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覚えたての『テレポート』で大聖堂から戻った僕達は、家にも寄らずレイロア近くの平原へと来ていた。
師匠に貰った魔法石の鑑定、習得。そして実験をする為だ。
「これは土属性『マッドハンド』だね」
「エート……地面カラ泥ノ手ガ出テキテ、対象ノ足ヲ掴ムソウデス」
僕が魔法石を鑑定し、ジャックが師匠に貰った分厚い本で補足してゆく。
本の名前は〈リィズベル魔法知識事典〉だ。
「ドウヤラ、足留メ用ノ魔法ミタイデスネ」
僕は魔法石をつまみ上げ、額の前まで持ってきて念じる。
「……うん、詠唱は要らないみたいだ。『マッドハンド』」
「ウエッ!?」
ぼこぼこと地面が波打ち、地中から現れた幾つもの泥の手がジャックの足を掴む。
「止メテ下サイヨー。シカシ、意外トぱわーアリマスネ、動ケマセンヨ」
「ほほう。地味だけど使えるかもね」
「エエ」
「ルーシーも。ルーシーもやる!」
僕の頭の上に置いていた手を、目の前に差し出してアピールする。
「あのさ、ルーシー。昼間なのに出っ放しだけど、ほんとに大丈夫?」
「うん?へーきだよ?」
どうも肩車状態だと日中でも問題ないようだ。僕と接触しているファミリア状態だと耐性が変わるのだろうか。
「んむむ……」
ルーシーは難しい顔をして集中する。
「『まっどはんど』!」
「ワアッ!……チョットるーしー!止メテ止メテ!」
ルーシーの造り出した泥の手は、ジャックを引き倒したかと思うと、リズム良く上へと手のひらを押し上げ始めた。
「わっしょい!わっしょい!」
ルーシーの掛け声に合わせて、ジャックが宙を舞う。
「こんな使い方もあるのか。やるな、ルーシー」
「ルーシーすごい?」
「うん、凄い!」
「へへっ、うれしいなー」
「止ーメーテー!」
その後、ルーシーの気が済むまで胴上げは続いた。
「さて、次は。水属性『ミスト』か」
「頭くらくらシマス……」
「大丈夫、君に三半規管ないから」
「気持チノ問題デスヨウ。エー、みすと、みすと」
ジャックがペラペラと魔法事典をめくる。
「アリマシタ。敵ノ周リニ霧ヲ発生サセテ、視界ヲ奪ウ魔法ノヨウデス」
「なんか足留めとか目眩ましとか、そんなのばっかりだね……」
「〈霧竜のローブ〉ト微妙ニカブッテマスシネエ」
「うん……ま、使ってみようか」
僕はミストの魔法石を持ち、念じた。
「よし、いくよ?荘厳なる霧の女王よ。その御手をもって我が敵の目を白く染め上げ給え」
詠唱を始めると、何故だか体がじわりと暖かくなる。
「『ミスト』」
まるで目の前で小麦粉の袋が破れたかのように、真っ白な霧が発生し、一気に広がってゆく。
見る見るうちに、辺り一面が乳白色の霧に包まれた。
「『ミスト』ってこんな魔法だっけ?もっと狭い範囲にうっすら霧を出すイメージだったけど」
すると、すぐ近くにいるのによく見えないジャックから返事があった。
「詠唱シテイル時、のえるサンノろーぶガ光ッテマシタ」
ジャックからは僕が見えているようだが、白い骨ということもあり、こちらからは本当に見辛い。
「む。何故だか暖かかったし、〈霧竜のローブ〉と相乗効果があるって事か」
「りぃずべる様ハ、ソレヲ見越シテ『ミスト』ヲクレタノカモシレマセンネ」
「装備品まで鑑定してたのか、師匠め」
「マアマア。次ニイキマショウヨ」
「そうだね。風属性は……あー、『ウィンドカッター』かあ」
「残念ソウデスネ」
「これは火属性でいう『ファイヤーボール』、水属性でいう『ハイドロショット』なんだよねえ」
「ツマリ最初級ノ魔法?」
「そう。まあ、ちょうどいいか」
魔法石を手に持ち、念じる。
そして『ウィンドカッター』を何発か撃ち、霧を払った。
「マダ白イデスネ」
「なんだかワナカーン思い出すよ。さて、次は……無属性『マイン』。初めて聞くな」
「ま、ま、まいんまいん……エー、地雷魔法。地面ニ設置スル。ソノ後、踏ムカ念ジル事デ起爆スルソウデス」
「何それ、面白そう」
「おもしろそう!」
「るーしーハ危ナイカラ待チナサイ」
「えー」
「さて、と『マイン』」
僕は早速『マイン』を覚え、地面に向かって唱えた。
「よし、ジャック。踏んでみようか」
「鬼!悪魔!鬼畜司祭!」
「冗談だよ、冗談。離れててね」
僕は手頃な石を見つけ『マイン』を設置した場所に投げてみると、ぼふん、と土煙が上がった。
「思ッタヨリ威力ナサソウデスネ」
「だね。まあ、仕掛けた地雷は見えないし、使い方次第じゃないかな」
僕はそう評しながら、黒い魔法石を取り出した。
「オオ、遂ニ闇魔法デスネ」
「うん。師匠曰く、闇堕ちの可能性があるとか」
「大丈夫、良イへたれガ悪イへたれニナルダケデスヨ」
「ほっといてくれ。闇魔法『デモンズアイ』か」
「で、で、でもんず……アリマシタ。悪魔ノ瞳デ視線ノ合ッタ敵ヲ麻痺サセル魔法、ダソウデス。人ニ近イ種族ホド効果ガ高イ、トアリマス」
「なるほど。よし」
僕は少しだけ緊張しながら、額の前の魔法石に念じた。
「つぎルーシーがやる!ノエルばっかりズルい!」
「わかったわかった。一緒にやろうか」
そして僕とルーシーの視線がジャックへ向かう。
「マサカ……」
「我が眼は悪魔の眼。我が瞳を覗くは闇に抱かれんと欲する者なり!『デモンズアイ』!」
「わがまなこはあくまのめ。わがひとみをのぞくはやみにいだかれんとほっするものなり!『でもんずあい』!」
「ウヒィ!」
「どうだい?ジャック。麻痺ってる?」
「まひってるー?」
「イヤ、ソレハ大丈夫ナノデスガ」
「そっかー」
スケルトンたるジャックは毒や睡眠などの状態異常にかからない。精神的に取り乱したりはするのでもしかしたらと思ったが、魔法による麻痺も通じないようだ。
「デモ、デモ……アワワ……」
「何?」
「二人トモ、瞳ガ悪魔ミタイデ……怖イデス」
「そうなの?」
「瞳孔ガ爬虫類ミタイデ、全体的ニ紅ク光ッテマス」
「ほほう」
僕はニヤリと笑った。
「止メテ!二人シテソンナ目デ笑ワナイデ!」
「ふっふっふ」
「くっくっく」
「次!次ニイキマショウ!」
次に覚えたのはライト三兄弟こと『サンライト』『ムーンライト』『スターライト』の神聖魔法3つだ。
「全部デ8ツデスカ。一気ニ増エマシタネエ」
「うん。どうも搦め手が多い気がするけど」
「サテ、疲レマシタネ。帰リマスカ?」
それを聞いた僕は憤慨した。
「何を馬鹿な事を!本番はこれからだ!」
「そうだそうだ!」
「何デス、二人シテ」
「合成魔法を実験しなければ!」
「そうだー!」
よくわかってないであろうルーシーも賛同する。
「アー、ナルホド」
「まずは組み合わせのわかっている『グロウ』だ」
「確カ『サンライト』ト『ウォーターベール』デシタカ」
「うむ。二つとも覚えたから、使えるはずだ。ルーシーは『ウォーターベール』頼める?」
「わかった!」
「じゃあ、せーのでいくよ?……せーの!『サンライト』!」
「『うぉーたーべーる』!」
「ウワッ、眩シ、ガボボボボ……」
ジャックは僕の放った光に目が眩み、ルーシーの造り出した水の幕に溺れた。
「あれえ?もう一遍やってみようか」
「チョット!私ヲ的ニセズヤッテ下サイ!」
その後、大きめの岩を的に何度か試したが、光っては濡れるの繰り返しだった。
「モシカシテ、使エナイノデハ?」
切り株に腰掛けて魔法事典を読んでいたジャックが、疑問の声を上げる。
「条件は満たしていると思うけど」
「ココヲ見テ下サイ。元トナル魔法ヲ覚エルノハ最低条件トアリマス」
「えっ!?ちょっと見せて!」
ジャックから魔法事典を引ったくるように掴み取ると、問題の記述に目を落とした。
「……使うべき時が近付いたら、自ずと閃くように覚える、か」
「閃キマシタ?」
「いや……全然」
興奮が一気に冷めていくのが、自分でもわかった。出来ると思い込んでいた事が、突然出来ないとわかると虚しいものだ。
「ルーシーひらめいた!」
ふいに頭の上から声が上がる。
「マタマター」
「そんないきなり閃いたら苦労しな……うわっ!」
「のえるサンマデ。冗談ハ止メテ下サイヨ」
ジャックに返答する余裕は無かった。
なんの脈絡も無く、頭の中に砂時計が浮かぶ。
そのいかにも古そうな砂時計には、読めない文字のような紋様が刻まれていた。
砂時計がゆっくり傾くと、黒い砂がサラサラと落ち始める。黒い砂は下に落ちると金色の光を放ち出す。やがて完全にひっくり返り全ての砂が落ち切ると、砂時計全体が金色に眩く輝いた。
「……閃いた」
「嘘デショウ?」
「ルーシー、いくよ!」
「うん!」
息を吸い込んで詠唱を始めた。
「「我が願うは希望の橋!我が乞うは光の弧線!」」
僕とルーシーの声がピッタリと合わさる。元となるのは『ミスト』と『サンライト』。
「「その煌めきをもって、災いを払え!『セブンカラーズ』!」」
僕の体から魔力がごっそりと抜けていき、目の前に合成魔法の効果が発現した。
「わー、きれいなにじー」
「綺麗デスネー」
「そうだねー」
「……」
「……」
「……」
「虹が出るだけかよっ!!」
僕は空に架かる七色のアーチに向かってツッコんだ。