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「さて、司祭の優位性を説明する前に。魔法には属性というものがある」


 師匠は『マジックボード』の前に立ち、テーブルを挟んで僕とジャック、ルーシーが並んで座りそれを見ている格好だ。

 師匠が『マジックボード』に大きく「属性」と書いた。


「最初にエレメンタル系。簡単に言えば、魔法使いが使用する魔法じゃの」

「フムフム」


 ジャックが用意した紙にメモをとる。相変わらずマメな男である。


「まず、火属性」


 師匠は火属性と板書し、その文字をコン、と杖で叩く。するとその文字はめらめらと燃え上がった。


「わー」

「おお」

「ナント」


 師匠は僕達の反応を楽しむように続ける。


「次に水属性。そして風属性。最後に土属性じゃ」


 水属性の文字は青い水面に波紋が浮かび、風属性の文字には雲の流れる空がのぞく。土属性の文字には岩が積み重なっていた。

 燃えているようにしか見えない火属性の文字からは、煙があがる様子はない。ということは、見た目だけ変化させているのだろう。

 面白い魔法だ。ルーシーなんか、目をキラキラさせて前のめりになっている。


「ハイ!」

「なんじゃ、骨っこ」

「雷属性ガアリマセン」


 言われてみれば、ポーリさんの得意な雷属性がない。


「雷は、風属性に含まれる」


 師匠がコン、と風属性の文字を杖で叩く。すると風属性の文字にのぞいていた空に、みるみるうちに雲が集まり厚い積乱雲となる。積乱雲で埋まった空は真っ暗になり、稲光が起こった。


「同様に、氷は水属性じゃの」


 今度は水属性の文字をコン、と叩く。すると水属性の文字はあっという間に白く凍りついた。


「納得したかの?では次は光属性と闇属性。僧侶の使う神聖魔法と、闇の眷属やその使徒が使う闇魔法じゃ」


 そう言いながら、きらきらと輝く光属性の文字と、黒く蠢く闇属性の文字を書いた。


「そして最後に無属性じゃ。これまでの6つの属性に当てはまらない魔法じゃの」


 無属性の文字はコン、と叩くと半透明になった。


「基本的に魔法は、この7つの属性のいずれかに属するわけじゃが」


 師匠が大きく、適性と書いた。


「誰もが好きな魔法を使えるわけではない。魔法を使える職業(スペルキャスター)でも、使えるのはほとんどは1つの属性のみ。それも、その属性の全てを扱えるとは限らぬ」


 ポーリさんの適性は風属性だが、厳密にはその中の雷にしか適性がない、ということか。


「みりぃサンハ火属性デシタネ」

「うん。他の属性の魔法を使えるとは聞いたことないね」

「それが普通じゃ。火属性全てに適性があるなら、むしろ優れた魔法使いと言えようの」

「モシカシテ、何デモ覚エル司祭ッテ凄イノデハ」


 ジャックの言葉に、師匠はテーブルをドン、と両手で叩いた。


「もしかしなくても凄いのじゃ!」


 ビクッとしたルーシーが、目を丸くして師匠を見つめる。


「全ての魔法に通ずる司祭こそ、魔導を極める者と言えよう!」


 師匠は誇らしげに胸を張った。


「デモ、のえるサンハ言ウホド魔法覚エテマセンヨネ」

「そうだねえ」

「ぬ?お主、今どのくらい魔法覚えておる?」

「えーと、【ヒール】に【キュア】系が3種……」


 僕は覚えている魔法を師匠に教えた。


「そして【フロート】で最後ですね」

「……たったそれだけか。今まで何をしておったのじゃ!」


 再び、テーブルをドン、と叩く。


「うわーん!!」


 それに再び、びっくりしたルーシーが泣き出してしまった。


「アー、泣カシター」

「おお、す、すまぬ、ルーシーちゃん。泣くな、泣かないでおくれ」


 おろおろとルーシーの様子を伺う師匠。


「おこったー!おじいちゃんこわいぃー!」

「怖くない、怖くないぞい!儂が怒ったのは馬鹿弟子ノエルじゃ。ルーシーちゃんは、なーんも悪くない」

「うえーん!」

「モウイイデスカラ。ヨシヨシ、怖カッタネ?モウ大丈夫。大丈夫デスヨ」


 ジャックがあやすと、ようやく収まってきた。


「むぐう……ルーシーちゃん……」


 師匠は無念そうにジャックとルーシーを見つめている。僕は心のメモに「師匠の弱点→少女」と書きこんだ。


「師匠、続きは?」

「うむ、そうじゃの」


 師匠は、まだヒック、ヒックと声を漏らすルーシーを見つめながら授業を再開した。


「ノエル、お主の魔法の数は魔法を使える職業(スペルキャスター)としては普通かもしれぬ。じゃが、司祭としては少なすぎるぞい」

「しかし数が増えすぎると、いざって時に迷いが生まれる気がするのです。選択肢が多すぎて」

「それはわからぬでもない。じゃが、せめて神聖属性と無属性は出来るだけ覚えておけ。それ以外の属性は、最悪1つずつでもよい」

「その2つが優先なのですか?」

「優先というほどでもないがの。まず一般的に司祭=回復役という認識がある。期待される役割を果たすために神聖属性は覚えておくべきじゃろう」

「それはそうですね」

「そして司祭は唯一、無属性魔法に適性がある職業じゃ。司祭の独自性を出すのに一役買うじゃろう」

「唯一?無属性魔法を使う人はいるハズですが」


 数は多くないが、【リープ】を使うらしい魔法使いを僕は知っていた。

 冒険者は他の冒険者の情報収集に余念がない。それは、いつか有望なパーティメンバーを迎える為であり、悪質なパーティメンバーを避ける為でもある。

そんな中、【リープ】の有る無しは利便性に大きく差が出る重要な情報なので、度々噂になるのだ。


「無属性魔法だけは、適性が無くとも使えぬ事はないからの」

「ってことは、魔法使いなら誰でも使える?」

「いや、魔法を使える職業(スペルキャスター)なら誰でも、じゃ。僧侶でも魔法戦士でも使えるの」

「うわ、知らなかった……」

「ただし。適性が無いから魔力の燃費が悪い、威力が低い、詠唱が長い、失敗する可能性がある、と悪いことずくめじゃ」

「詠唱ガ長イ?唱エル呪文ハ決マッテイルノデショウ?」


 膝の上で背中を丸くしたルーシーを撫でながら、ジャックが質問した。


「ふむ。ノエル、呪文を唱える時、どうやっておる?」

「普通に、その時に頭に浮かんでくる呪文を唱えてます」

「エッ、暗記シタ呪文ヲ唱エテイルノデハナイノデスカ!?」

「うん。知らなかった?」

「エエ。ビックリデス」

「その浮かんでくる呪文が長くなるわけじゃ。そもそもが詠唱の長い【リープ】なんかは堪らんの。しかもやっと唱え終わって『石の中にいる』なんて最悪じゃ」

「うわあ」


 僕は他人の【リープ】にはお世話にならないようにしよう、と心に決めた。


「さて、ここまで授業を受けてみてどうかの?」

「全ての属性の魔法が使えるって、思ってたより凄い事なんだとわかりました」

「ソレガ司祭ノ優位性ナノデスネ」

「これこれ、結論を急ぐな」


 師匠はそう言うと、【マジックボード】に杖をかざした。するとそれまでに書いた文字が全て消え、そこに新たな文字を書いた。

 僕とジャックは、初めて見る言葉に思わずハモった。


「ファミリア?」

「ふぁみりあ?」

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