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 目の前に立つと、その大きさに圧倒された。

 左右に巨大な2つの塔があり、それを繋ぐように左右の物より少し低くてかなり太い塔が建っている。

 銀色に光って見えたこの建物は、磨かれた大理石か御影石のような材質でできているようだった。


「参るぞい」


 大聖堂の前で固まる僕とジャックを気にする様子もなく、師匠はすいーっと大きな入り口へと進んでいった。


「天井ガ高イデスネエ」


 ジャックの言う通り、アーチのかかった天井は見上げるほど高い。

 床や壁は艶やかに磨かれている。

 ふと、青や黄色、緑など鮮やかな光が、床に淡く落ちているのに気付く。その光の対角線を目で追うと、見事なステンドグラスが壁を彩っていた。


「凄いな……」


 師匠は、この見事な大聖堂の通路を無造作にすいすい滑っていく。

 僕達は、置いて行かれないように早歩きして、追い付いてはまた見とれて立ち止まるを繰り返しながら奥へと進む。

 やがて立派な階段を上がり、また進み、今度は螺旋階段を上がり、と、どんどん進むのだが。


「師匠って、もしかして偉い人ですか?」


 それというのも、階段の前に立っていたり通路を歩いていたりする神殿騎士や僧侶が、皆、一様に道を譲りお辞儀するのだ。今思えば、ゲストパスをくれた神殿騎士の対応も丁寧だった。


「そこそこ偉いぞい」


 師匠はそれだけ言うと、また滑ってゆく。

 途中、1人の僧侶に話しかけ、やがて小さな扉の前に来た。

 扉には人の顔をした獅子の彫り物がある。

 師匠が彫り物に手をかざすと、人面の獅子の瞳がぐるりと動いて師匠を見、言葉を発した。


(ばば)は2度会い、(じじ)は1度も会えず。これは何ぞ」

「何デス?コレ」


 ジャックが声を潜めて聞いてきた。


「謎かけじゃないかな、多分。扉の鍵の代わり」

「アア、ナルホド」


 師匠はしばらく考えているようだったが、俯いてニャムニャム言うとガチャリと扉が開いた。


「卑怯者ー!」


 扉の人面の獅子が、開かれながらそう叫んだ。


「……師匠、さては解錠の魔法使いましたね?」

「何を言っとるかわからんのー」


 この態度はクロと見ていいだろう。

 扉の中は、大聖堂の規模からするとかなり小さな部屋だった。窓以外の壁という壁が本棚で埋まっている。


「儂の部屋じゃ。くつろぐとよかろう」


 僕は無作法ながら、すぐに一人掛けのソファに腰を下ろした。足がもう、限界だったのだ。

 師匠は部屋の中央に置かれた書斎机のイスに座り、引き出しをゴソゴソと探っている。


「フト、思ッタノデスガ」


 ジャックが本棚を適当に見ながら口を開いた。


「コノ部屋ニ『てれぽーと』スレバ良カッタノデハ?」


 師匠は探し物をしながら答える。


「無理じゃな。この大聖堂には、防犯の意味で転移無効の呪印が建物中に施されておる。まったく誰じゃろうな、こんな面倒な事をした奴は」

「誰ナンデスカネ」


 師匠は急に探し物の手を止め、顔を上げた。


「儂じゃった」


 ジャックの頭蓋骨がカクリ、と下にズレる。


「さて、こんなものか」


 師匠がソファにへたり込む僕へ、金貨袋のような物を手渡した。


「何ですか、これ?」

「オ金デスネ、アリガトウゴザイマス」

「ジャック、すぐ貰おうとするなって」


 袋を手に取ると、中身はお金でない事がわかった。

 もっと丸くて重いものが、何個か入っている。


「優しい師匠から愚かな弟子へのプレゼントじゃ」

「愚かって……おお!」


 袋を開けてみると、中には幾つもの魔法石が入っていた。


「今のお主に相応しい魔法を見繕った。使いなさい」

「ありがとうございます」


 出来るだけ丁寧にお辞儀する。足が棒なので座ったままだが。


「その中の魔法を使いこなせるようになったら、どんどん他の魔法も覚えてゆけ。ただし、闇魔法はあまり覚えるな」

「んー、闇魔法の魔法石自体、見たことないから大丈夫かと」

「表立って流通しておらぬからな。袋の中に1つ入れておる。当分、闇魔法はそれだけでよかろう」

「たくさん覚えると不味いことでも?」


 書斎机に戻った師匠が、眉を寄せる。


「儂の研究では、思想が破滅的・退廃的な方向へ引っ張られる傾向がある」

「うわ、怖いですね」

「へたれ解消ニ良サソウデスガ」

「うるさいな」


 師匠は机の上のカレンダーを捲り始めた。随分この部屋に帰っていなかったようで、数ヵ月前の分を確認しては破り捨てている。


「そうだ師匠、ファミリアの事ですが」

「なんじゃ?」

「イメージを共有する、ってどんな感じなんですか?」

「ふむ」


 師匠はカレンダーから目を離し、僕を見つめた。


「心を通わせる、念じて通ずる、色々と表現はあるがの。結局は術者とファミリアの感覚なのじゃ」

「感覚……」

「司祭感応を思い出せ。あんな感じじゃ。やっとることはそう変わらん」

「うーん」

「焦る事はない。その歳でファミリアになれるであろう友人を得ただけでも、それは素晴らしい事じゃ」


 そう言って、師匠はカレンダーへと目を戻したのだが。


「……あーっ!!」


 いきなりの大音響に、僕とジャックは師匠を凝視する。


「忘れとったー!今日じゃったかー!」

「イッタイ何ナノデス?」

魔法学校(ソーサリエ)で講義を頼まれておったのじゃ!」

魔法学校(ソーサリエ)、ですか?」

「時折、講義をしておるのじゃ!むうっ、こうしてはおれん!」


 師匠はバタバタと荷造りを始めた。

 ジャックが腰を折ってソファに座る僕に顔を寄せる。


「何デス?魔法学校(ソーサリエ)ッテ?」

「多分、サータ・イフ魔法学校(ソーサリエ)の事だと思う。魔法使いの為の学校だね」

「ホホウ、ソンナモノガ。りぃずべる様ハ、魔法使イノ方ニモ顔ガ利クノデスネエ」

「思ってたより凄い人なのかもね」

「おい、骨っこ!これにその棚の本を入れるのじゃ!」


 そう言って師匠は、不思議な模様の手提げカバンをジャックに投げた。

 突然飛んできたカバンを、ジャックは慌てて両手で受け止める。


「……ドノ本ヲ?」

「全部じゃ!」


 ジャックは困って僕を見る。

 カバンは子供でも片手で持てそうなサイズ。対して指定された棚の本は、少なく見ても百冊を越えそうだ。


「えーい、貸してみろ!」


 師匠はジャックからカバンをひったくると、カバンの口を開いて床に置き、ドサドサと本を放り込んでゆく。


「エエッ?」


 カバンは、およそ外見からは想像出来ない量の本を吸い込んでいった。


「マジックアイテムですか」

「うむ、〈欲張り魔女のハンドバッグ〉じゃ。大抵の物は入るから便利じゃぞ……欲しいか?」

「欲しいです!」

「そうかそうか。やらんがな」

「くっ。クソジジイ……」

「何か不敬な言葉が聞こえたのう」

「気のせいです。それより、急いだ方が良いのでは?」

「そうじゃった!」


 師匠は〈欲張り魔女のハンドバッグ〉と長い杖を持ち、帽子を整えた。


「ジッパ、頼む」


 杖から青い影が飛び出し、師匠の肩に留まる。

 ジッパはすぐに俯くと、詠唱を始めた。


「さて、ノエル。儂は行く」

「はい……って僕の破門の件は?」

「もう伝えてある故、問題ない。そうじゃな、来る途中に休憩所があったじゃろう?あそこで待っておれ」

「はあ」

「もう1つ。お主らの帰りの足じゃが」

「はっ、そう言えば!」

「ココッテれいろあカラ遠イノデスカ?」

「地図上ではレイロアと東方の間。ちょうど真ん中あたりかな。遠いなんてもんじゃないね」

「馬車デ帰ルト、何日クライデス?」

「何日、というより何週間、かのう」

「ウヘェ」

「安心せい。先程渡した魔法石の中に『テレポート』を入れておる」

「オオ!」

「僕のレベルで使えますか?」

「使えるぞい。ただし、しばらくはレイロアへ移動する時だけにしておけ。理由はわかるな?」

「転移魔法ですから。『石の中にいる』ですかね」

「うむ。『リープ』より移動範囲が広い故、事故の確率も高いと考えよ。住んでいる街、生まれ故郷のようにイメージしやすい場所ならば大丈夫じゃ」

「移動先を増やすにはどうしたら?」

「行った先々の特徴を掴むことじゃな。自信がない時は止めておけ」

「はい」

「よし。詠唱ももう少しじゃな……そうじゃ、これも持ってけ」


 師匠は〈欲張り魔女のハンドバッグ〉から分厚い本を取り出した。マギーさんの冒険者完全マニュアルよりも分厚い。


「わからぬ事があればそれを引け。あとは……そうじゃ!『テレポート』で人物を移動先にイメージするんじゃないぞい!」

「考えてもみなかったですけど。失敗するのですか?」


 ジッパの詠唱が終わり、消え始めた師匠が答えた。


「成功すると不味いのじゃ!移動先の人物とグチャグチャに融合するでな!絶対やるんじゃないぞい!」

「うわあ」

「ぐろイデスネ」


 師匠は「絶対じゃぞー!」と言い残し、消えていった。


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