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木製のベンチが壁沿いに並び、中央には同じく木製のテーブルが幾つか置かれている。
僕とジャックは、そのベンチの1つに腰掛けていた。
「誰モイマセンガ、ココデイイノデスカネ」
「ちょっと不安になるね」
ここは師匠に言われた休憩所だ。
人気のない石造りの部屋に、僕とジャックの声だけが響く。
「暇だー」
「暇デスネー」
足を投げ出して周りを見回すが、特に面白いものはない。美しい材質の壁や床も、とうに見飽きてしまった。
「僕が残っておくから、探検でもしてきたら?」
何の気なしにジャックに言うが、彼は信じられないとでも言いたげな表情で僕を見た。
「ココガドコカワカッテマス?僧侶ノ総本山デスヨ?私ノ天敵ガうようよシテイル場所デスヨ?」
「あー、言われてみればそうだねえ」
「歩イテ5分デ昇天スル自信アリマスヨ」
「ふふっ、気持ち良く逝けそうじゃないか」
「他人事ダト思ッテ」
僕はふと思い出し、カバンを探った。
「あったあった」
「頂イタ魔法石デスネ」
袋の口を開け、魔法石を鑑定していく。
「神聖魔法はライト3兄弟か」
「3兄弟?」
「『サンライト』『ムーンライト』『スターライト』の事。初期から覚えられる魔法で、3つともライトが付くからそう呼ばれるんだ」
「ホウ……ドンナ魔法ナンデス?」
「『サンライト』は日光のような強い光を放つ。要は目眩ましだね。『ムーンライト』は任意の場所に明るい光を灯す、別名カンテラいらず。『スターライト』は光の玉を敵に放つ攻撃魔法。たしか光の玉は幾つか出せて、追尾能力がある」
「『すたーらいと』強ソウデスネ!」
「威力がないんだよね。多分、『バレット』くらい?」
「ソレデモ便利デショウ?他ノ魔法石モ見テミマショウヨ」
「うん、そうだね」
ようやく暇潰しを見つけた僕達だったが、ガヤガヤと人が来る気配がした。
やがて休憩所の扉が開かれる。
入ってきた集団は6人。
そして、最後尾の男の顔を僕達は知っていた。
「えええ、嘘でしょ!?」
「ゲエッ」
その男もこちらに気付き、驚愕の表情を浮かべた。
「ノエル!貴様なんでここにいる!」
「こっちの台詞だよ、アルベルト」
アルベルトは前と違い、小綺麗な身なりをしていた。
新品のチェインメイルに新品の剣。ボサボサだった髪もさっぱりと整えられている。注目すべきは、十字架と翼のマークの入ったサーコートを着ている事だろう。
「聖アシュフォルド教徒だったっけ?」
「入信したんだ!」
「アルベルトの知り合いかい?」
アルベルト以外も同じサーコートを着用しているのだが、その中で唯一の女性が声をかけてきた。
金髪をきっちりと編み込んだ青い瞳のその女性は、他の5人よりも明らかに高価そうな鎧を身に付けている。もしかして……
「真実ノ愛ヲ向ケラレタ相手デスカネ?」
ジャックが耳打ちする。
「多分、そうだね」
アルベルトの好みはわかりやすい。とにかく顔立ちが美人であればあるほど良い。活発な娘がいいとか、知的な感じが好きだとか、そういう事ではないのだ。
「ん?知り合いじゃないのか?」
返事をしない僕達に、金髪碧眼さんが眉を寄せて尋ねる。
「あ、えーと、アルベルトは腐れ野郎です」
「はっ?」
「のえるサン、ソレヲ言ウナラ腐レ縁デス!」
「しまった!アルベルトは腐れ外道です!」
「ソレモ違イマス!」
アルベルトの顔に青筋が浮かぶ。
「ふふふっ。愉快だな、君達は」
金髪碧眼さんは、口元に手を当ててクスクスと笑った。それと同時に、アルベルトの嫉妬の炎が燃え上がるのをひしひしと感じた。
「私は大鷲騎士団長のジゼルだ」
「ノエルです」
そう言って差し出された手を、僕はそっと握った。
「アイツ、スンゴイ目デ見テマスヨ」
「わかってる」
アルベルトは、熱でもあるんじゃないかと心配になるほど顔を紅潮させていた。
「ジゼル様、お下がりください!そいつは貴方様が関わり合うような奴では、グウッ!」
ついに我慢出来なくなったアルベルトが怒声を上げたのだが、後ろにいた短髪の騎士に背中を打たれ、
「見習い風情が、聖騎士様に指示をするとは何様だ!」
それでもアルベルトはへこたれなかった。
「しっ、しかし!こいつはたしか、破門されているはずです!」
それを聞いた短髪騎士の片眉がピクリと跳ね、僕を見る。
「それは本当か?ノエル君」
問い質すジゼルさんの表情から、先程までの温和な笑みが消えていた。
「……はい。今日は破門を解いて頂く為に罷り越しました。師匠に口添え頂き、只今結果を待っている所です」
出来るだけ丁寧に、嘘を交えず答えた。
それが功を奏したのか、ジゼルさんの表情が再び緩んだ。
「そうか、ならば我らが口出す事ではないな。邪魔をした。参るぞ!」
「ハッ!」
「そっ、そんな……」
ジゼルさんが扉に向かうと、残りの騎士が従った。
アルベルトはしばらく唇を噛みながら僕を睨んでいたが、背中を向けてジゼルさんを追った。
なんとかトラブルを回避できた、と思った矢先。
ジャックが余計な事を口走った。
「見習イハ見習イラシク、へこへこシテリャイインデスヨ」
アルベルトの肩がビクンと跳ね、ゆっくりと振り向く。
「アルベルト、止まれ!」
短髪騎士の制止も聞かず、こちらへ大股で歩いてくる。僕とジャックが身構えると、白い物が僕の方に飛んできた。
「決闘だ!!」
僕の足に当たった白い手袋が、床にぽとりと落ちた。