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――ギルドでの騒動の後。
「うわ、このコーヒー、マジヤバい。美味しい!」
エリーゼが口癖の「ヤバい」を連呼していた。
僕達は場所を代えて話をしようという事になり、僕がマレズ珈琲店を紹介したのだ。
ここへ来る前にマリウスの買い物に1時間近く付き合わせてしまったのだが、コーヒーで少しは挽回出来たようだ。
当のマリウスは僕の後ろに立ち、〈モンスターキャンディ ゾンビ味〉を機嫌良さげに口の中で転がしている。
「アルベルトは一体どうしたの?」
僕の質問にミリィは辛そうに俯いた。
「ストーカーだっけ?あれだよ。冒険そっちのけでミリィにつきまとうの」
エリーゼが両手でカップを触りながら話す。
「一時解散中って聞いてたけど」
するとミリィが俯いたまま首を横に振った。
「ううん、あのまま解散になったよ」
「あの状態じゃ無理だよね。アルベルトは最後まで納得しなかったけど」
エリーゼはそう言うと、すずっとコーヒーを啜った。
「やっぱりノエルを独断で首にしてから、空気がおかしくなったよねえ」
「……うん」
前にもミリィに聞いた話だけど、相変わらず胸がすく思いの自分がいた。レベルが多少上がっても、こういう所は成長してないな。
「それにしても僕と入れ代わりの僧侶さん、かわいそうだね。良さそうな人に見えたのに」
「そうね、チャンドラは真面目な良い僧侶だったし……ん?ノエルはチャンドラ見たことがあるの?」
首を傾げるミリィに、エリーゼがにやっと笑う。
「わかった!ノエル、気になって覗き見したんだね!?」
「うっ、まあ覗き見と言えばそうだけど」
「覗き見するくらいなら、せめてお別れを言いに来てくれてもいいのに」
ミリィが不満そうに言った。
「いや、えーと。出て行く時に〈黄昏の人参亭〉に行ったんだ。お別れ言おうと思ってさ」
「うわ、ヤバい。〈黄昏の人参亭〉懐かしい!」
「そしたら、そのチャンドラさん?と皆、楽しそうに笑ってたから入り辛かったんだ」
「笑ってなんかないよ!私、いきなりノエルを首にしたって言われて、頭に来たもん!」
ミリィが珍しく大きな声を出す。
「あー、そうか。笑ってたかもね」
逆にエリーゼが納得いった様子だ。
「笑ってなんかないってば!」
「落ち着いて、ミリィ。多分、ノエルが覗き見したのはチャンドラと初対面の時だよ」
「うん?」
「ほら、アルベルトが同郷の僧侶と偶然会った、とか言って食事の場に連れて来たじゃん」
「ああ、たしかそうだったね」
「その時はノエルが首とか、チャンドラが入るとか、そういう話されてないんだよね。ただ、チャンドラ交えて飲み食いしてただけ」
「それを僕は見たのか」
「多分ね。今思うと、あれは顔合わせだったんだねー。ほんとに同郷かも怪しくなってきた」
「じゃあ、僕の首が歓迎されてた訳じゃなかった?」
「当たり前だよ!」
ミリィがまたも珍しく声を荒げた。対してエリーゼはばつが悪そうに話す。
「私は正直言うと、ホッとした部分はあるよ」
「ちょっと、エリーゼ!」
「ミリィ、大丈夫だから」
嘘やごまかしを嫌い、自分の意見は忌憚なく述べる。エリーゼは昔からそんな性格だ。
「ただ、それをアルベルトが勝手に決めた事は許せなかった。本人は、嫌な役目を率先してやってやったんだとか言ってたけど。リーダーが独断で決める事じゃないと思う」
「それでも2、3年は続けたんでしょ?」
「騙し騙し、ね。でもマルコの気持ちが離れたのが大きかったのかな」
「そうだね」
盗賊のマルコは器用で頭が切れ、ひょうきんで毒舌。そんな男だ。パーティではサブリーダー的ポジションだった。
「アルベルトと仲良かったのに」
「それもノエルを首にしてから、だね。まさかほんとに切るとは、何て言ってた」
「勝手だよ、マルコは。あんなにノエルを悪く言ってたのに」
ミリィがぷりぷりと怒る。
「まあまあ。マルコの口の悪さは元々だし」
「何でノエルがかばうの!」
「それよりもアルベルトの事だよ。解散してからあんな調子なの?」
アルベルトの話題になると、ミリィはまた俯いてしまった。ミリィに代わりエリーゼが説明してくれた。
「うん、解散してから付け回すようになった。ミリィに相談受けて、私の故郷でほとぼりを冷ましたつもりだったんだけど」
「さっき会っちゃった、と」
「そういうこと」
ミリィはますます俯いて小さくなった。
「何で付いてくるのかな。困るって言ってるのに」
僕とエリーゼは顔を見合わせた。
「そりゃ、気があるからでしょ」
「昔からじゃん、何を今更って感じ。気付かないなんてミリィ、ヤバい」
「……冗談だよね?」
「モンスター倒す度にミリィの方、見てたでしょ?」
「馬車に乗る時は必ずミリィの隣に陣取るし」
「ミリィが脚を怪我した時、『ヒール』しようとした僕を押し退けてポーション使ってたし」
「あー、あったね。こいつヤバいと思った」
ミリィはポカンと口を開けて聞いていたが、やがてがっくりと項垂れた。
「早く教えて欲しかった……」
「いや、気付いてるとばっかり」
「てか気付きなよミリィ」
「シカシ」
黙っていたジャックが口を開いた。
「アノ男ノ様子ハ、気ガアルッテれべるデハアリマセン。のえるサンヲ逆恨ミシテイルヨウデスシ。みりぃサンダケデナク、のえるサンニトッテモ危険デス」
「そうだね、今のアルベルトはヤバい。2人共、気を付けないと」
「気を付ける」
「うん……」
気落ちするミリィの背中をエリーゼがさすりながら励ました。
「大丈夫、私がついてるから。あ、ノエルは自力でよろしく」
「はいはい」
「そういやレベル10になったんでしょ?魔法増えた?」
「うん、少し。ってかレベル14になったよ」
僕は少し自慢気に言ったのだが。
「えええっ!?」
「嘘でしょ?冗談だよね!?」
彼女達の反応は僕の想像を軽く越えていった。
「……驚き過ぎじゃないかな」
「イエ、ゴク普通ノ反応デス」
僕が冒険者カードをテーブルに置くと、2人は食い入るように見つめた。
「ほんとだ……マジヤバい」
「ノエル、頑張ったんだね」
信じられない、といった表情のエリーゼ。ミリィに至っては涙ぐんでいる。
「運が良かったんだ。大量の敵を倒せたり、メタリックモンスターに出会ったり」
「メタリックなアイツ?ほんとにいるの?」
「うん、倒したのはマタンゴだった」
「じゃあさ、久々に3人で潜らない?司祭さまの幸運にあやかってさ。メタリックなアイツ出るかも!」
エリーゼが提案した、その瞬間。
僕の背中にゾクリと悪寒が走る。
知らない間に後ろから見られていた、そんな感覚。
思わず振り向くが、誰も居ない。
「どうしたの?ノエル」
ミリィが心配そうに僕に問いかける。
「いや、気のせいみたい。ダンジョンいいね、潜ろうか」
「うん!レイロアのダンジョン、久しぶりだなあ」
「じゃ、決まり!」
僕達は明日潜る事に決め、マレズ珈琲店を出て別れた。
家に帰りさっそく明日の準備をしていると、誰かがドアをノックした。
「はい、どちら様ですか?」
アルベルトの事もあるので、用心してドア越しに聞く。
「開けてくれんかの……ニャム」
声は老人のものだ。
ドアを少し開けると、そこには背の低い、ヘソの辺りまで白い髭を伸ばした老人が立っていた。
見慣れない紋様が描かれた灰色のローブに、同じく灰色の三角帽といった出で立ちで、身長より長い杖を突いている。
「ご用件をどうぞ」
「ニャム、お主が司祭ノエルじゃな?」
「そうですが」
「お主、儂の弟子になれ……ニャム」
「間に合ってます」
バタン、とドアを閉める。
一瞬の間があり、再度ドアが叩かれた。
「何故じゃ!この儂が弟子にすると言っておるのじゃぞ!」
何度も何度もドアが叩かれる。
「何ノ騒ギデス?」
奥の部屋からジャックが出てきた。
「んー、なんか宗教の勧誘?」
「赤ろーぶ事件ノ時ミタイナ邪教徒モイルワケデスシ、関ワラナイ方ガ良イデスネ」
「そうだね。まあ、僕は破門されたとはいえ聖アシュフォルド教を信仰しているし」
「ア、ソウデスネ」
ジャックと話しているうちに、ノックの音が止んだ。老人は諦めて帰ったようだった。
――大きく息を吐き、追憶の旅から戻る。
「最後の怪しいお爺さんは誰だイ?」
「わからない……何者だったのだろう?」
「ふーン。ま、いいけどネ。それより順番が近付いてきたヨ」
骸骨の言う通り、死の淵は目を凝らさずとも見える所まで来ていた。
「さあ、次こそダンジョンだろウ?楽しみダ、早く思い出してヨ」
「うん。僕は楽しみではないけれど」
僕はまたまた、記憶に思いを馳せた。
夜にもう1話投稿予定です。