第三話『襲来の竜騎士』
話を聞いておきたい。そう切り出すと同時、ルヴィは顔を固くした。
「……はい。どういう、意味でしょうか」
「ルヴィ。探索者において、最も必要なものは君だって知っているだろう」
あくまでとぼけようとするルヴィに、諭すように言った。
「背中を預け合える信頼だ。目的も信条も愛情だってどうでも良い。信頼さえあればギルドもパーティも成り立つ。君が僕を助けてくれた事は本当に感謝してるよ。君がいなきゃ、僕は今頃その辺りの森に埋められてた」
比喩ではなく、事実として。
蜥蜴野郎のように執拗に追って来る連中がいる以上、力も逃げ足もない僕はいずれどこかで死んでいたはずだ。グランディスまで逃げ延びられている事は、間違いなくルヴィのお陰だった。
だからこそ、ここまでは何も聞かなかった。
「ただ、ここから本格的に逃走をしようってなら、早めにお互いの理解をしとくべきだろう?」
その辺りを誤魔化して探索を継続し、空中分解したギルドなら幾らでも知ってる。その点を突いて、こちらから崩壊させてやった事もなくはないが。
「偶然、僕が逃走する経路を割り出し。たまたま、逃走用の馬を用意していて。これまた不思議な事にグランディスに辿り着く分の食料や貨幣も用意していた。運が良い、で済ませるのはちょっと無理だろ」
着の身着のままでギルドを追い出された僕が持っていた金では、旅の経費は賄えない。ここまでの旅路は全てルヴィにその辺りを頼ってきた。何故か彼女は、自分がギルドに預けていた全ての金を懐に入れていたのだ。
僕をこれから殺そうって時に、用意するものには到底見えない。
「……はい。そうですね、偶然にしては出来過ぎですか。流石に」
「おや。あっさり認めたな。もう少し粘るかと思ってた」
「先輩は案外抜けているので、暫く気づかないかと思ったのですが。流石の洞察力です」
「褒めてんの? けなしてんの?」
無表情のまま淡々と僕の情緒を弄びやがって。
「はい。仰る通り、可愛い後輩こと、私ルヴィはとある目的を持って動いています。先輩は自分の魅力で可愛すぎる後輩の私がついてきたと思っていましたよね。すみません」
「どういう謝り方だよ。さっそく魔力酔いでもしてんのか?」
「私の可愛さに酔うのは仕方ありませんが、素面に戻ってください先輩」
「ぶっとばすぞ」
僕の腕力じゃやろうと思ってもできないがな。
「しかし、そんな私にも言える事と、言えない事があります。不誠実かもしれませんが、その辺りはご承知おきを」
「良いよ。言える範囲で聞こうじゃないか」
むしろ、言えない事があるのに隠すよりよっぽど誠実な対応だ。
こちらもそれを前提で話を聞ける。
「はい。まず一つ、私は本来の名前を隠し、別の目的をもってエルディアノに所属していました。ずばり美人密偵、もしくはスパイ、隠密でしょうか。いえい」
「……勇者の紹介状を持ってか?」
「元々知己だったもので、さほど苦労はしませんでしたよ」
確かに、ギルドによっては直接的な戦力よりも情報収集に重きを置き、それによって一定の地位を得ている所はある。新人探索者として、他ギルドへ加盟する事も珍しくはないとか。
しかしよりによってこいつが? 本当かよ。
「はい。私の目的はズバリ、先輩とお近づきになる事です」
「そういうわけか。珍しくもないな」
蜜の罠、という程でもないだろうが。通常、ギルドマスターはギルドに対して圧倒的な権力を持つ。内部から追放されるような間抜けは僕だけだ。
最大の情報源にして、最高の交渉相手。密偵というのなら、最も近づいておくべき相手だろう。当初からやたらと僕に絡んできたのはそのためか。
「じゃあますます分からないな。ギルドマスターでなくなった僕を、君が助ける意味はまるでない。今度はルッツとお近づきになっておくべきなんじゃないのか?」
「はい……? ですから、私の目的は――ッ!」
言葉を途中で区切って、ルヴィがクロスボウを手に取る。
ぐるりと半回転して扉に向けた瞬間、扉が蹴り破られ緑の小鬼――ゴブリンが荒れ狂うように飛び込んできた。旧王都とはいえ、何で魔性が街中に堂々と。考える暇さえ与えず、ゴブリンはルヴィへと全身を跳躍させて跳び掛かる。
「ビ、ギィッ!」
ルヴィの反応は見事なものだった。奇襲に対して動揺を押し殺し、正確に一矢を放つ。ゴブリンは空中で眉間を撃ち抜かれ、勢いを失って墜落した。
しかしそれは、クロスボウの構造上ルヴィが一時的に戦力を喪失したのと同じ。扉の奥から入り込んでくる男どもには対応できない。
「よう。今日来たって噂の奴らはお前らか。まだ金は持ってんだろうな」
入り込んできたのは武装をした二人の男ども。まるっきり、野盗や盗人という顔をしてやがる。髭ぐらい整えたらどうだ。
迂闊だった。法も何もないこの都市なら、外から来たばかりの奴の懐を狙うのは常套手段とも言える。
ゴブリンを部屋に放ったのもこいつらだろう。荷駄を運んでいたザールディといい、旧王都では魔性を使役するのが普通らしい。魔力を用いて魔性を誘導する手法は大昔からあるが、普通の探索者なら暴走した時のリスクを考えて絶対に使わない手だ。
使うのは、僕が知る限り頭がおかしい奴だけ。魔性の中でも特級の竜を操舵するなんてのは、絶対にやっちゃならない事だ。
「へぇ、ちょいと若いが。良い女を連れてるじゃねぇか。こいつは貰ってこうぜ」
「……はい。何を勝手な事を言っているのですか」
矢を再装填する間もなく、ルヴィの喉元にはナイフが突きつけられている。
僕は早々から戦線離脱だ。そもそも武器を持ってないし、持っていたとしても敵わない。
「ルヴィ。やめておけよ。流石に無理だ」
「よく分かってるじゃねぇか。テメェみたいなひょろっちいのが、どうやってこんな上玉を捕まえたんだ。ええ?」
両手を上げながらさっさと降参すると、盗人の一人がナイフを見せ、笑いながら言った。
「良い薬があってね。どんな相手でもそれ一つで上手くいくさ。僕の荷物の中に入ってる」
「ほぅ。どこの薬だ」
「王都の魔薬研究所クオタの品でね。そいつを売って回るのが僕の商売だ。どうかな、使ってみてもし良ければ、継続購入してみないかい」
「チャチな魔薬ならこのグランディスには幾らでもあるぜ。ま、そこまで言うなら一回使ってやっても良い。そこで見てろよ」
言って、僕にナイフを向けていた男はあっさり僕に背中を向け、床に置いた荷物を漁りだした。
残りの一人は、ルヴィを抑え込んで舌なめずりしている。どうやら彼ら、ここで始めちまう心づもりらしい。お盛んな事だ。
ルヴィも抵抗できない事が分かっているのか、無表情な顔を珍しく顰めて男どもを睨みつけている。
「良い身体した女だ。兄貴、次は俺に回してくれよ」
「ちょいと待ってろ。魔薬を使ってから……」
野盗兄弟といった所か。食うや食わずで野盗に落ちぶれたといった所。道理で、人を襲う時の基礎も出来ていない。
一先ず、ベッドの上で軽く立ち上がり、そのまま――魔薬なんて入ってない、床の荷物を漁っていた兄貴分の首へと足からダイブする。
「ギ、ぎゃ、ッ!?」
コキリという奇怪な音を立てて、兄貴分はそのまま僕の荷物へと頭を沈めた。首の骨が恐らく折れた。即死していなくとも、早々動けまい。
弟分が、ルヴィから一瞬目を逸らして兄貴分の危機に瞠目する。それが命取りだとも分かっていない。
瞬間、ルヴィがクロスボウの持ち手で弟分の側頭部を強打した。床に強かに叩きつけられる程度には強力だ。そのまま流れるような動作で、新たな矢を装填。惚れ惚れするね。
一気に形成は逆転。弟分の奴は、床にへたりこみながら叫ぶ。
「お、おい待ちやがれ! ゆる、許さねぇぞ。俺達の仲間はまだ外にいるんだ! てめぇも、女もタダで済むと思うなよ!」
恐らく、嘘ではなかった。男は動揺して声を大きくしながらも、芯から震えていない。普通の人間は、本当にどうしようもなくなった時、こんな風に口を動かせないものだ。
しまったな。まさか仲間がまだいるとは。てっきり突発的な野盗だと思っていたが、案外頭が回る。
「はい。先輩の衝動的な行いで場が悪くなりました。どう落とし前をつけるんでしょうか」
「一先ずこの場は良くなっただろ」
人質同然の扱いよりまだマシだと思って頂きたいものだ。窓から逃げる、というのは悪手だ。僕なら、当然のように窓や裏手には人を置いておく。奇襲が上手くいっても、逃げられてしまったら本末転倒だからな。
そうすると、ルヴィ頼りで一点突破か。
思った瞬間だった。通りから大声が響いてくる。
「違う、邪魔してぇんじゃねぇ! 許してくれ!」
「やめろ、違う、違うんだ!」
声が聞こえて来た瞬間、弟分の顔が青ざめるのが分かった。恐らく、こいつの仲間の声だった、という所か。
しかし顔色が悪くなったのは僕も同じだ。いいやむしろ、盛大に体調が悪くなってきた。こういった類の叫び声には聞き覚えがある。
「――どいてくれと、そう言っているだけさ。ボクの代わりに、この子が少し怒っているけどね」
やはりだ。野盗よりよほど問題児がやってきてしまった。遠征中なんじゃなかったのかよ。
思わずルヴィに視線を向ける。
「不味い奴が来た」
「はい。私も、あの方たちはいずれ来られると思っていました。覚悟してください、先輩」
覚悟してください、じゃねぇよ。
コツ、コツという明らかに苛立った足音が響く。冷静な口調のようで、全く冷静でないのがあいつの特徴だ。
蹴り破られた扉の先に、長身の女性が姿を見せた。後ろに纏めた銀髪は麗しく、その紅の瞳は燃えるように相手を射抜く。
よりによって僕が見間違えるはずがない。
彼女こそは、王都最強と名高い竜騎士――パール=ゼフォン。