。彼女は王都に来たことが無いらしいので、とりあえず慣らさないとな」

「左様か。なら王都にあるミルンヒッツァの屋敷に滞在させよ。警護は近衛から10人まで許す」

「了解」


 自分がするべきサインを終えてハーフレンは腰かけていたソファーから立ち上がった。


「今日の分は終えたから俺は戻るぞ」

「……この後は何を?」

「封印倉庫の掃除を兄貴から命じられててな……アルグを巻き込んで片付けて来る」

「左様か。ああ思い出した」

「ん?」

「……母さんが顔を見たいと言っていたぞ」


 その言葉は国王としてではなく父親としての響きが強かった。


「分かった。暇を見て会いに行く」

「うむ。それと……アルグスタにも会いたいとな」

「……」


 一瞬ハーフレンはその顔をしかめた。


 いやあの馬鹿な弟なら何ら問題は無い。きっとどうにかしてくれるはずだ。

 でも……彼の嫁は"ノイエ"なのだ。


「アルグが行けばノイエも行くぞ?」

「分かっておる。それでも『会いたい』と言っておる」

「……返事は直ぐには出来ん。兄貴と相談してからだ」

「ああ。お前たちに任せる」




「アルグ~? お前暇だろう?」

「良し来た。ノイエ……あの筋肉王子を殴って来て」

「はい」

「おまっ! 死ぬぞ!」


 椅子から立ち上がったノイエに筋肉王子が心底怯えて逃げ出そうとする。


 うむ。気分爽快だ。


「ノイエ。戻って」

「はい」


 軽い足取りで殴りに向かっていた彼女がその足取りで戻って来る。

 本当にノイエは可愛いな。


「で、何さ?」

「……おう。ちと手を貸してくれ」

「貸せる手が右手だけだけど?」

「はいはい悪かったよ。化け物女が襲撃して来るなんて全く想像してませんでした」


 軽く謝って来たので良しとする。

 相手は僕と違ってちゃんとした王子様だからそう簡単に頭を下げたりは出来ない。


「で、何するの?」

「ちょっとした実験だ」

「実験?」

「ああ。まっとりあえず暇な奴は全員来い」


 その言葉にノイエ小隊の隊長以下副隊長の2名が付いて行くことになった。




「なに? この物々しい扉は?」

「封印倉庫だ」

「……そのまま封印しときましょうよ」


 お城の地下にズズーンと置かれている鋼鉄製の扉。両開きで物凄く大きい。


「ここには過去こっちの世界に来てしまった異なる世界の品物が収められている」

「へ~」

「で、この扉を開けるのが一苦労なんだよ」


 ガッと取っ手を握った筋肉王子が、全身に力を漲らせる。

 ギィ……ギギ……と微かな音がして、これって動いてますか?


「こんな訳で一人じゃまず開かない」

「……それで僕なんだ」

「そう言うことだ」


 納得。


「ノイエ」

「はい」

「ちょっと開けて」

「はい」


 筋肉王子と入れ替わり彼女が扉に手を掛ける。

 あれ? ビクともしない?


「アルグ様」

「ん?」

「ちょっとって?」

「……普通に開けてください」

「はい」


 ギィ~と音をさせて普通に開いた。




(c) 2018 甲斐八雲

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