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 大聖堂には広い中庭があった。

 来たときには、たくさんの騎士達が熱心に訓練に勤しんでいたが、今は皆、端に寄って興味深げにこちらを見ている。

 中庭の中央には僕とジャック、そしてアルベルトとジゼルさんがいる。


「悪いな、ノエル君。ただの喧嘩なら幾らでも止めるのだが、決闘は当事者同士の物だ。他人には止められない」


 ジゼルさんは審判を買って出た。申し訳なさからくる行為のようだったが、そんなことよりどうにか止めて欲しかった。


「負ケハ許サレマセンヨ!」


 ジャックは僕の肩を強く揉みながら、発破をかける。


「誰のせいだよ、まったく」

「スイマセンネ。アノ人ウザクテウザクテ、ツイ」

「さあ、始めようか。ジャック君、端に寄りたまえ」

「ハイ。のえるサン、ふぁいとー!」

「……他人事だと思って」


 ジャックが端に寄ると、ジゼルさんが詠唱を始めた。


「聖霊よ、我に守護の法力を与え給え。我が領域を不壊の聖域と成さん。『サンクチュアリ』!」


 ジゼルさんの放った光が中庭にドーム型の聖域を造り出した。確か、『サンクチュアリ』は神聖系の最上位魔法の一つだ。


「これで、いくら魔法を使っても平気だ。存分にやりたまえ」


 ドームの中には僕とアルベルト、審判のジゼルさんだけが立っている。


「これよりアルベルトとノエルの決闘を執り行う!勝敗は行動不能となった方を負けとする!」


 大声で周囲に宣言するジゼルさんをこっそり鑑定してみた。


 聖騎士【聖女ジゼル】


 聖騎士様と呼ばれていたが、職業だったのか。名前からして上級職だろうが、聞いたこともない珍しい職業だ。

 気になっていたのはアルベルトに有利な判定をしないかということだが、二つ名からして大丈夫だろう。


「双方準備はいいな?では、始め!」


 僕とアルベルトは同時に身構えた。

 アルベルトは構えたまま、動かない。よく知ってる相手だが、一応鑑定しておくか。


 魔法戦士【思い込みの激しいアルベルト】


 ピッタリな二つ名に、思わず苦笑する。

 職業は以前と変わらず魔法戦士だ。たしか、水魔法に適性があるが、魔法自体苦手で『ハイドロショット』しか使えなかったはずだ。……以前のままなら、だが。


「どうしたノエル!かかってこい!」


 アルベルトは堂々とした態度で僕を誘う。チラチラとジゼルさんを見ている事から、良い所を想い人に見せたいのだろう。


「では、遠慮なく」


 使い慣れた魔法を放つ為、迅速に魔力を練る。


「我が招くは恋い焦がれ焼き焦がす者!焔の娘らよ舞い踊れ!『ファイヤーストーム』!」

「お、おおっ!?」


 巻き起こった火炎旋風がアルベルトを包む。

 やがて熱風が去り、アルベルトの姿が見えてきた。


「びっくりさせやがって……普通、最初からこんな魔法撃つか!?」


 アルベルトの足元が濡れている。恐らく『ウォーターベール』だろう。当たり前だが、アルベルトも成長しているということだ。


「かかってこいって言ったじゃん『バレット』」

「くっ。確かに言ったが、もっと小手調べ的な魔法を撃つものだろう!」

「そんなこと『バレット』言われてもね『バレット』」

「うぐっ、お前はいつもそうだ!俺の思惑から外れた行動ばかり……!」

「それは予測が『バレット』甘いだけじゃない?『バレット』」

「ぎぐっ!パーティだってお前がいなけりゃ上手くいったんだ!」

「そりゃ足を引っ張ったのは『バレット』否定しないけどね『バレット』首にした後の事は『バレット』そっちの責任じゃない?『バレット』」

「うぎっ、かっふ、ミリィとだって、お前さえいなけりゃ」

「まだミリィのこと言ってんの?『バレット』ジゼルさんに乗り換えたんでしょ?『バレット』」

「くげっ!乗り換えたとか言うな!真実の愛に目覚めただけだ!」

「同じ事でしょ『バレット』」

「ぐはっ……ああーっ!喋るか『バレット』打つか、どっちかにしろよ!」

「そんな事言われてもね。決闘中だし」


 魔法が使えるとは言え、魔法戦士は前衛職。前衛職に近付かれては僕の勝ち目は薄い。最大火力の『ファイヤーストーム』が防がれた以上、こうして牽制しながら勝機を待つ事になる。


「そっちがその気なら……行くぞ!『ウォーターベール』!」

「っ!『バレット』!『バレット』!」


 アルベルトは水の幕で自らを覆いながら突貫してきた。『バレット』は水飛沫を上げるだけで、アルベルトは止まらない。


「おらっ!」


 アルベルトの袈裟斬りが僕を襲う。が、剣が捉えたのは幻影だ。僕は〈霧竜ローブ〉の特異性を引き出したまま、アルベルトの背後に回る。

 アルベルトの背中に手を伸ばすが、振り向きざまの横薙ぎに、慌てて距離を取った。


「もうその手は食わんぞ!」


 得意満面のアルベルト。触れさえすれば、『フロート』で転ばせる事が出来たのだが。

 どうも分が悪い気がする。

 さっき『スターライト』だけでも覚えておくべきだったと、今更な後悔が頭をよぎる。

 だが、このまま負けるのは余りに腹立たしい。ぶっつけ本番だが、やってみるか。


「ルーシー、出ておいで」

「おう!」


 胸の十字架から白い煙が立ち昇る。


「僕の肩に留まる……のは無理か。そうだ、肩車しようか」

「かたぐるまー!」


 ルーシーはふよふよと僕の肩にドッキングした。


「昼間だけど、眩しくない?」

「うーん……へいき!まぶしくない!」

「そっか、良かった」


 僕達の様子をぽかんと口を開けて見ていたアルベルトが、我に返った。


「なんだ、それは!ゴーストか!?」

「ゴーストですが何か」

「なにか?」


 僕の頭に両手を置いたルーシーが口真似する。


「ジゼルさ……審判殿!これは反則では!?」


 ジゼルさんは少し考えた後、判断を下した。


「出し入れ可能な使い魔は、精霊魔法や召喚魔法と同じ扱いとなる。よって反則ではない」

「くっ、姑息な……いや、ゴースト如きどうとでもなる!」


 じりじりと距離を詰めてくるアルベルトに対し、僕は少しずつ後退し距離を保つ。


「ルーシー、どう?」

「なにが?」


 実は肩車してからずっと魔法を使うイメージを共有しようと頑張っているのだが、何も伝わっていないようだ。

 頭を反り見上げると、きょとんとしたルーシーの顔がすぐそこにあった。


「『ハイドロショット』!『ハイドロショット』!」

「『バレット』!くうっ!」


 よそ見をした僕の隙を狙い、水の玉が撃たれる。『バレット』で相殺を試みたが、右肩に1発、受けてしまった。


「ははっ、どうしたノエル!『ハイドロショット』!」

「くっ、『バレット』!」


 再び水飛沫が上がった。アルベルトは僕に『ヒール』させないつもりのようだ。左手で肩を触ろうとすると、すかさず水の玉が飛んでくる。

 左手だけでは『バレット』の連射性能が半減してしまうし、どうしたものか……


「ルーシーも!ルーシーも!」

「んっ?」

「ルーシーも、ばんっ!ってやる!」

「うーん、出来るの?」

「やーるーのー!」

「わかった、わかった。じゃ、一緒にやろうか」


 僕が左手を構えると、ルーシーの両手が僕の視界の上方からニョキッと出てきた。


「いくよ?『バレット』」

「『ばれっと』!『ばれっと』!」

「何っ!くっ、うっ」


 放たれた3発の弾丸は、それぞれアルベルトの体に命中した。予想外の攻撃に避け損なったらしい。


「凄い、凄いよルーシー!」

「ほんと?ルーシーすごい?」

「うん、凄い。びっくりしたよ。使ってみて、どんな感じ?」

「うーん、ばれっと!ってかんじー」

「そ、そうか。うん……うん。多分これでいいんだ」

「クソッ、『ハイドロショット』!」

「『ばれっと』!」


 今度は僕が声で合図しなくとも、ルーシーが勝手に水の玉を撃ち落とした。


「よし、ルーシーその調子でお願いできる?ちょっと怪我治すから」

「おう!」


 僕が右肩を『ヒール』する間にも水の玉は撃たれたが、その全てをルーシーが撃ち落とした。


「クソッ。クソックソックソッ!なんでゴースト如きが魔法使えるんだよ!!」


 熱くなりやすいのはアルベルトの悪い癖だ。恋愛もそうだが、すぐに自分だけで盛り上がってしまう。


「どうした?アルベルト。魔力切れかな?」

「うるさい!」

「よし、ルーシー、攻撃開始だ」

「おう!」


 僕は『バレット』を連射しながらアルベルトの周囲を走った。勿論、ルーシーも『ばれっと』を撃っている。

 避けきれない量の弾幕に、アルベルトは避けるのを諦め、屈んで耐えている。そろそろ頃合いだろう。僕は多目に魔力を練った。


「我が招くは恋い焦がれ焼き焦がす者!焔の娘らよ舞い踊れ!『ファイヤーストーム』!」

「来ると思ったぜ!『ウォーターベール』!」


 アルベルトを水の幕が覆う。

 焔の嵐がアルベルトを包むが、ダメージは期待出来ないだろう。焔は段々と収まっていく。

 だが、収まっていく、その最中に新たな詠唱が始まった。


「われがまねくは、こいこがれやきこがすもの!ほのおのこらよ、まいおどれ!『ふぁいやーすとーむ』!」

「何いいっ!?」


 ファミリアを活かした時間差魔法攻撃。

 焔が収まり次第、突撃するつもりだったのだろう。前屈みに構えていたアルベルトに、再び焔の嵐が襲いかかる。水の幕は、もう効力を失いつつあった。


「うわあああ!あちぃいい!」


 熱風吹き荒れる中、地面を転げ回るアルベルト。

 ……あれ?これ死んじゃう?

 アルベルトが転げ回るのを止め亀のように丸まると、すかさずジゼルさんが叫んだ。


「そこまで!勝者ノエル!」


『サンクチュアリ』が解かれると、すぐに数人の僧侶がアルベルトに駆け寄った。

『ヒール』をかけながら、1人の僧侶が頭の上で丸を作る。僕とジゼルさんは、ホッと息をついた。いくら相手がアルベルトでも、殺してしまっては夢見が悪過ぎる。


「お見事でした、ノエル君」


 ジゼルさんが微笑みを浮かべ、祝福してくれた。


「ルーシーは?ルーシーは?」

「フフッ、ルーシーちゃんもお見事でした」


 ジゼルさんは、更に微笑みを濃くしてルーシーにも賛辞を贈る。


「おみごとでした!」


 ルーシーは自慢気に胸を張った。


「アルベルトはジゼルさんの部下ですよね?痛めつけてしまい、申し訳ありません」

「いや、それはいいんだ」


 眉をひそめてジゼルさんは続ける。


「どうも訓練にも職務にも身が入ってなかったからね。良い刺激になったはずだ」

「不真面目、って事ですか?」

「いや、真面目に取り組んでいるようなのだが、事ある毎に私の顔色を気にするんだ。上司の顔色を伺っても実力は上がらない。これで邁進してくれれば良いのだが」

「ああ、ああ……なるほど」


 何か、わかってしまった。

 恐らくアルベルトは、顔が整っていて恋愛に鈍いタイプの女性を追っかけるのが好きなのだ。

 知りたくもないことに更に詳しくなってしまい、酷く虚しくなった。


「んっ?あれ?」


 ふと気付くと、決闘の余韻で騒がしかった中庭に静けさが満ちている。

 同じく気付いたジゼルさんの視線が周囲を彷徨(さまよ)い、やがて一点を凝視する。

 そこには6人の神殿騎士が2列に並んで乱れなく歩いてくるのが見えた。そのサーコートに描かれているのは十字架と開かれた本。

 僕は静けさの理由を理解した。


ざっと数えたところ、『バレット』21回+『ばれっと』4回。

大変読み辛くなってしまいました。

反省しております……


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