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第十五話『暴走の連鎖』

 旧王都グランディスへと翼竜レラが身体を降ろす。パールの暴走で随分と遠回りをしたが、夜には無事辿り着けた。


「誰かさんに噛まれた上、翼竜で連れまわされた所為で全身が痛い」


「そう? この程度で痛いのなら、やっぱり大人しくしておけっていう啓示なんじゃないのかな」


 レラの頭を撫でながら、パールが小さく笑みを見せた。


 馬鹿を言うな。神様の啓示を信じて自分の人生を決めたのでは、誰のための生涯か分からなくなる。第一、神様だって僕みたいなのにわざわざ啓示を与えようなんて思うまい。


「さっきの、本当に身体に影響はないんだろうな」


「勿論、すぐにどうにかなる事はないよ」


「すぐじゃなかったらどうにかなるのかよ」


「ふふん」


 笑ってごまかしやがった。

 

 まぁそれは別としても、翼竜に振り回されて全身に軋みに近い痛みがあるのは本当だ。自分の身体が驚くほど弱まったのを、否応なしに痛感させられる。


 廃魔現象。我が事ながら忌々しい。


 旧王都の主人カルレッシアは、これを治療できると言ったがどこまで信じて良いものか。


「さ。行こうアーレ。宿屋も部屋は残しておいてくれてるはずさ」


 パールが自然と――否、力づくで腕を組んで先へと引っ張って来る。油断すると腕が取れそうだ。ここまで強引に距離を詰められるのは初めてだった。


 半ば現実逃避をしながら、グランディスの街並みを見つめる。


 夜になっても、相変わらずここは騒がしい。身分の境界はなく、大人も子供なく、誰もが死にそうになりながら一日を生きている。


 僕と同様、王都から捨てられた者ら。だがその誰もが、僕より遥かに気楽に魔力を扱えるはずだ。


 不意に思う。果たして僕は本当に王都に舞い戻り、僕を追い出した連中を叩き潰してやる事が出来るのだろうか。身体が多少マシになった所で、全盛期のようにとはいかないはず。


 パールがいてくれたとしても、彼女だけでは流石に戦力不足だし、なにより名分がない。僕は今や王都の連中から見れば犯罪者と同義だ。例え再びギルドを立ち上げたとしても、戦力と名分の両方を手に入れるのには手間がかかる。


 エルディアノは五年かかった。では、次は。いいや本当に同じ事が出来るのか。


 一瞬の逡巡があった。つくづく、かつて僕が抱いていた大層な自信は、自分の力に頼り切ったものだったんだと思い知らされる。


 人間、そりゃあ多少の力がある奴は自信もあるに決まっている。危険な挑戦も、他人より前へ一歩踏み出す勇気だって沸いても来る。大した事じゃない。


 本当の勇気というものは、力も、運も、何もかも与えられなかったものが、それでも抱く意志だ。


 きっとグランディスの連中は、それを持っている。僕に、同じものが持てるだろうか。


 もはや、何も出来なくなってしまった僕に。


「……ねぇ、アーレ。ちょっと、他の道を通らない?」


 パールの声に、思考の沼から現実へと引き戻される。宿屋を目前にして足を止めた彼女は、頬をひくつかせながらこちらの顔を覗き込んできた。


 その先からは大きな声が響き合い、喧噪となって耳に伝わってくる。

 

「? 喧嘩騒ぎぐらいなら、グランディスでよくあるだろ。大した話じゃあ……」


 そう、言った瞬間だった。ばちりと、どこかで聞いた音が響く。松明と『雷鳴』によって、周囲が明るく照らされていた。


「じゃ、じゃあそのギルドとやらに入れば、あんたらが魔性から守ってくれるのか?」


「だーかーらー、さっきからそう言ってんだろうが! 良いかぁッ! この『雷鳴』のフォルティノ様が誓ってやる!」


 ――喧噪の中心で、魔導師様が手を振り上げているのが見えた。


 嘘だろ、何やってんだあいつ。というか、何故僕の拠点がバレている。


「はい。今なら創設時特典付きです。創設メンバーとしていずれ自慢できますよ。ぶい」


 連れて来たのお前かよルヴィ。ますます何やってんだあの馬鹿。


 いや何をやっているかは分かる。きっと僕がギルドを設立すると言ったから、その真似事をしてるんだ。どうしてフォルティノまで協力しているのかは謎だが。


 だが物事には順序というものがある。グランディスは大都市並みの貧民や流民を抱え込んでおり、そうなれば当然都市内に組織や力関係といったものは出来て来る。カルレッシアとて全てを統括出来ているわけではあるまい。


 となれば、だ。


「おい、姉ちゃんたち。夜に何を騒がしくしてんだ」


 当然、ギルド規模とまでは言わずとも、暴力を背景に貧民を配下に置いてる連中はいる。そんな中で堂々とギルド設立を宣言して人集めまですれば、ちょっかいをかけて来るに決まっていた。


 屈強なドワーフが三名ほど、身の丈ほどありそうなハンマーをもってフォルティノとルヴィへと声をかける。


 周囲の連中が『土塊一家』だの、『逃げた方が良い』だの言ってる所を見るに、多少名が通った連中らしい。


「その格好、他所モンだろ。ここには、ここの流儀ってもんがある。そいつを守って貰わねぇと、ちょいと痛い目を見るぜ」


 ぐいと、頭目らしいドワーフがフォルティノの肩に手をかけた。


 最悪だ。説得しようとするな。いくなら最初からハンマーでいけ。


 それでなくともフォルティノは――。


「はぁ? このフォルティノ様に、気安く触ってんじゃねぇよド三流ッ!」


 ――大の男嫌いなんだ。僕もどれだけ苦労させられたか。


 同じ部屋にいるのが嫌、食事が一緒なのが嫌、命令されるのが嫌。


 ある意味で、自由の体現者ではあるのだが。自由とは時に我儘と同義だというのをよく思い出させてくれる。


 自由の象徴たる『雷鳴』が明滅し、すぐさま唸りをあげた。ドワーフ達も警戒はしていたのだろう、即座にハンマーを構えこそするが。


「ぐぎ、ぁぁあああッ!?」


 遅すぎる。雷の速度に追いつける人類種がいるものか。平凡な魔導師ならともかく、フォルティノは超のつく一流だ。僕が知る限り彼女の速度についていけるのは、竜の血が混じった誰かさんと勇者殿だけ。


 即座にドワーフ連中はハンマーとあわせて感電させられ、煙をあげながらその場に横たわった。死なない程度に出力は制限していると信じたい。


「流石に遠回りしてきた方が良さそうだな、パール」


「そうしよう」


 パールの問いかけに応える形で頷きつつ、腕を取られながら踵を返す。


 反射的に、眼を見開いた。そこに、闇夜に溶けるような白のドレスがあった。


「ご機嫌よう、アーレ様。良い夜ですわね」


「……ご機嫌よう、カルレッシア」


 待ち構えていたとしか言えないタイミングで、旧王都の元締め様がそこにいた。


 こいつ絶対暫く前から僕らの後ろにいたろ。趣味が悪すぎる、流石は魔性様。


 カルレッシアはにこやかな表情で、両手を軽く合わせて口を開く。


「今日はやけに活気に溢れておりますわね。わたくし、皆さまがお元気なようで嬉しいですわ」


「確かに、活気はありそうだな。で、君は待ち伏せでもしてたのか、用意周到だな」


「まぁ、待ち伏せだなんて。少々、聞こえが悪うございますわ」


 あくまで優雅に、スカートをくるりと動かしながらカルレッシアは言葉を紡ぐ。


 魔性だというのに、その立ち居振る舞いはどことなく気高さと品位に満ちている。それは彼女が高位の魔性であるという証左だ。


「折角、アーレ様がわたくしのために取引をしてくださったのですから、お出迎えに来ない方が失礼というものでしょう。ただ、そうですわね――」


 ちらりとカルレッシアの視線がフォルティノ達へと向く。雷鳴が唸る音と、フォルティノの調子の良い声が次々に耳へと届いてきた。


 頼む、少しだけで良い。静かにしてくれ。


「あちらのルヴィ様と一緒におられる方は、アーレ様のお知り合いで……?」


「いや、違う。誤解だ。多分僕らの間には色々とすれ違いがある。話し合おうじゃないか」


 ここは何としてもやり過ごす。ギルドの創設においては、当然カルレッシアにも話をつけておくべきだろうが。今はまだ時期が早い。信頼関係すらろくに築けていない段階だ。


 ここは可能な限り穏便に――。


「――良いかお前ら! ギルドを率いるのは自分じゃねぇ! 王都一の賞金首、アーレ=ラックだ! 覚えとけよぉッ!」


 フォルティノが堂々と、僕の名前を喧伝してくださった。


 本当にありがとう。帰ってくれ。


 パールが隣で顔をひきつらせている。カルレッシアは相変わらずにこにこと笑顔を浮かべてはいるが、時折垣間見える瞳は全く笑っていない。


「どうか、この後お時間を頂いても? アーレ様の仰る通り、わたくし達には会話が必要なようですわ」


 当然、その誘いを断れるはずもなかった。


 取り合えず一つ、心に決める。


 フォルティノとルヴィ。あの二人から目を離すのはやめよう。

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