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 聖アシュフォルド教には3つの騎士団がある。

 最も人数が多いのが星槍騎士団。

 最も優秀な人材が揃うのが大鷲騎士団。

 そして、最も怖れられているのが聖典騎士団だ。

 戒律と騎士団規則を厳格に守る聖典騎士団は、一種の原理主義者である。十字架に聖典のサーコートを見かけたら、襟を正し口を噤んで彼らが去るのをじっと待つのが得策だろう。


 出典 聖地巡礼トラベルガイド(大聖堂1日パス付)


 6人の聖典騎士団員は、一糸乱れぬ隊列で中庭に入ってきた。周囲の騎士や僧侶に緊張が走る。

 やがて全員揃って足を止めると、先頭の1人が歩み出て声を張り上げた。


「リィズベル枢機卿猊下の弟子、司祭ノエル殿はおられるか!」


 周囲が、ざわりとどよめいた。


「リィズベル様は弟子をおとりにならないのではなかったか?」

「あんな若造が司祭だと?せいぜい副助祭だろうに」

「バカ、決闘観てたの?『ファイヤーストーム』に『バレット』、『ヒール』も使ってたでしょ!?職業が司祭なのよ」

「なるほど。それで司祭リィズベル様の弟子……」


 僧侶や神殿騎士から好奇の視線が僕に集まる。


「はい、私が司祭ノエルです」


 相手は聖典騎士団。丁寧に返答した。


「ベネディクト教皇聖下がお呼びだ。付いて参られよ」

「教皇様……聖下が!?」


 聖典騎士団は僕の質問には答えず、回れ右をして歩き出した。僕も後に続くと、ジャックが小走りに駆け寄ってきた。


「オ疲レ様デシタ、のえるサン、るーしー」

「うん」

「おう!」

「破門ヲ解イテモラウ件、デスヨネ?」

「多分。でもなんで教皇様に呼ばれるのか……」


 不安を抱きつつ、二列縦隊の最後尾に付いていった。

 階段を二度登り、何度も曲がりながら歩みを進める。帰り道に自信が無くなってきた頃、騎士達は扉の前で止まった。

 扉は金属製の丈夫そうな開き戸で、一目でこの先に重要な部屋があることがわかった。

 先頭の二人が、左右の開き戸それぞれの前に立つ。それぞれが胸元から変わった造形の十字架を取りだし、扉に押し込んだ。

 二人は目を合わせ、頷き合う。すると、ガチャリと重い音が響き、扉が開いていく。

 その先は狭い通路になっていた。

 しばらく進むと、また扉があった。今度は木製の、ありふれた扉だ。先頭の1人が扉をノックする。


「ジュリアーノでございます。司祭ノエル殿を連れて参りました」

「どうぞ。入りなさい」


 ジュリアーノと名乗った騎士が扉を開き、振り返って僕を見る。残りの聖典騎士団は通路の両端に並んで道を開けた。


「失礼します」

「失礼シマス」

「しつれーします!」


 部屋は師匠のそれと大差ない広さだった。

 違うのは床の敷物からテーブル、そこに置かれた水差しに至るまで、眩いばかりの豪華さであることだ。

 そして、これまた豪華なイスに、一際豪華な法衣を纏った人物が座っていた。


「よく参られました、司祭ノエル」

「っ、はい、教皇、いえ聖下におかれましては……」

「よい、よい。固くならず。さあ、座りなさい」


 そう言って、テーブルの横のイスを勧められた。

 教皇様は30代半ばといったところの、不思議な目をした方だった。ハンサムとまではいわないが整った顔をしている。想像していた教皇像と年齢も外見も、ずいぶん違っていた。


「し、失礼します」

「ジュリアーノ。貴方達は下がって結構です」

「いえ、聖下。この者達は、まだ素性もよくわかっておりませぬ。リィズベル枢機卿猊下の弟子とはいえ、聖下御一人には出来ませぬ」

「ジュリアーノ」


 言葉を掛けながら教皇様は立ち上がった。ひょろっとした体型で、非常に背が高い。

 教皇様は上からジュリアーノの肩に手を置いた。


「貴方達、聖典騎士団の勤勉さには頭が下がります。しかし、この者達に害意は感じません」

「ですが……」

「私の言は信用出来ませんか?ジュリアーノ」


 ジュリアーノは眉間に皺を寄せ、しばし考えているようだった。しばらくして教皇様を真っ直ぐ見つめた後、深々とお辞儀して退室していった。

 教皇様はそのままドアの外に聞き耳を立てていたが、くるりと振り向くと人懐っこく笑った。


「さて、ようやく楽に話せるね。私は教皇ベネディクトだ、よろしくね」

「はっ、はい」

「ナンダカふらんくナ方デスネ」

「そうなんだよ、私はこんな人間なんだ。それが教皇なんかになっちゃって困ってるんだ」


 そう言って、白い歯を覗かせて笑う。


「わたしはルーシーだよ!」


 後頭部の上から元気の良い声が響く。うっかり肩車したままだった。重さがないからすっかり忘れていた。


「初めましてルーシーちゃん!よろしくね」


 教皇様はとびっきりの笑顔をルーシーに向けた。


「おう!」

「もしかしてこの子はファミリアかい?」

「はい、先程ファミリアになりました。……いや、その前からなのかな?」

「ドウデショウネ」

「ふんふん、それはとても凄いことだよ?私はリィズベルと【灰塵のミカエラ】以外に使い手を知らない。誇っていい」

「ありがとうございます。ルーシー、誉められたよ」

「ほんと?ありがとー!」

「いえいえ。さ、どうぞ」


 教皇様は水差しから透明な液体をグラスに注ぎ、僕の前に置いた。


「ありがとうございます」


 水だと思って口をつけると、うっすらと花の香りがした。


「そう言えばリィズベルが居ないね。彼はどこだい?」

魔法学校(ソーサリエ)で講義があると『テレポート』していきました」

「またか」


 教皇様は水差しを持ったまま、がっくりと項垂(うなだ)れた。


「さっき言った【灰塵のミカエラ】が校長をしているのだがね。リィズベルは彼女に逆らえないんだ」

「逆らえない?何か弱味でも握られてるのですか?」


 すると教皇様は眉を寄せて笑った。


「彼女に惚れているんだ」

「ええ……」

「年甲斐モナイ……」

「いや、恋愛に歳は関係ないよ。私もそれはわかっているのだが、枢機卿という地位にある者にこうも度々魔法学校(ソーサリエ)に行かれると、ね」

「枢機卿ッテ偉イノデスヨネ?」

「勿論。お飾りの私を除けば5人の枢機卿が実質的トップだね」

「ヘエエ」

「そうは見えないね」

「ハイ」


 僕達の反応に、教皇様が苦笑した。


「彼は信徒達にとても人気のある枢機卿だよ。他の4人が無さすぎるとも言えるが」

「ルーシー、おじいちゃんすきだよ!たまにおこるけど」

「フフッ、それを聞いたらリィズベルも喜ぶよ。まあ彼の場合、枢機卿の役職をやりたくてやってるわけではないから無理強いは出来ないのだがね」

「そうなのですか?」

「うん。聖アシュフォルド教の聖典には、5人の枢機卿には必ず司祭を入れるべし!って文言があってね。あ、勿論職業が司祭ってことだよ?」

「デモ、司祭ッテれあナンデスヨネ?」

「そう。代わりがいないから、リィズベルがやるしかない」

「デモ、のえるサンガ現レタ」

「そうだね、じゃあノエル君にやってもらおうか」

「ええっ!?無理です、僕は若すぎますよ!冒険者だってまだ続けたいし」


 教皇さまは笑いながら、横に手を振った。


「冗談、冗談。リィズベルには元気な限りやってもらうつもりだし、彼もそのつもりだろう。そうでなくとも、私が教皇である内は君の冒険の邪魔はさせないよ」

「……本当ですか?」

「当たり前さ!私だって冒険の素晴らしさはよくわかってる……私も冒険者だったからね」


 そう言って、パチリとウィンクした。


「教皇様が!?」

「意外デスネ」

「これでもいい線いってたんだよ?パーティも結構有名でね」

「ソレナノニ何故辞メタノデスカ?」

「ある時、伝染病が大流行したんだ。幾つもの村や街に広がり、大変な数の死者を出した」

「怖ロシイ……」

「こわいねー」

「いや、君らは大丈夫だから」


 僕のツッコミに教皇様は苦笑する。


「僕はパーティを離れ、治療の為に村や街を駆けずり回った。ひたすら治療を続け、伝染病が終息する頃には、私は聖人なんて呼ばれてしまっていた」

「立派ナ行イダト思イマス」

「ありがとう。だが『キュアウィルス』かけて回っただけなんだがね」


 教皇様は照れくさそうに笑った。


「それからは、あれよあれよという間に教皇まで押し上げられてしまったよ。はぁ、いつまでやればいいのかなあ?知ってる?ノエル君」

「僕に聞かれても。確か、4年毎に枢機卿の投票で選ぶのですよね?」

「そうそう。よく知ってるね」

「だったら、次の選挙で負けたらいいのでは」

「うーん、自慢じゃないけど私に勝てそうな候補者がいないと思うんだ。有望な若者はいるけど、本人にその気は無さそうだし」

「もしかしてジゼルさんですか?」

「そう!よくわかったね!さすがリィズベルの弟子だ」


 単純に、聖人の次は聖女かな、などと思っただけなのだが黙っておく。


「のえるサン、のえるサン」


 ジャックが耳打ちする。


「破門ノ件、聞カナイト」

「はっ、そうだった」


 僕は背筋を伸ばし、教皇様の方を真っ直ぐ向いた。


「師のリィズベルからお聞きかと思いますが、私は破門されております。これを解いて頂く事は可能でしょうか」


 教皇様は笑みを消し、真面目な表情で答えた。


「司祭ノエル。本来なら綿密な調査の上で沙汰する所であるが、他ならぬリィズベルのお墨付きがある。よって、貴方の破門は解きましょう。これからも聖職者として恥じない行いを心掛けなさい」

「……ありがとうございます。精進致します」


 深く、頭を下げる。

 破門された事など全く気にしていないつもりだったのに、急に目頭が熱くなった。

 顔を上げられずにいると、床にぽとりと涙が落ちた。

 育ててくれた司祭様の優しい顔が目に浮かんだ。


「良カッタ!オメデトウ、のえるサン!」

「おめでとー?ノエルおめでとーなの?」


 ジャックが乾いた音の拍手を送ってくれた。

 ルーシーは肩の上でぴょこんぴょこん跳ねる。

 涙を必死にこらえ顔を上げると、再び柔和な表情になった教皇様が、今日一番の笑顔で僕に言った。


「おかえり、ノエル君」


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