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登場人物が多すぎるので、章の頭に簡単な人物紹介を入れました。
その夜の内にジャックとルーシーが手分けして、便利屋仲間と【鉄壁】に連絡してくれた。
連絡内容は《ビリーとヴィヴィの結婚式の相談。明日正午。最後の50シェルにて》。
ルーシーに頼むのは不安だったが、「ルーシーもれんらくする!」と聞かないのでお願いする事にした。ルーシーに合わせ連絡内容を簡略化したのだが、これでもちょっと怪しかった。
場所はヴィヴィ行きつけのマレズ珈琲店を避け、冒険者なら誰でも知ってる酒場にした。
ビリーとヴィヴィの為か、あるいはお祭り好きの冒険者の性か、みんな快諾してくれた。
〈最後の50シェル〉に正午より30分も早く到着したのだが、すでに先客がいるようだ。
「来たなノエル!結婚するんだってな?前祝いに一杯やってるぞ!」
すでに顔を赤らめたエーリクが、大きな木製のカップを掲げる。テーブルを挟んで座るドウセツは、半信半疑といった表情で僕を見る。
「まっこと結婚するのでござるか?悪いがとても信じられん」
「ノエル!けっこんするの!?」
肩の上のルーシーが驚きの声をあげる。
便利屋二人に連絡したのはルーシーだ。どういう流れで新郎が僕にすり替わったのかわからないが、場所と時間を正確に伝えただけでも褒めてあげるべきだろう。
「お?ゴーストの嬢ちゃん、昼間なのに大丈夫なのか?」
エーリクがルーシーに気付き、疑問を呈する。
僕は空いているイスに腰掛けながら返答する。
「色々あって、肩車なら日中でも平気になったんだ。あと、結婚するの僕じゃないから」
エーリクは驚きの顔を、ドウセツはやはりとでも言いそうな得心がいった顔をした。
「結婚するのは【鉄壁】のビリー。知ってる?」
「赤ローブ事件の時に会ったわい。ふむ、あの兄ちゃんか」
「拙者は顔と名前だけは存じておるでござる」
「ああ、そっか……となると、あの古井戸の時にビリーとヴィヴィは出会ってるのかな」
それ以前に会ってる可能性も十分あるのだが、なんとなくあの時が馴れ初めである気がした。
「ま、どっちにしても目出度えことに変わりはねえな」
そう言うとエーリクは目の前のカップを呷った。
酒好きのドワーフにとっては、誰が結婚するにせよ大酒を飲む口実に違いはないのだろう。
「よう、早いな」
「お待たせしてしまいましたか」
振り向くと、ラシードさんとトールさんが立っていた。
「なんのなんの。儂らが早過ぎただけじゃ」
「きちんと話すのはこれが初めてでござるな。拙者は侍のドウセツでござる。便利屋でござる」
「おう。【鉄壁】のラシードだ」
「同じく【鉄壁】のトールです。宜しく」
ドウセツが差し出した手をラシードさん、次いでトールさんが握る。
「しかし便利屋。サプライズで式を挙げるとは思い切ったことを考えたな」
「いえ、実はヴィヴィのとこのロジャーから頼まれたんです」
「息子さん?でしたよね」
トールさんが右手の人差し指を顎に当てて話す。
「ええ。お母さんの結婚式を挙げてやりたいみたいで。でもお金がないってことで僕の所へ」
「いい息子じゃねえか、グスッ」
エーリクは早くも出来上がりつつあるようだ。
「ちょっと待って。便利屋君の司祭って、冒険者の職業的な意味でしょう?聖職者としての司祭じゃないんじゃないの?」
トールさんが、今度は左手の人差し指を顎に当てながら質問してきた。
「そうだったんですが。つい先日、どちらの意味でも司祭になりました」
それは教皇様に破門を解いて頂いた時のこと。
僕の聖職者としての位階の話になり、何の位階も持たないのにいきなり司祭に任命された。理由は「司祭の助祭」のようにややこしいことになるのを避ける為らしい。
そんな理由で任命して大丈夫なのか?と思ったが、教会に仕えていない冒険者であるので、さして問題ないとのことだった。確かに、僕も冒険者の僧侶の位階など気にしたことはない。教会に仕えなければ影響はないだろう。
「ほう!それはまた目出度いでござるな」
「目出度え!目出度え!飲め!ノエル!」
「わかったから、くっつかないでよエーリク」
声のボリュームがおかしくなってきたエーリクを押し退けながら、続きを話す。
「さっきエウリック司祭にも許可を頂いたので、場所なんかの相談をしたいのです」
「場所か。教会は使えないのか?」
ラシードさんが質問する。
「そこまでエウリック司祭に甘えるのは……教会でやるなら普通にエウリック司祭に頼むべきです」
「ふむ、そういうものか」
「天気が良ければ外でもいいんじゃない?」
トールさんが興奮気味に語る。
「良いのう!それは洒落とるわい」
「屋外も良いでござるが、屋内会場も用意しておくべきでござる。式が天気次第では不味いでござろう」
「確かにね」
「う~ん。ではどこかのお店を貸し切りますか?結局お金かかるなあ」
そう言った僕にみんなの視線が集まった。
「……黒猫堂は?」
「あっ」
現在地の斜め向かいにある、黒猫堂2号店の存在を失念していた。
「この際だ、リオも引き入れよう。ジャック、ちょっとお願い」
「ハイ」
ジャックが出て行って5分も経たずに、酒場の扉がバンッ!と開かれた。
「悪巧み会場はここかニャ!」
ノリノリのリオを見て、少しだけ引き入れたのを後悔した。
「リオ殿。黒猫堂は貸して頂けるでござるか?」
他所のテーブルからイスを持ってきたリオは、胸をドンと叩いた。
「任せるニャ!ついでに飲み物くらいは出すニャ!」
「黒猫ちゃん、太っ腹!」
トールさんに乗せられて、リオは更に胸を反らす。
「飲み物ってえと酒もあるよな?……おい、大将!もう一杯!」
エーリクの頭には、もはや酒しかないようだ。
「うんニャ。黒猫堂で用意出来るのは、軽食とお茶類だけニャ」
「何だとう!?祝いの席には酒だろう?祝い酒だろう?」
エーリクはリオの胸ぐらを掴もうと腕を伸ばすが、するりと躱された。
「酒は取り扱ってないニャ。でも酒も要るよニャあ」
「う~ん。酒代くらいならカンパしてどうにか……」
そう言った僕の頭上に視線が集まる。
首を捻って見上げると、マスターが立っていた。
「話は聞いた。俺にも一枚噛ませてくれ」
マスターはエーリクの前に木製のカップを置いた。
「ビリーは常連だし、ヴィヴィも子供産む前はよく来てくれたもんさ。二人の門出なら、酒くらい出してやる」
「おお」
「さすがは男っぷりではギルマスも敵わないと噂のマスターニャ!」
「どこの噂だよ」
マスターは苦笑いしながら仕事に戻った。
「しかし、酒があるなら食事も欲しいな」
ラシードさんの言葉にみんなが頷く。
「店で出せるのは軽食だからニャあ」
「もうちょっと豪勢なものが欲しい所でござる」
「豪勢と言うと肉でしょう」
「……自力で調達するか」
ラシードさんの言葉に、再びみんなが頷いた。
僕達は冒険者。
足りない物は自力で調達するのが常だ。
「ワイルドボアなんかどうだ?」
「今の時期、ムルムル鳥も旨いですよ」
「でも、どこで狩ればいいんですかね?」
「ギルド行って調べてみる?」
トールさんが隣の建物を指差すと、リオがぼそりと呟いた。
「それより狩人が欲しい所ニャ」
「あー、確かに」
「誰か狩人の知り合いっているか?」
ラシードさんが、机に突っ伏したエーリク以外の顔を見回す。
「……います。【五ツ星】のミズ。【五ツ星】は赤ローブの時に助けたパーティです」
「おお、それなら助力願えるかもしれぬでござるな」
「【五ツ星】って駆け出し5人組だよな?俺達がこの店入る時、ギルドに入ってったぞ?」
と、ラシードさんが目撃情報を語る。
「ほんとですか?……すまん、ジャック」
「ハイハイ」
隣の建物へ向かったジャックは、5人を連れてすぐに戻ってきた。
「よお!」
「お久しぶりです」
「ご無沙汰してます!」
「……ノエル、久しぶり」
5人は少しだけ、経験を積んだ冒険者の雰囲気が出てきていた。ほんの少しだけ、だが。
「それで?ウチに頼みがあるそうだニャ?」
ミズが鬱陶しい態度で聞いてくる。
彼女は狩りのエキスパートであるわけだが、本当に任せていいのか何となく不安になった。
「……というわけで、食事の材料が欲しいんだ。出来るだけ、豪華なヤツが」
「ウチに任せるニャ!大船に乗ったつもりでいるニャ!」
得意気なミズにブリューエットが口を挟んだ。
「……ミズに任せるの、すっごく不安」
「なっ!仲間に何て事を言うニャ!」
「俺も不安。ミズせっかちだし」
「うん、不安。勘で動くし」
「私も不安。待ち伏せしながら寝るし」
「なっ、なっ」
パーティ全員に不安視されている事が明るみに出て、ミズは口をパクパクさせている。
「……というわけで、狩人と料理人を推薦する」
ブリューエットが、とびきり魅力的な言葉を発した。
「ほんと!?」
「……ノエルも知ってる人。トリーネとキリル」
「ああ!そっか、あの二人か!」
食料調達に長けたトリーネと、料理の得意なキリル。これは二人を引き入れなければ。
「その二人なら、さっき黒猫堂に来たニャ。商店街に行くって言ってたニャ」
リオの目撃証言を聞き、ジャックに手を合わせる。
「度々すまん!ジャック」
「ハイハイハイ」
ジャックが三度、酒場を出て行く。
リオ考案の、酔い潰れたエーリクを起こさないように髭を抜いていく「ドワーフ危機一髪」ゲームが3周目に入った頃。
ジャックと共に懐かしい二人が入ってきた。
そしてその後ろからもう一人。
「よお、来てやったぜ!」
「トリーネ参上!シャキーン」
「邪魔するよ」