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 イフューンの町へ『テレポート』しても、そこからノクト村は半日かかる距離だ。結婚式を日中に挙げるとすれば、やはり急がねばならない。

 徹夜を覚悟で、その夜のうちに出発することにした。

『テレポート』でイフューンに着くと、僕にはとても懐かしい門の前に出た。

 僕達はそこから乗り合い馬車の停留所へと歩く。

 運良く最終の馬車には間に合ったが、しばらく待たねばならないようだ。

 停留所は少し小高くなっていて、イフューンの町並みを望む事が出来た。

 湖に寄り添うイフューンの町は、月灯りに照され静かに眠っているようだった。


「懐カシイデスカ?」

「そりゃあ、ね」

「イツカ町ヲ案内シテクダサイヨ」

「う~ん」


 たくさんの思い出のある場所だ。

 良い思い出も、嫌な思い出も。

 会いたい人も、顔を会わせたくない人もいる。


「いつかね」

「エエ、イツカ」


 やがてガタガタと古びた車体を揺らしながら、最終便が到着した。

 乗り込むのはヴィヴィ、ビリーさん、ロジャーに加えて、僕とジャック、十字架にルーシーだ。

 酷い揺れにみんながげんなりとする中、ロジャーだけは車窓にしがみつき、大騒ぎしている。


「光った!あれは何?」

「ありゃあ山猫だ。目が光ってんだ」


 ビリーさんがロジャーの腰を掴みながら話す。


「山猫!?あっ、何か飛んだ!」

「おっ、野衾(のぶすま)だ。この辺にはいるんだな」


 そんな風にひとしきり騒ぐと、突然糸が切れたように眠ってしまった。今はヴィヴィの膝の上で寝息を立てている。


「何故家出シタンデス?」


 ジャックがビリーさんに問いかける。


「そんな大した理由じゃねーよ」


 ビリーさんは頭をぼりぼりと掻く。


「うちは牧畜やってんだ。俺も小さい時分から手伝ってて、ずっとそうやって生きていくんだと思ってたんだ」

「ソレガ何故冒険者ニ?」

「俺は男ばっかり四人兄弟の末っ子でな。俺が継ぐ物なんてねえって気付いたんだよ。家も、家畜も、土地も。出ていく俺に渡す金さえねえって、な」

「厳シイデスネエ」

「子沢山の農家はどこもそんなもんさ。そんで将来に不安感じて悶々としてた時だ。男手のない家に養子に行けって親父に言われたんだよ。なんか、捨てられたような、厄介払いされたような気持ちになってな」


 ビリーさんが頭をひと撫ですると、ロジャーは口をもごもごさせながら寝返りした。


「嫌だ嫌だと考えているうちに、ふと思ったんだ。出て行っちまえば自由じゃね?捨てられる前に、こっちから捨てちまえばいーんじゃね?ってな」

「ナルホド」

「次の日の夜には家を飛び出してたな。あとはレイロアで冒険者始めて今に至るってわけさ」

「冒険者目指して家出したわけじゃないんですね」

「そうじゃねーな。ただ、あの頃の俺にとって、自由イコール冒険者だったんだよなあ……」


 遠い目で黄昏るビリーさんを、ヴィヴィが足でつついた。


「紹介はきちんとしてもらうからね」

「……わかってるよ」


 ノクト村へ着いたのは、白々と夜が明ける頃だった。

 さすがに尋ねるには早すぎるとヴィヴィは主張したが、絶対起きてるからとビリーさんが押し切った。

 ビリーさんを先頭に歩くが、ヴィヴィの歩みは明らかに遅かった。


「緊張してる?」

「……そりゃ、息子が結婚するって言って子持ちの女を連れてきたら。親御さんはいい気持ちはしないだろ」

「そうかもね、うん。まあ、頑張って」

「……うう。頑張る」


 泣きそうなヴィヴィの肩を強く叩いた。


 ビリーさんの実家は村の外れにあった。

 石造りの塀に囲まれた敷地の中に、幾つかの建物がぎゅっと肩を寄せ合うように建っている。

 ビリーさんは、入り口らしき塀の切れ目に立ち止まり、振り返った。


「ここだ。心の準備はいいか?」

「心の準備が必要なのはあんたじゃない?」

「う、うるせーよ。ノエル、お前らはどうする?」


 僕とジャックは顔を見合わせた。


「その辺をうろついてるよ」

「そうか、わかった。すまねーな、すぐ済ませるからよ」

「イエイエ、感動ノ再会デショウ?ゴユックリ」

「感動だといいがな」


 憂うつそうにビリーさんは歩き出した。


「ロジャー、お行儀よくね」

「うん、任せて!」


 ロジャーは笑顔で手を振った。



「サテ、ドウシマス?」

「前に食べた〈黒牛亭〉だっけ?この村の人は早起きみたいだし、開いてないかな」

「行ッテミマスカ」


 うっすらと朝もやが漂う中をジャックと歩く。

 道の両側に並ぶ家々からは、活発に動く人の気配が感じられた。


「ソウ言エバるーしー見テマセンネ?」

「ん~、レイロア大王捕りで恐い目に遭ってね」

「ソレカラ引キ込モッテ?」

「うん。起きてる気配はあるんだけど」

「ソウデスカ。マア、直ニ出テクルデショウ」

「うん」


 目的の〈黒牛亭〉の看板が見えてきた。

 すでに開店しているようで、入っていったり出てきたりする人が確認できる。


「アノ人、ドコカデ……」


 ジャックの視線を追うと、確かに見覚えがある人がいた。ぼさぼさ頭にポケットがやたらと付いた服。


「ゾラさん!」


 僕の呼びかけに周囲を見回した後、僕達を見つけたようだ。


「おおお!貴方がたは!」


 ゾラさんは、まるで生き別れの兄弟に会ったかのような勢いで僕達の方へ駆けてきた。


「おお!これは天の配剤か!」


 そう言って両手で握りしめたのは、ジャックの手だった。


「エッ?私?」

「こうしてはいられない!さあ、わたくしの家へ!」

「オオッ!?」


 ゾラさんは、学者とは思えない力でジャックを引きずっていった。


「……そんなにジャックに会いたかったのかな」


 ゾラさんは物置を借りて研究室としていた。

 物置内は以外に広く、端の方には農用フォークや大きな金だらいなんかが置かれていた。


「はあ~っ、興奮するなあ」


 ゾラさんは手を揉みながら、ジャックをねぶるように見ている。


「のえるサン、助ケテ……」


 ジャックが頭蓋骨だけこちらに向け、助けを求める。


「コホン、あー、ゾラさん」

「はい?おや、いらっしゃったのですかノエルさん」

「ジャックにいったい何をする気ですか?」

「もちろん実験です!」

「ヤッパリ!イヤダー!」


 ジャックはゾラさんに背を向けて逃げ出そうとするが、上腕骨をしっかり握られて動けない。

 いったいどこからあの力は出ているのだろうか。


「ゾラさん、ジャックは僕の相棒です。実験台になどされては困ります」

「オオ、のえるサン!モット言ッテヤッテ!」


 すると、ゾラさんの目が怪しく光る。


「困る?いやいや。それどころか、ノエルさんは感謝さえするでしょう」

「感謝、ですか」

「ええ、感謝です」


 ゾラさんは自信たっぷりだ。


「聞かせてもらいましょうか」

「チョットのえるサン」

「さすがノエルさん、話がわかる」


 そう言うとゾラさんは、鍵のかかった箱から薬ビンを取り出した。


「実験は簡単です。コレを飲めば終わりです」


 ビンの中には光沢のある銀色の液体が、たぷんと揺れている。


「ヤダー!絶対ヤダー!」

「コレはもしや」

「ええ、メタリックマタンゴから抽出した液体です」

「しかし、ジャックが飲んだところでダダ漏れですよ?」

「飲む、という行為自体に意味があるのです!飲むことにより、この液体が宿主と認めるのです!」

「認めるって……まるで生き物ですね」

「そう!生き物なんですよ!表現ではなく、この液体は生きているのです!」


 ゾラさんの説明に力が入る。


「メタリックマタンゴの死骸は、もっと量が多かったでしょう?」

「ですね、そんな薬ビンに入る量ではなかったです」

「あの後、私はあらゆる手段を試したのです。火にかけ、酸に浸し、メスを入れようとした。しかし、全く歯が立たなかったのです」


 メタリックモンスターの性質を考えれば、それも当然の帰結だろう。


「途方にくれ、鬱々としていたある朝。私は微かな物音に目を覚ましました。横になったまま音のする方を見ると、この薬ビンの中身がマタンゴの死骸から離れていくところだったのです!」

「スライムみたいに?」

「そう!まさにスライムのようでした。私は急いでバケツを使って捕らえました。何とか薬ビンに封じ、元の死骸を見ると、そこにはただのマタンゴの死体がありました」

「……なるほど。つまりメタリックモンスターとは、その液体が寄生したモンスターだと?」


 ゾラさんは嬉しそうに何度も首肯した。


「しかし、何故ジャックに?」

「それは……」


 ゾラさんは言いにくそうに下を向いた。


「……死んでしまうのです」

「はい?」

「弱いモンスターを捕まえて飲ませてみるのですが、窒息死してしまうのです」

「怖っ」

「ヤダー!死ニタクナイー!」


 もう死んでるから静かにしようね。


「おそらく、適合出来る個体は非常に稀なのです。それがメタリックモンスターが極めて珍しい原因なのでしょう。呼吸しないモンスターは口が無い事がほとんどですし、有っても飾りですし……」

「それでスケルトンに目を付けた、と」

「はい!呼吸しないが飾りでは無い口があります!」

「でも、生きてないのに寄生してくれますかね?」

「それは……しかし、失敗しても死なないわけですから」

「失う物はない、か」

「ええ」


 質問と説明の応酬が途切れ、僕とゾラさんは揃ってジャックを見た。


「嫌デスカラネ!!」

「そこを何とかお願いしますよ、ジャックさん!」

「イーヤーデースー!」


 不満気なジャックの前で、僕はボソリと呟いた。


「……メタリックスケルトン、か」


 ジャックは驚いて僕を見、続いて天井を見上げた。


「【銀色ノじゃっく】……イヤ、【神々シイじゃっく】カ?」


 上を向いたまま、にへらと笑う。


「イイ!凄クイイデスヨ!」

「おお、わかってくれましたか!」


 ジャックとゾラさんが、両手で握手した。


「善は急げです!」


 ゾラさんは端に置かれた金だらいを持ってきて、ジャックをその上に立たせた。


「これはダダ漏れだった時の保険です」


 そして薬ビンをジャックに手渡した。


「さあ、ジャックさん!ぐいっと!一気に!!」


 ゾラさんは目を血走らせ、ジャックに迫った。


「ム、ムム」


 ジャックは躊躇していたが、覚悟を決め一気に薬ビンを呷った。


「エエイ、ママヨ!……ン、ングッ?ガッ、ゲホッ」


 ジャックは胸を押さえて(うずくま)った。


「ジャック、大丈夫か?」


 死なないからって、行き当たりばったりが過ぎただろうか?不安になりながら見ていると、ジャックは苦しむのを止め、立ち上がった。


「ンン?」


 首を傾げるジャックはメタリックではない。

 だが、異変があった。


「口から飲むから、胃か腸に寄生すると思ってましたが……心臓なのか!?」


 ゾラさんの言葉通り、ジャックの心臓の位置にメタリックな液体が球体を形作っていた。

 肋骨で微妙に見辛いが、微かに脈打ってるように見える。


「コレ、成功デスカ?失敗デスカ?」

「判断が難しいですね……何かこう、動かせたりしませんか?」

「動カス……」


 ジャックは胸の球体をしばらく見つめた。

 そして突然、球体が弾けた。


「うわっ」

「おお!」


 球体は再び液体の性質を帯び、ジャックの体を包む。

 出来上がったのは、銀で作った骨の彫像。

 鑑定してみると、種族メタリックスケルトン。

 紛うことなくメタリックモンスターだ。


「成功だー!!」


 小躍りするゾラさん。


「へんなのー!へんなのー!」


 いつの間に出てきたのか、へんなのー!を連呼するルーシー。


「ジャック、どうした?喜ばないの?」


 問いかけるがジャックは動かない。

 いや、ゆっくりとだが口元が動いているようだ。


「えーと、う、ご、け、な、い?動けないの!?」


 ゾラさんがピシリと固まり、ジャックを凝視する。


「うんうん、お、も、い。へえ~、重いのか」

「ぷぷぷ。へんなのー!」


 ルーシーは大喜びだ。元気になって何より。


「ゾラさん、これ失敗ですかね?」

「……ええ。これでは金のかかった人体模型です」

「元に戻れますかね?」

「一度寄生したら宿主が死ぬまで分離しません」

「しかし、彼はすでに死んでますよ」

「そうですね……ジャックさん、コントロール出来ませんか?纏った時のように」


 ジャックは物凄くゆっくり頷いた。

 すると、銀色の液体は一瞬のうちに心臓の位置へ集まっていった。


「フハッ!ウヒィ、死ヌカト思ッタ……」


 四つん這いになったジャックが安堵の声を漏らした。


「だから死んでるから。でも、メタリックスケルトンになってたよ?」

「ホントデスカ!?アッ、鑑定シタノデスヨネ!?二ツ名ドウデシタ!?」

「あ、変わってたよ」

「ヤッ……タ。ヤッタ!」


 (ひざまず)いたジャックが天井に向かい、両拳を上げる。


「ソレデ何ト!?銀色ノ?神々シイ?ソレトモしるばーうるふ?イヤ、土左衛門デナケレバコノ際何デモイイ!!」


 希望に満ちたジャックに、僕は新しい二つ名を告げた。


「メタリックな土左衛門」

「ハッ?」

「【メタリックな土左衛門ジャック】」


 ジャックの顎骨がガクンと下がり、再び四つん這いへと崩れ落ちた。


「ジャックへんだねー」

「本当、変だねー」

「何故ダ……何故、土左衛門消エナイ……」


 ジャックの納得いく二つ名は、まだまだ遠そうだ。


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