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――ダンジョン8階の通路。
「こいつらは短期アルバイトだニャ」
後ろの異形の種族達が揃って頭を下げた。
「えーっと、サハギンさん、でいいのかな?」
ミリィが自信なさげに尋ねると、異形の種族達は再び揃って頷いた。
「サハギン!ヤバい初めて見た!」
エリーゼの興奮ももっともだ。何故なら、サハギン種は滅多に異種族の前に姿を現さない。僕だって本の中でしか知らない。
サハギン種は水棲生物の特徴を持った、いわゆる半魚人である。陸上では他の種族のように二足歩行で行動し、水中では水棲生物のように立ち回る事が出来るハイブリッド種だ。
サハギン達は全部で7人。
それぞれが特徴の違う姿をしていた。
小柄なフナのようなサハギン、大柄なナマズのようなサハギン、コイやハゼ、ウナギまでいた。
「出稼ぎ来た。姿のせい、仕事無かた。困てたら猫、助けてくれた」
代表してコイのサハギンが説明してくれた。
片言だが渋めの良い声だった。
「相変ワラズ、困ッテル人ヲ放ットケナイ
ジャックの発言に、リオはチッチッと指を振った。
「慈善事業家のつもりはないニャ。ここはどこかニャ?」
リオが僕達を見回す。
「どこって、8階?」
「地底湖エリアだね」
僕の返事にミリィが補足する。
「冒険者にとってどんなところニャ?」
リオが再び質問する。
「んー、素通りするだけだよね、基本的に」
エリーゼが答える。
「何故、素通りするニャ?」
「そりゃあ、水に沈んだ場所が多くて探索にならないから……あっ!」
「そうか」
「考エマシタネ」
「なるほど~」
僕達の感嘆の声に、リオはご満悦だ。
「そう、こいつらなら探索出来るニャ!それもほとんどが未探索エリアという、お宝ザックザクの場所を!」
「ザックザクは言い過ぎじゃない?」
エリーゼの疑問の声に、リオは答える代わりにサハギン達に目配せした。
サハギン達が担いでた袋を僕達の前にドスン、ドスンと置いていく。
リオがその内の1つの袋を開いて見せた。
「うわー!」
「ウオオ、スゴイ!」
「超ヤバい!」
袋の口から見えるのは、装飾品にコインやインゴットの数々。
「マジですか、リオさん」
「マジですニャ、ノエルさん」
僕の驚きの表情に、リオは満面の笑みで応える。
「あ、特にノエルに見て欲しいのはこれニャ」
リオは別の袋をゴソゴソと探り、目的の物を僕の前に取り出した。
「コレハ!」
「凄いぃ~」
「ヤバ過ぎ……」
それは小盾ほどの大きさの鏡だった。
数多の宝石に美しく縁取りされたその鏡は、周りの宝石など比較にならないほどに美しく磨き抜かれていた。
女性陣は、ため息を漏らしながら鏡に魅入っている。
「これは盗賊のアタイの目から見て、間違いなく一級品のお宝ニャ。ただ、ここまでの品となるとアタイも売買の経験がニャいニャ。ノエルに鑑定してもらって名前が分かれば交渉もやり易いニャ」
「なるほど、わかった」
僕は鏡を凝視した。
だが、一瞬視界がぼやけて元に戻った。
「?」
僕は目を擦り、もう一度鑑定を試みる。
≧※【@*◇%-11
「あれ?」
鑑定結果が読めない。
こんなことは墓守の種族名以来だ。
僕は一度、目を離そうとする。
が、目を離せない。瞼を閉じることも出来ない。
「う、うっ」
「どうしたニャ?」
リオが心配そうに尋ねるが、そちらを向けない。
鏡面にぼんやりと女性の顔が浮かぶ。
それは1つではなく、幾つもの顔が浮かんでは消え、浮かんでは消える。
その顔の全てが青ざめて、苦痛に歪んでいるように見えた。
目の奥がズキンと痛む。
ドウシテ……
イタイ……
ヤメテ……
イヤダ……
嘆き苦しむ声が頭の中に直接響く。
「のえるサン?」
「大丈夫?ノエル?」
「ちょっと、顔色ヤバいよ」
相変わらず視線は外せない。
読めない文字が目まぐるしく変わる。
℃&●>#×△-27
エリーゼではないが、これは本当にヤバい気がする。
背筋に冷たい汗が止めどなく流れる。
目の奥の痛みは激しさを増した。
シニタクナイィ……
タスケテヨ……
ナンデワタシガ……
クルシイィ……
嘆きの声に宿る負の感情が強くなる。
女性の顔の浮かんでは消える頻度が早くなった。
ユルサナイ……
ダレノセイ?
ユルセナイ……
アイツノセイ?
女性の顔が浮かんだまま消えなくなった。
鏡面が無数の青ざめた顔で埋まる。
その顔が苦悶の表情で口々に喋る。
ダレ?アイツ?オマエ?コイツ?ドレ?ソイツ?
そして、無数の顔が一斉に僕を見た。
オ゛マ゛エ゛カアァァァア!!!
「うわあぁぁっ!!」
口を縦に開いた嘆きの顔が、幾つも幾つも僕の目の中に飛び込んで来た。
頭の中は感情の奔流に飲まれる。
抵抗などなんの意味もない。
激しい水流が土をえぐるように、ただただ心が削られていく。
視界が真っ白になるのに、さほど時間はかからなかった。
――頭に殴られたような衝撃が走り、追憶の旅から戻された。
胸が苦しい。
足が震える。
目の奥がズキンズキンと脈打つように痛む。
「なるほどネ。見てはいけないものを見てしまっタ、ってとこカ。珍しい死因だネ、いやあ、面白イ」
骸骨は満足げに頷いている。
僕は声も出せず
「大丈夫、大丈夫。その苦しみはすぐに治まるヨ」
僕は必死に声を絞り出す。
「……本当?」
「僕は嘘は言わなイ。ほら、見てみなヨ」
骸骨に促されて見た先には、もう目の前に迫った死の淵があった。
「死ねば痛みなんて感じなイ」
骸骨は微笑んだ。