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『間もなくイフューン駅に到着します。お降りの際はお忘れ物のないようお願いします』


 僕は御者の声に(まぶた)を開ける。

 車窓の外は明るくなっているのがカーテン越しにでもわかった。


「ふあ~、結局寝てしまったでゴザル」


 目を擦り擦りイロハが愚痴る。

 彼女はせっかくユニコスターに乗ったのだ、絶対に一晩中楽しむのだ、と張り切っていたのだが難しかったようだ。


「ジャック殿は良いでゴザルな~」

「ソウデスネエ」


 睡眠を必要としないジャックは、当然ながら徹夜だ。だが曖昧な返事をするジャックに、きっとまた悪夢を見たのだろうと僕は思った。

 馬車は段々と速度を緩め、やがて止まる。

 御者台から降りる音が聞こえると、程なくしてドアが開かれた。


「お疲れさまでしたー!イフューン駅、到着です!」


 僕達は荷物を持ち、眩しい朝日の中へ降りた。


「目が、目があ~」

「ちゃんと寝ないからだよ、イロハ」


 ジャックは周りを見渡して僕に尋ねる。


「最寄リノいふゅーんマデハ遠イノデスカ?地図上デハ近クニ見エマスガ」

「あの森の向こうにうっすら湖が見えるだろ?あれが地図にあるリンキン湖だよ。その隣にイフューンはあるから、近いと言えば近いね」

「フム」

「ジャック殿はイフューンに用事でも?」

「オ2人ガ朝食ヲトレタラ、ト」

「おお、ジャック殿は気が利くでゴザルな!」

「イエイエ。いふゅーんハ名物ナドナイノデスカ?」

「湖の隣だから水産物だね。湖エビやホロ貝を入れて巨大フライパンで作るパエリアが有名かな」

「ホホウ」

「う、旨そうでゴザルな」


 イロハがじゅるりと舌舐めずりをする。


「いや、目的を忘れちゃ駄目だよ。ユニコスターまで使ったのだから、寄り道せずに行こう」

「……仕方アリマセンネ」

「そんなあ、殺生な」


 未練がましく僕の袖に掴まるイロハを引き摺りながら、ノクト村行きの乗り合い馬車へと乗り込んだ。



 ノクト村は牧畜を主な産業とする村だ。

 高原に位置するこの村は周囲一面を緑の絨毯に覆われ、その緑を牛達が()んでいた。


「ノドカデスネエ」

「牛さん大きいでゴザル!」


 ノクト村の牛は長毛種で大きい。性格は大人しいのだが、近くを通ると少しおっかなかった。

 村は石造りの家がぎゅっと狭い間隔で並んでいて、大自然の中で身を寄せあっているように見えた。


「おっ、食堂があるでゴザルよ!」


 イロハが返事も待たずに走り出した。


「チョットいろはサン!マッタク、忍者ふろっぐすハくーるナノニ……」

「まあまあ。このサイズの村にはギルド無いから、情報収集にはちょうどいいよ」


 僕達はイロハに続いて〈黒牛亭〉と書かれた看板のかかった建物に入った。ドアを開くと、威勢の良いお姉さんが出迎えてくれた。


「いらっしゃい!珍しいね、外のお客さんかい」

「ええ、そうです」


 イロハは既にテーブルに陣取って、メニューを睨み付けていた。


「拙者、これとこれにするでゴザル!」


 選んだのは牛串焼き3種盛りとテールスープ。字面だけで旨そうだ。そう言えば朝食も食べて無いのを忘れていた。

 僕も同じものを頼み、ついでに質問する。


「ここらにはドラゴンフライが出るそうですが」

「ああ、でるよ。あいつらは牛を食べるからホント困るよ」

「牛さんを食べる!?あの大きい牛さんをでゴザルか?」


 イロハが驚いて尋ねると、お姉さんは手をひらひらと振って答えた。


「殺して食べる訳ではないのさ。お尻に止まって毛をムシって、お尻の肉を(かじ)るんだよ」


 これには僕も驚いた。


「生きたまま、ですか!」

「そうとも。その時の傷そのものでは死なないけど、病気になって結局は死んじまうね」

「はあ~」

「我々はドラゴンフライの駆除をするつもりなのですが、生息地等の情報を教えてもらえませんか?」

「んー、そりゃ無理だね」

「エッ」

「何故でゴザル?」

「今年はもうドラゴンフライ出ないからねえ」

「エエッ!?」

「ほ、本当でゴザルか!?」

「ああ、間違いないよ」


 僕は両手で頭を抱えた。

 こういうことは冒険には付き物だ。付き物なのだが、これだけ移動した後だと気持ちがすっかり萎えてしまう。これでは今回の冒険は馬車で移動しただけである。……ユニコスターは楽しかったが。

 お姉さんは僕達の反応を見て、察してくれたようだ。


「もしかしてレベル上げってやつかい?」


 僕は頭を抱えたまま頷いた。


「それならちょうど良い話があるよ、少し待ってくれるかい?」




 厨房から良い匂いが漂い出した頃、お姉さんは1人の男性を連れて戻ってきた。


「この人は学者のゾラさん。ドラゴンフライを駆除してくれた、この村の恩人さ」


 紹介されたのはポケットがやたらと付いた服を着た、ボサボサ頭に無精髭の青年だった。


「恩人だなんて、大袈裟ですよぉ」


 ゾラさんが頭を掻く度にテーブルに白いものが落ちる。食事前に止めて欲しい。


「それで、良い話とは何でゴザル?」


 イロハがテーブルを払いながら尋ねる。


「実はですね……」


 ゾラさんは僕が勧めたイスに座り、語り出した。


「あ、わたくしこういう者です」


 そう言ってポケットの1つから冒険者カードを取り出した。


「冒険者ナンデスネ」

「学者って職業なんですか、珍しい」


 僕とイロハも冒険者カードを出し、ジャックの事も紹介した。


「司祭に忍者、それに使い魔スケルトンですか。あなた方こそ珍しい」


 興味深げに僕達を観察するように見る。


「おっと、説明でしたね。わたくしはモンスターの生態を調べておりまして。この村がドラゴンフライの被害に困っていると聞き、わたくしの知識で解決出来ないかと参った次第です」

「それは素晴らしい事でゴザルな!」

「いやあ、あはは。それでですね、調べていくとドラゴンフライは高原の端にある洞窟を繁殖地としていることがわかりました。そこでわたくしはマタンゴ菌を撒く事にしました」

「マタンゴ?あのキノコ型モンスターの?」

「ええ、そのマタンゴです。鍾乳洞はマタンゴの生育に適した湿り気の多い日陰であり、その地形自体もマタンゴの狩りに適している為です」

「狩り、ですか?」


 正直マタンゴの狩りと言われてもピンとこない。


「マタンゴは麻痺性の毒を持っています。その毒を胞子と一緒に撒き散らして、動けなくなった動物を菌床とするのです」

「うえ~」

「結構残酷デスネ」

「自然は残酷なものです。洞窟の狭い空間は胞子を充満させるのに適しているわけです。思惑通りドラゴンフライの群れを全滅させる事に成功しました」

「おお、大成功ですね」

「……そこまでは。今度はマタンゴが増えすぎました」

「あー」


 ゾラさんはボサボサ頭を深々と下げた。


「わたくし自慢ではありませんが戦闘能力皆無なのです。どうかマタンゴの駆除に協力して下さい!」


 僕達は顔を見合わせた。

 ドラゴンフライの群れの代わりにマタンゴの群れ。

 これはこれで良いのでは?

 イロハとジャックも同じ結論に達したようで、互いに頷き合う。


「引き受けます!」


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