81
僕の体調が完全に戻る頃には、更に2週間が経っていた。降り注ぐ日差しは、既に夏の鬱陶しさを含み始めている。
丸々ひと月休んでいた計算になるのだが、お金については心配する必要がなかった。
それは、あの鏡のお陰だ。
師匠が呪いを解いた後に残った、ただただ豪華な骨董品の鏡。
これは元はと言えばリオの物なのだが、彼女は頑として受け取らなかった。結局、治療費兼慰謝料として僕が貰い受ける事になった。
たまたま、リーマス商会主催のオークションが行われる時期だったので出品してみたのだが、その落札額たるや。
「アワワ」
「恐い、恐いよう、ジャック」
「私ダッテコンナ金額、生前デモ手ニシタコトアリマセンヨ……多分」
「百万白金貨、初めて見たよ。存在するんだねえ」
「駄目デス、懐ニシマッテ!誰ガ見テルカワカリマセン!」
「う、うん」
落札額125万シェル。手数料が引かれて112万5千シェルが手元にある。
「シバラク遊ンデ暮ラセソウデスネエ」
「しばらくどころか、贅沢しなければ5年くらい暮らせそうだよ」
それほどの大金を期せずして得たわけだが、心苦しくもある。
「やっぱり僕が貰うのは違う気がする」
「エー、ぱっト使イマショウヨー。金ハ天下ノ回リモノデスヨ?」
「でも、鏡を見つけたのはリオだし、呪いを解いたのは師匠だし。僕は何にもしてないんだよね」
「確カニソウデスガ」
「当面の生活費以外は、いざって時の為に貯金しよう。黒猫堂の経営とか、何があるかわからないし」
「りおサン経営デスシネエ。コレカラモ何カシラヤッテクレソウデス」
「うん、やってくれる気がする」
「ソウデスカ……アー、わなかーんデ骨休メシタカッタナー」
「温泉好きだねえ。出汁が出るだけなのに」
「ホットイテ下サイ」
大金を注意深く抱えながら帰宅すると、玄関のドアが僅かに開いていた。
「マサカ、おーくしょん結果ヲ聞キツケタ強盗!?」
「ちょっと早くないかな……」
僕達がそろそろと家に入ると、小柄な老人がテーブルに座り、お茶をすすっていた。
「ニャム……遅いぞ、ノエル。」
「師匠、ドア閉めて下さいよ……ってか鍵、開いてました?」
「解錠の魔法を使ったぞい」
「何それ!?知りたい!」
「馬鹿め、お主には100レベル早いわい」
「ぐっ」
僕と師匠のやり取りをよそに、ジャックは壁を凝視していた。
「コレハドウシタノデス?」
「何が?……何だ、これ?」
リビングの四方を囲む4枚の壁。
その1枚が真っ白になっていた。まるで高級品の白い磁器のように滑らかで、すべすべしている。
「ニャム……これは【マジックボード】じゃ」
「魔法、ですか?」
「うむ。こうしてほんの少し魔力を込めての」
師匠が長い杖で白い壁をなぞる。
すると、なぞった跡に黒く線が浮き出てきた。
「黒板の代わりじゃの。書くのも消すのも自由自在じゃ」
もう一度杖でなぞると、黒い線が消えた。
「何デコンナ物ヲ?」
「決まっておろう、弟子の授業の為じゃ」
「えーっ」
「何が、えーっ、じゃ!弟子になったからには学んでもらうぞい!」
「これでも忙しいのですよ?冒険したり、庭の世話したり、本を読んだり」
「冒険はともかく、後ろの2つよりは儂の授業が優先じゃ」
「我が儘だなあ」
「……お主、ちょいちょいナメた口をきくのう?」
「すいません、司祭感応の癖が抜けなくて」
「ふん、まあよい。早速、授業を始めるぞい」
師匠はカッ、カッと白板に文字を書いた。
「今日は司祭の優位性についてじゃ」
「師匠、ちょっとお待ちを。ルーシー、出ておいで。作戦会議みたいで楽しいよ?」
「おう!」
いつものように煙が立ち上るが如く、ルーシーが現れた。
「おう!おうおうおう!」
「……なんでおうおう言ってるの?」
チラリとジャックを見ると、彼はフィッと視線を逸らす。やはり、か。
「遠キ山ノみすたーごーるどデス」
「ミスターゴールド?」
「おうおう!」
「今、大人気ノ大衆演劇デス。コノ間、一緒ニ観テキマシタ」
「こんなにおうおう言う劇なの?」
「流石ニ、ココマデオウオウ言イマセンガ」
「おうおうおう!」
「普段ハ遊ビ人ノ主人公ガ実ハ裁判官デ、潜入捜査スルオ話デス」
「……よくわかんないな」
「説明スルノガ難シイノデスガ、大変面白イノデス。特ニ主人公ノ決メ台詞ガ印象的デ、るーしーモどはまりデス」
「なるほど」
「おう!」
ルーシーは右肩を前に出して、力強くポーズを決めた。
「授業始めてもいいかのう……」