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 緑の絨毯が広がる高原の端。

 緑と岩肌の灰色が混ざり合い始めるその場所に、隠れるように洞窟の入り口はあった。


「ここです。静かにお願いしますよ」


 食事を急いで平らげた僕達は、早速問題の洞窟へと来ていた。

 ゾラさんを先頭に洞窟へと入って行く。僕はひんやりと冷たい空気に、ぶるりと身震いした。


「何ダカオ化ケ出ソウデスネエ」

「むぐ、そもそもジャック殿が、はむ、お化け寄りだと思うでゴザル」


 イロハはまだ牛タン串をモキュモキュやっている。


「んっ!静かに。いましたよ……」


 ゾラさんが口元に指を1本立てて、身を隠した。

 慌てて僕達もそれに倣い、前方を伺う。

 そこには2匹のマタンゴが立ち話でもするかのように向かい合っていた。

 マタンゴはユーモラスな見た目だ。大きなキノコから細い手と足が生えていて、目や鼻、耳は無い。ちっちゃな口だけがキノコの中央付近に付いている。


「マタンゴって目はないのにどうやって周りを認識しているのでしょう?」

「キノコの傘全体が感覚器なのです」

「ほほう」


 2匹のマタンゴは互いに体を傾けたり、一緒に震えたりしている。コミュニケーションをとっているように見えた。


「あれは見張り役だと思います。……どうしますか?」

「ゾラさんは、マタンゴはどのくらいの数がいると?」

「こんな洞窟の入り口付近に見張り役がいることから百匹以上いるのは間違いありません」

「百匹デスカ……」

「ふむ」


 マタンゴは強いモンスターでは無い。飛ばないぶん、ドラゴンフライより与し易い。注意すべきは毒胞子だが、回復役の僕さえ無事ならすぐに回復出来る。

 問題は……


「イロハ、どのくらい倒せる?」


 ポーリさんの話が正しければ、僕が【ファイヤーストーム】でまとめて倒してもイロハに入る経験値は少ない。極力、彼女に頑張って貰わねばならない。


「う~ん。毒に注意して距離を取るなら、投擲で2匹、あとは魔法で何匹でゴザルかなあ」


 それを聞いて僕とジャックは固まった。


「魔法?」

「初耳デスヨ?」

「言って無かったでゴザルか?拙者、忍法という魔法が使えるでゴザル!」


 むん、と胸を張るイロハ。


「何故、実力ヲ見タ時ニソレヲ見セナインデス……」

「あの時はてっきり投擲攻撃を見せろという意味かと思ったでゴザル……不味かったでゴザルか?」

「うん、それはもういいや。ニンポウだっけ?それ、どんな魔法?」

「忍法は詠唱の代わりに印を結び発現する魔法でゴザル。拙者は火遁の術と風遁の術、つまり火魔法と風魔法を使えるでゴザル」

「ホー」

「よし。毒胞子の範囲外から倒すのが基本だと思う。まず、あの2匹を投擲で倒し、その後は火魔法で倒していく。ジャックはイロハの盾。僕は後方に待機して、怪我や麻痺の回復に専念する。それでいい?」


 こくりと頷く2人。


「あの、わたくしは……」

「僕の後ろに」

「はいっ。ポーション持ってきたので、いざという時はお任せください!」


 ゾラさんは色んなポケットからポーションを取り出して見せた。……まとめて持ってた方が良くないかな?


「よし、では作戦開始!」

「承知!」


 イロハは腰を曲げた低い体勢で2匹のマタンゴに近寄っていく。ある程度距離を詰めると、懐からクナイを2本取り出し、それぞれの手に持った。


「ていっ、ていっ!」


 イロハの手を離れたクナイは糸を引くように飛び、マタンゴの額に吸い込まれていった。

 ん?1本はクナイでは無かったような。


「はうっ!牛タン串投げてしまったでゴザル!」

「うわあ」

「エエエ」


 串が丈夫な鉄串だったお陰で、ダメージを与える事は出来たようだ。


「ギュイイィィ……」


 1匹は音もなく倒れたが、もう1匹は断末魔のような声を上げた。


「不味いッ、仲間を呼びました!大量に来ますよ!」


 ゾラさんの声に緊張が走る。

 イロハが不安そうにこちらを見た。


「作戦続行。むしろ魔法に何匹も巻き込めて好都合だ。ジャック、頼むね」

「オ任セ下サイ」


 ジャックはイロハの前に立ち、大盾を構えた。

 やがて地面から振動が伝わってきた。


「こりゃ多いね」

「うう……」

「いろはサン、気ヲシッカリ!」


 キノコの傘が蠢きながら近付いて来るのが見えてきた。その光景はまるで集団暴走(スタンピード)だ。


「イロハ、距離を詰められる前に1発打って!」

「承知仕った!」


 イロハは両手を合わせ、指を立てたり折ったりして様々な形を造る。これが¨印を結ぶ¨ということなのだろう。


「忍法!『火遁の術』っ!」


 イロハの合わせた両手から炎が吹き出す。

 その炎はジャックを掠めて扇状に広がり、マタンゴの群れを焼き払う。


「ギュイッ」

「ギュギュイィ」

「アチッ、アチッ」

「ギュー……」


 射程は比較的短いが、威力は想像以上。これならいけそうだ。

 ちなみにアチアチ言ってるのはジャックである。


「ジャック、次からはイロハが印を結び始めたら下がって。イロハ、突出してくるマタンゴはジャックに任せて、群れの塊を狙って」

「了解シマシタ!」

「承知!」


 焼きキノコとなった同族の亡骸を乗り越えて、マタンゴの群れが再び迫る。1匹ずつ襲ってくる個体はジャックが大盾で弾き、剣で裂く。やがて大きな群れの塊がやって来た。


「忍法!『火遁の術』ぅ!」


 イロハの手から再度、炎の噴射が放たれる。

 炎に飲まれたマタンゴ達は次々と倒れていく。


「よしっ、良い調子だ!……ってイロハ!?」


 イロハは膝を突き、息を荒げていた。


「ふえぇ、魔力切れでゴザルぅ~」

「うそっ!」

「早ッ!」

「拙者、レベル4でゴザルからぁ~」


 極力、イロハに稼がせてやりたい。

 稼がせてやりたいのだが、地面の振動は未だ続いていて、のんびりとはしていられない状況だ。


「ジャックはそのまま、僕とイロハが交替。ゾラさん、イロハを後ろへ!」

「はい!」


 ゾラさんが進み出て、イロハの両脇を抱え下がっていく。ズルズルと引きずられるイロハは、口をへの字に曲げていた。


「無念……」

「いいから休んでなさい。ジャック、来るぞ!」

「ハイッ!」


 それから僕はジャックのアシストを受けながら、ひたすら『ファイヤーストーム』を唱えた。焼きキノコが積み重なり、辺りに香ばしい匂いが充満してきた頃。


「のえるサン、魔力ハ?」

「まだ大丈夫。司祭って魔力だけはあるからね」

「デハ最後マデイケソウデスネ」

「うん、群れの塊も途切れ途切れになってきたし」

「ッ!来マシタヨ!」


 地響きを上げて、まるで最後の足掻きであるかのように、大きな群れが迫ってきた。


「我が招くは恋い焦がれ焼き焦がす者!焔の娘らよ舞い踊れ!『ファイヤーストーム』!」


 もう何度目かもわからない焔の嵐がマタンゴの群れを襲う。


「ふうっ。これで終わりかな……んっ?」


 嵐が去り視界が戻ると、香ばしい焼きキノコの山が出来ていた。その山の一部がぐらぐらと揺れている。


「生キ残リデスネ……焼ケ残リ?」

「どっちでもいいから。注意して」

「ハイ」


 ジャックは揺れるキノコの山に近付き、剣でつついた。すると山は更に大きく揺れ、中から無事だったマタンゴが姿を現す。

 しかし、そのマタンゴは。

 僕は急いで鑑定する。


 種族メタリックマタンゴ【すべすべロブレン】


 銀色に輝いていた。

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