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 僕の体調が完全に戻る頃には、更に2週間が経っていた。降り注ぐ日差しは、既に夏の鬱陶しさを含み始めている。

 丸々ひと月休んでいた計算になるのだが、お金については心配する必要がなかった。

 それは、あの鏡のお陰だ。

 師匠が呪いを解いた後に残った、ただただ豪華な骨董品の鏡。

 これは元はと言えばリオの物なのだが、彼女は頑として受け取らなかった。結局、治療費兼慰謝料として僕が貰い受ける事になった。

 たまたま、リーマス商会主催のオークションが行われる時期だったので出品してみたのだが、その落札額たるや。


「アワワ」

「恐い、恐いよう、ジャック」

「私ダッテコンナ金額、生前デモ手ニシタコトアリマセンヨ……多分」

「百万白金貨、初めて見たよ。存在するんだねえ」

「駄目デス、懐ニシマッテ!誰ガ見テルカワカリマセン!」

「う、うん」


 落札額125万シェル。手数料が引かれて112万5千シェルが手元にある。


「シバラク遊ンデ暮ラセソウデスネエ」

「しばらくどころか、贅沢しなければ5年くらい暮らせそうだよ」


 それほどの大金を期せずして得たわけだが、心苦しくもある。


「やっぱり僕が貰うのは違う気がする」

「エー、ぱっト使イマショウヨー。金ハ天下ノ回リモノデスヨ?」

「でも、鏡を見つけたのはリオだし、呪いを解いたのは師匠だし。僕は何にもしてないんだよね」

「確カニソウデスガ」

「当面の生活費以外は、いざって時の為に貯金しよう。黒猫堂の経営とか、何があるかわからないし」

「りおサン経営デスシネエ。コレカラモ何カシラヤッテクレソウデス」

「うん、やってくれる気がする」

「ソウデスカ……アー、わなかーんデ骨休メシタカッタナー」

「温泉好きだねえ。出汁が出るだけなのに」

「ホットイテ下サイ」


 大金を注意深く抱えながら帰宅すると、玄関のドアが僅かに開いていた。


「マサカ、おーくしょん結果ヲ聞キツケタ強盗!?」

「ちょっと早くないかな……」


 僕達がそろそろと家に入ると、小柄な老人がテーブルに座り、お茶をすすっていた。


「ニャム……遅いぞ、ノエル。」

「師匠、ドア閉めて下さいよ……ってか鍵、開いてました?」

「解錠の魔法を使ったぞい」

「何それ!?知りたい!」

「馬鹿め、お主には100レベル早いわい」

「ぐっ」


 僕と師匠のやり取りをよそに、ジャックは壁を凝視していた。


「コレハドウシタノデス?」

「何が?……何だ、これ?」


 リビングの四方を囲む4枚の壁。

 その1枚が真っ白になっていた。まるで高級品の白い磁器のように滑らかで、すべすべしている。


「ニャム……これは【マジックボード】じゃ」

「魔法、ですか?」

「うむ。こうしてほんの少し魔力を込めての」


 師匠が長い杖で白い壁をなぞる。

 すると、なぞった跡に黒く線が浮き出てきた。


「黒板の代わりじゃの。書くのも消すのも自由自在じゃ」


 もう一度杖でなぞると、黒い線が消えた。


「何デコンナ物ヲ?」

「決まっておろう、弟子の授業の為じゃ」

「えーっ」

「何が、えーっ、じゃ!弟子になったからには学んでもらうぞい!」

「これでも忙しいのですよ?冒険したり、庭の世話したり、本を読んだり」

「冒険はともかく、後ろの2つよりは儂の授業が優先じゃ」

「我が儘だなあ」

「……お主、ちょいちょいナメた口をきくのう?」

「すいません、司祭感応の癖が抜けなくて」

「ふん、まあよい。早速、授業を始めるぞい」


 師匠はカッ、カッと白板に文字を書いた。


「今日は司祭の優位性についてじゃ」

「師匠、ちょっとお待ちを。ルーシー、出ておいで。作戦会議みたいで楽しいよ?」

「おう!」


 いつものように煙が立ち上るが如く、ルーシーが現れた。


「おう!おうおうおう!」

「……なんでおうおう言ってるの?」


 チラリとジャックを見ると、彼はフィッと視線を逸らす。やはり、か。


「遠キ山ノみすたーごーるどデス」

「ミスターゴールド?」

「おうおう!」

「今、大人気ノ大衆演劇デス。コノ間、一緒ニ観テキマシタ」

「こんなにおうおう言う劇なの?」

「流石ニ、ココマデオウオウ言イマセンガ」

「おうおうおう!」

「普段ハ遊ビ人ノ主人公ガ実ハ裁判官デ、潜入捜査スルオ話デス」

「……よくわかんないな」

「説明スルノガ難シイノデスガ、大変面白イノデス。特ニ主人公ノ決メ台詞ガ印象的デ、るーしーモどはまりデス」

「なるほど」

「おう!」


 ルーシーは右肩を前に出して、力強くポーズを決めた。


「授業始めてもいいかのう……」


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