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「司祭さま、仲間外れなんてつれないじゃないか」
「ジルさん!?」
「偶然、商店街デ見カケテ声カケタノデスガ。じるサンモゔぃゔぃサント面識アリマシタヨネ?」
「そうか、赤ローブの時に一緒でしたね」
「年寄りの事を忘れちゃいけないよ?思い出した時にはポックリ逝ってる、なんてよくある話さね」
ヒッヒッと笑いながら、ジルさんは空いたイスに腰かけた。
見る間に総勢17名の大所帯となったわけだが、これだけいれば上手くいく気がしてくるというものだ。
「えー、挙式後の食事について意見はあるかな?」
「狩りは任せてよ!ビシッ」
「任せるニャ!」
瞬時に打ち解けたトリーネとミズが肩を組んで宣言する。
「わかった。料理の指揮はキリル、頼めるか?」
「おうよ!だが、肉だけってのは味気ねえぜ?」
「うーん、野菜類はうちの庭のでどうにかなるかな」
「んじゃ、後で庭を見せてくれ。ハーブなんかも欲しいな」
「わかった」
「はい!」
ヒルヤがびしっと手を挙げた。
「はい、ヒルヤ」
「結婚式っていつなんです?」
「ごめん、言ってなかったか。ロジャーの話では、【鉄壁】の休養日にヴィヴィも合わせて休むらしい。それが十日後だ」
「確かにうちの休養日だな」
ラシードさんが頷く。
「その日を決行日にする予定です」
「わかりました」
「はいニャ!」
今度はリオだ。
「屋外会場はどこにするニャ?」
「あー。どこかいい所あります?」
僕が見回すと、口々に同じ場所の名が語られた。
「そりゃあ約束の丘でしょ」
「約束の丘だろうな」
「……約束の丘」
約束の丘とは、レイロア東門から出てすぐの場所にあるちんまりとした丘だ。平たい草原の中、そこだけ小高くなっているので景色が良い。
よく恋人達が街を抜け出して、愛を語らうのに使われる場所である事から、約束の丘などと呼ばれている。
「なるほど。じゃあ約束の丘でいいかな?あと、司祭としては簡単な祭壇が欲しいんだけど……」
「……具体的にどんなんだ?」
眠りから覚めたエーリクが問う。髭のボリュームが少々減ったように見えるが、気のせいだろう。
「うーん……大きな十字架だけでもいいんだけど。自立式の」
「そのくらいなら儂が造るわい。廃材組み合わせて磨けばどうにかなるじゃろ」
「ほんと?じゃあ頼む。あとは……黒猫堂2号店の飾り付けかな?食事はこっちだよね?」
「テーブルなんかはアタイがどうにかするニャ。飾り付けは人を寄越してくれニャ」
「わかった。あっ、そうだラシードさん」
「なんだ?」
「ビリーさんの家族ってどこに住んでるかわかりますか?」
「ビリーは天涯孤独のはずだ」
「そうですか、わかりました」
冒険者にはよくある身の上だ。かく言う僕も家族はいないし。
「こんなとこかな?じゃあ役割分担を……」
「ちょいとお待ち」
ジルさんの鋭い声が飛ぶ。
「司祭さま、これはさぷらいず、とか言う奴なんだよねえ?」
「ええ」
「新郎新婦は当日まで知らない、と」
「そうなりますね」
「新郎新婦を着の身着のまま、晴れ舞台に立たせるつもりかい?」
「あっ!」
「そうですよ!何か忘れてると思ってました!婚礼衣装です!」
トールさんが立ち上がって大声で叫ぶ。
「そうか、花嫁衣装にビリーの礼服も要るな」
ラシードさんも無精髭を擦り擦り呟く。
「婚礼衣装って……買うと高い、よね?」
僕の問いかけに、みんなが一斉に頷く。
「ミラーに頼めば多少は安くしてくれるじゃろうが……」
エーリクが難しい顔で話す。
「礼服はうちのスケルトンが持っているので、それを借りようかと思います」
後でジェロームに土下座して頼もう。
「花嫁衣装なあ……」
デューイが諦め半分の声を出した時、隣に座っていたブリューエットが立ち上がった。
「……私達で作ろう」
「ええっ!?」
「本気かね?」
「……私はお母様から裁縫仕込まれてる。ヒルヤも上手だよね?」
「ある程度は出来るけど。でも、花嫁衣装なんて経験無いよ?」
ブリューエットは不安げなヒルヤの肩に両手を置いた。
「……大丈夫。私も無い」
どこが大丈夫なんだとツッコミたかったが、この二人に頼るしかないか。
「私も多少は出来ます。協力しましょう」
「仕方ないね、あたしも手伝おうか」
トールさんが手を挙げ、ジルさんが首を振りながら続いた。
「エーリク、ミラーさんに渡りつけて貰える?作業は四人がやるから、工賃をまけて欲しいって」
僕の問いに、エーリクは仕方なさそうに首肯した。
「なんだか怒鳴られそうだが、なんとか頼んでみるわい」
「ありがとう。よし、まとめるよ」
僕は伝言板として使われている黒板の端を借り、役割分担を書いていく。
狩猟 ミズ トリーネ ウーリ デューイ
ドウセツ
料理 キリル
酒 マスター
裁縫 ブリューエット ヒルヤ トール ジル
会場 リオ ラシード
祭壇 エーリク
「僕は野菜類の用意と、各持ち場を回る事にする。材料費なんかは後でカンパする。これでいいかな?」
「異議なし!」
「了解」
「オーケー!」
口々に肯定の声が上がった。
「よし。何か緊急の連絡があるときは、僕の家まで。では、解散!」
僕の掛け声に、各々が自分の持ち場に消えていった。
「ふーん、狭いのになかなかのもんじゃねーか」
キリルがふんふんと言いながら、庭の野菜を見てはメモしていく。
「しかしハーブが足りねえな、もう少し香りのある奴が欲しい」
「種類を指定してくれたらミーゲさんとこで苗を仕入れてくるよ」
「今から植えるのか?間に合わないだろ?」
「大丈夫、サニーいるから」
そう言ってサニーの幹をポン、と叩く。
「そっか、トレントか。いいなあ、うちの畑にも欲しいよ」
キリルがサニーを見上げた。
「畑?宿暮らしじゃなかった?」
「レンタル畑ってのがあるんだ。ほら、南門出てすぐ畑があるだろ?あれだよ」
「ああ、あるね。あれレンタル出来るのか」
「安くはないから、ほんのちょっとだけどな。薬師としてはそれでも大助かりさ」
「そっか。少しだけならうちの庭も貸せるよ?サニーの裏側とかスペースあるし」
「ほんとか!?」
キリルはサニーの裏側を覗きこみ、しきりに頷いた。
「それは助かる!サニー、頼めるか?」
キリルは僕がしたように、幹をポン、と叩く。
すると幹にすーっと切れ目が入り、翡翠色の瞳がキリルを見下ろした。
「ン……イイヨ……」
「おお、喋った!トレントってやっぱ迫力あるな」
キリルは嬉しそうに幹を優しく擦る。
「サニーが余所の人と喋ってる!?」
「んん?普段は喋らないのか?」
「僕やジャック、ルーシー以外とは、ほとんど喋らないんだ」
サニーは大きな瞳をぱちぱちと瞬きさせながら呟いた。
「白イ人……イイ匂イ……」
「薬師だからか?そんなに匂うかな」
キリルが白い作業服の袖を、鼻を鳴らして臭う。
「森ノ……匂イ……スル……」
「へえ、そうか。よろしくな、サニー!」
「ン……ヨロシク……」
そんな二人の様子を、僕は悲愴な顔つきで見ていた。愛娘がボーイフレンドを連れてきたような心持ちだった。
キリルめ……