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第二十七話『ギルドハウスここにあり』

 パールが翼竜たるレラに跨りながら、ほぼ墜落に近しい速度で地面へと降りて来る。僕を殺しにきてるんじゃないか、と疑いたくなるくらいの勢いだ。


 彼女は器用に地面へと衝突しないようレラから飛び降り、大通りの石板を足蹴にする。紅蓮の瞳がぎろりと僕を見据えていた。


「ボクにしか頼めないと使いをさせておきながら、フォルティノとお遊びとは良い御身分じゃないか」


 不機嫌そうにコツコツと蒼槍で地面を叩くパール。片腕には大き目の布袋が握られている。


 中身は彼女が他の都市でかき集めて来てくれた調度品の品々だ。袋が随分と重そうな所を見ると成果は上々なのだろう。


 だが、彼女は大変にご不満であるらしい。全身から怒気が滲み、今にも噛みついてきそうだ。


「あぁん、遊んでたわけじゃねぇよ。文句言ってねぇで、お前はとっとと他の街を駆けずり回ってくりゃいいだろ、パァル」


「ボクが一度でも君の言う事を聞いたりしたかな? もしかして思い上がっているんじゃないかい、フォルティノ」


 元パーティメンバーなのだから、仲が良いはずと思ってはいけない。彼女らは当時から、毎日のようにこうだった。過去はここに勇者も混じっていたのだから最悪だ。


 そこを何とかなだめ、パーティを繋ぎとめていたのが僕だ。拍手喝采で褒めたたえてくれ。


 目頭を押さえながら、二人を先導するように前へと歩く。


「行くぞ二人とも。忙しくなると言ったろ。フォルティノが言った通り、遊んでたんじゃなく商談をしてたんだよ」


「……むぅ。それぐらい分かっているけど、もう少しボクにかまけてくれても良いんじゃないかい。全ては君のために動いてるっていうのにさ」


 どういうお願いだ。ますます眉間の皺が深くなってくる。


 鉄の大通りを真っすぐに南へとくだれば、中心地たるカルレッシアの邸宅に辿り着く。


 その門前は随分と騒がしい。男女を問わず、数多の人類種が邸宅に物を運び込んでは次々に去っていく。どうやらルヴィが事前の打ち合わせ通り、上手く手配をしてくれたらしい。


 案外、こういった事務回りの仕事は向き不向きが分かれるものだ。ルヴィに任せて正解だった。


 人込みをかき分けて邸宅へと入れば、すぐさまカルレッシアが駆けつけて来た。はぁ、はぁっと肩で呼吸をしている辺り、実は体力がないのだろうか。


「あ、あの……。これは、何の騒ぎでしょう? わたくし、このような事は聞いていないのですが」


「何って、言ったじゃないか」


 動揺を隠せないカルレッシアに笑みを見せながら、落ち着かせるように両肩へと手を置く。


「ギルドの設立だよ。部屋は自由に使って良いと言ってくれただろ。お言葉に甘えて、一部をギルドハウスとして使用したい」


「え、ええ。あの、確かにそうは言いましたが、ここをギルドハウスにとは……」


 無論、言っていない。しかしグランディスのほぼ中心部にあるこの邸宅は、ギルドハウスとしては絶好の場所。その上、人が住むのに困らない程度の整備がされている。


 今から他の廃墟を一から立て直すより、今あるものを是非使わせて貰いたい。


 とするならば、やるべきは一つ。


「よく考えてくれカルレッシア」


「え、ええと。な、なんですの?」


「これから僕らは末永く取引を続けるわけだ。ならギルドハウスは手近な場所にあった方が良いと思わないか?」


「まぁ……それは、そうですが……」


「なら、いっそ同じ拠点にあるのがベストだ。そうだろう」


 無理やりにでも、こちらのペースにカルレッシアを巻き込む。邸宅に泊めてくれた時もそうだが、彼女はやや押しに弱い所がある。ならばひたすらに頼み込んで頷かせるのみ。


 パールとフォルティノを軽く指さして言葉を継ぐ。


「見てくれ。頼まれていた調度品と鉱石の追加調達について目途がついてな。この件と合わせて話そうじゃないか。先に、応接間に行っておいてくれ」


「は、はぁ……その、それであれば。分かりました」


 よし、行ける。ここで極端な拒絶を見せない相手なら、幾らでも口先だけで落とせる。カルレッシアの後ろ姿を見送りながら、軽く右拳を握った。


 ギルドを設立する上で最も面倒なのが、ギルドハウスの設立だ。土地にしろ建物にしろ、とにかく金がかかって仕方がない。常に物資が不足しているグランディスでは尚の事。


 今運び込ませている最低限必要な物資や家具も、相場よりずっと高い値段を払っている。間違いなく損をしているが、これはこれで良い。


 はぐれドワーフの連中と同じだ。ここで買い叩けば、彼らとの繋がりは一度で絶たれる。しかし相手に得をさせれば、彼らは自分達から繋がりを求めて来る。組織を作る上で、これ以上に必要な事はない。


「はい。お帰りなさいませ、先輩。可愛い可愛い後輩のルヴィは、しっかりと先輩の留守をお守りしておりました。その上、隙無く各種手配も済ませました。これは褒められるに違いありません」


 カルレッシアが廊下の奥に消えた後、すぐに金髪が邸宅の奥から顔を出した。こちらが声を返す暇もなくすかさず近寄って来る。


 どうしてだろうか。この素早さに健気さや可愛らしさを感じる前に、少しばかりの脅威を感じ取ってしまうのは。


 しかし実際、彼女の手配に助けられたのは確かだ。


「助かった。もう一つ、頼んでいた方はどうなってる?」


「はい。順調です。主だった方々にはおおよそ行き渡ったかと」


「十分だ。パール、フォルティノも。騒がしくなるぞ、気を付けてくれ」


 両名とも、今一こちらの意図をくみ取れていないようだ。目を丸くして、顔を見合わせている。

 

「このグランディスには組織と呼ばれるものが数十、大きいのに絞れば十ほどある。――その大部分に、僕らのギルドとの協定打診を出した。相手を見ながら言葉を選んでな」


「ああ、理解出来たよ。昔と同じやり方だね」


 パールが頷き、フォルティノはため息をついている。


 このやり口の良い所は、分かりやすい所だ。もし協定に旨味を感じたり、こちらの様子を伺いたい連中は話し合いを望んでくる。


 反面、新しく出来たギルドがでかい顔をするのが気に入らない連中は――。


「おう。ここがアーレとかいうド腐れがいる場所かぁッ!」


 このように、堂々と喧嘩を売りに来てくれるのである。敵と味方を容易に判別出来る、実に素敵な手法だ。


 とはいえ、これが出来るのは、こちらに信頼できるだけの戦力がいる時だけ。


「俺達、『ライディラ兄弟』と同格ぶるとは笑わせやがる。いいか、てめぇが舎弟になるなら許してやる。ならねぇなら――!」


 ――幸運な事に、僕はソイツにだけは恵まれた人生だ。


 邸宅に乗り込んできたのは、十数名からなる野盗同然の連中。しかし全員が武器と防具を揃えており、質は決して悪くない。旧王都の中では上位の戦力だろう。


 確かライディラ兄弟は、ギルドから追放された賞金首どもが集った組織。多少なりとも腕に自慢のある奴らばかりのはず。


 だが、しかし。


「――はぁッ! 無茶すんなって言った途端にこれかよ。言っても分からねぇなぁ、相変わらずよぉ!」


 掛け値なしの一流が相手では、流石に分が悪い。


 フォルティノの杖に連動して雷鳴が唸りをあげ、次々に鎖のような姿を取っていく。相手を掴み取り、その場で焼き焦がす光の雷鎖。複数を相手取る時の、フォルティノの得意技だ。


「ぎぎゃァッ!?」


「な、何だこんなの、聞いてねぇぞ!」


 雷鎖は文字通り、目にもとまらぬ速度で次々とライディラ兄弟の連中を掴み取っていく。通常の鉄鎖とは違い、掴み取られた時点で相手は終わりだ。


 これだけでも突破は至難だというのに。万が一突破したとしても。


「……せめて、自分から窮地に飛び込む癖だけはやめてくれないかな。本当に」


 呆れたように蒼槍を振り回すパールが、悉くを叩き潰す。その動きは練度の多寡で語れるものでは決してなく、まるで最初から身体と筋肉が、槍を振るうための機能として生まれたかのよう。


 結局の所、ライディラ兄弟たちは玄関先さえ突破出来ず、外へと放り出される事になった。


 これはこれで悪くない。強硬な連中こそ、力の差があると分かれば従順になるもの。


 まぁ、パールやフォルティノに頼り切りなのは情けない限りだが。


「――先輩」


 不意にルヴィが話しかけてくる。


 その瞬間だった。


 首筋に火傷しそうな熱を感じた。明確な殺意に近しい凶悪な意志。反射的に背後を振り向くが、何も見えない。燭台の蝋燭に揺られた影がふらつくだけ。


 しかしルヴィはその何もない空間に対し、即座にクロスボウを射出した。魔を乗せた一矢が、まるで猟犬の如く影へと食らいつく。


 ――矢は、虚しく壁と突き刺さる。確かに何かを捉えたように見えたのに、残ったのは傷跡のみだった。


「……はい、先輩。確かに何かいましたよ」


 ルヴィが碧眼を鋭く細めながら、かつりと踵を鳴らす。


 その細い指先が壁に突き刺さった一矢を引き抜けば、僅かに黒い布地が先端に絡みついていた。


「――『技能』持ちですね。どうやら、手練れがいるようです、先輩方」

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