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 僕は冒険者ギルドに隣接する酒場を訪れた。

 店の中は、まだ夕刻だというのに顔を赤くした冒険者達で賑わっている。

 中に入ると、アルコールや料理の香りに冒険者達の野郎臭さが混じった独特の臭いが漂っていた。

 酒場の名前は〈最後の50シェル〉。

 その名の通り、酒から料理まで50シェル均一で提供していて、その日暮らしも多い冒険者には大変ありがたい店だ。

 僕はカウンターの一席に座り、目配せで店主を呼ぶ。


「いらっしゃい、司祭さん」

「マスター、いつもの」

「あいよ」


 店主は愛想無く背を向けると、グラスに赤紫の液体を注いで僕の前に置いた。


「ふうっ」


 僕はグラスを傾けてから、1つ息を吐く。


「ただの葡萄ジュースを随分旨そうに飲むのな」

「わあっ、バラさないでよ」


 店主は片眉を上げて笑った。

 僕はあまりお酒は飲まない。

 単純に飲み馴れていないだけかもしれないが、まだそれほど美味しいと感じないのだ。

 そんな僕が酒場に顔を出すのには、当然理由がある。それは情報収集の為だ。

 例えば右後ろのテーブルではどこかに良い斥候役はいないかと相談しているし、左奥のテーブルでは名前付き(ネームド)ゴブリンの目撃情報について話している。

 ここに集まってくる情報は、ギルドで得られる情報より信頼性に乏しい。

 だが、それでも有益である。

 何故なら冒険者が肴にする話は、時を得た話題が多いのだ。つまりは鮮度の高い情報が飛び交っているということだ。

 こうして聞き耳を立てているのも僕だけではない。同じくカウンターに座る革鎧の女剣士もそうだろうし、真ん中のテーブルでキョロキョロしている駆け出しっぽいパーティもそうだろう。

 何か面白い話をしている冒険者はいないものかと店内を見回していると、カウンターの端、僕からは柱の影で見え辛かった席によく知った顔があった。

 僕は早速、その隣の席まで移動する。


「こんにちは、ラシードさん」

「……よう、便利屋か」


 ラシードさんは僕をちらりと見て、すぐに手元のマグカップに視線を戻した。


「元気ないですね。何かありました?」

「司祭さまに懺悔でもしろってか?」

「いやいや……まあ、してもいいですけど」

「……悪い、今のは八つ当たりだ」


 ラシードさんは煙草に火をつけ、煙を燻らせる。


「結婚するかもしれん」

「えええっ!ラシードさんが!」


 僕の反応にラシードさんは目を剥いた。


「俺じゃねえ!俺じゃねえし、俺だって女の一人や二人……」


 そこまで言って煙草を吸い、煙を吐いた。


「まあ、それはいい。結婚するかもってのはビリーの奴だ」

「ビリーさんが!」


 どちらにしても驚きだ。

【鉄壁】のようなベテランパーティは、何となく家庭を持つとか、そういうものと無縁な気がしていた。


「お目出度い話なのに浮かない顔ですね」

「ん……」


 ラシードさんは目を伏せた。


「……もちろん嬉しいさ。そして寂しいし、悲しい」

「まさか……解散を考えて?」


 するとラシードさんが小さく頷いた。


「デイジーが抜けてから……うちにいた僧侶な。あいつが抜けてから前衛オンリーで騙し騙しやってきたが」


 ラシードさんは無精髭を触りながら、しばらく黙る。

 やがて、もう一度煙草を口に運んでから一言。


「潮時かもな」



 馴染みのパーティの解散話に、僕は重い足取りで帰り道を歩いていた。

 ラシードさんに、別に解散する必要はないのでは?と言いたかったがグッと堪えた。

 結婚するからパーティを抜ける、と決まったわけじゃない。家庭を持ちながら冒険者を続ける者も大勢いるのだから。

 しかし、パーティの歩調が変わるのは間違いないのだ。【鉄壁】は、離脱者が出たがそのまま続けてきたベテランパーティ。他人の、ましてや便利屋の僕が口を挟むのは違う気がした。

 そんなことをぐるぐると考えていると、いつの間にか我が家の前に着いていた。

 僕は玄関の扉を開く前に、重い気分を振り払った。


「ただいまー!」

「オ帰リナサイ」

「おかえりー!」

「お帰りなさーい」


 リビングを素通りして自分の部屋に荷物を置こうとしたが、声が一人分多い事に気付いて足を止めた。


「あれっ?」

「おじゃましてます!司祭さま!」

「君は、ヴィヴィのところの」

「はい!ロジャーです」


 ジャックに視線を送り説明を求めると、彼は語り出した。


「今日ハ肝試シノオ手伝イニ行ッテタノデスガ」

「ああ、今日だったね」


 ジャックとルーシーは、一昨年から学校で行われる肝試しにゲスト参加している。

 学校中のカーテンを閉めて子供達を脅かすのだが、本物なのにあんまり怖くない、と概ね好評である。


「終ワッタ後、ろじゃーニ頼マレタノデス。司祭サマニオ願イガアル、ト」

「お願い?」


 僕がロジャーに目を向けると、彼は立ち上がり深々と頭を下げた。


「司祭さま!お母さんの結婚式をして下さい!」

「へっ?」

「ホホウ」

「けっこんしき!」


 僕達は三者三様の驚きを示した。


「えと、ヴィヴィさん、誰と結婚するの?」

「ビリーです!」

「あー、そうなのか」


 ビリーさんの相手はヴィヴィか。


「しかし、何故僕に頼むんだい?教会で式を挙げれば良いじゃないか」

「……お金がたくさんいるって。でも!でも僕、お小遣い貯めたのあるから!これでお願いします!」


 そう言ってロジャーはポケットからたくさんの小銭を取り出した。


「ちょっとジャック」

「ハイ」


 僕とジャックは額を寄せて、小声で相談し始めた。


「どう思う?」

「さぷらいず的ナ事デスカネ?結婚スルオ二人ノ望ミナラ、本人達ガ頼ミニ来ルデショウ」

「サプライズか、なるほどね」

「悪イ事デハナイノデハ?のえるサンモ破門解カレテイルワケデスシ」

「あー、うん。そこは大丈夫かな。一応、エウリック司祭にお伺い立てるけど」


 ロジャーを見ると、口を真一文字に結び僕を見ていた。


「ト言ウカ、のえるサン結婚式トカヤリ方ワカルノデスカ?」

「それは子供の頃から見てるから大体は。しかし、式を挙げるなら家族だけってのも寂しいねえ」

「ソモソモ、家族ッテろじゃーダケナンデスカネ」

「そうか、それは聞かなければ」


 未だ緊張の面持ちで僕を見るロジャーに問いかけた。


「ロジャー、家族って他に何人いる?お爺ちゃんお婆ちゃんとか、おじさんおばさんとかさ」


 するとロジャーはぷるぷると首を横に振った。


「おじいちゃんおばあちゃんはもういないって。おじさんおばさんも知らない」

「そう」


 ヴィヴィさんの身内はロジャーだけってことだろう。


「ビリーさんの方は折を見て聞こうか」

「ソウデスネ」

「エウリック司祭にお許し頂けたら、場所を決めて……後は参列者に便利屋仲間と【鉄壁】か」

「フム、形ニハナリソウデスネ」

「よし、やるか」


 僕はロジャーの目線に合わせて腰を曲げ、頷いた。


「やってみよう!」

「ありがとう!司祭さま!」


 ロジャーはニカッと、とても良い笑顔で頷いた。


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