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 翌朝。

 窓の外から発せられる声に目を覚ました。


「イチッ!ニッ!サン!」


 テンポ良く弾むその声は庭の方から聞こえてくる。


「ジャック……何の騒ぎ?」


 春の暖かさを含む眩しい光の中、ジャックは振り返った。


「オハヨウゴザイマス、のえるサン!」


 そう言って汗を拭う仕草をするジャック。

 不釣り合いな爽やかさに僕の背中に鳥肌が立つのがわかった。


「いや君は汗かかな……もういいや」


 僕はツッコミを放棄してジャックの両手を見た。

 右手に剣、左手に大盾を持ち素振りをしていたようだ。


「戦いの練習?」

「ハイ。たるたろす公爵ガ昔、話シテイタノヲ思イ出シタンデス。朝ノ訓練コソガ一流ト二流ヲ分ケル、ト」

「ほほう」


 タルタロスの強さは常軌を逸していた。彼の言うことならば真実なのだろう。

 ジャックがあの域に到るとは到底思えないが、永い時間を生きるアンデッドならば、小さな積み重ねがあの常識はずれな強さへと変貌させるのかもしれない。


 訓練を終えたジャックと準備を整え北門へ向かうと、すでにイロハが待っていた。

 巨大なリュックを背負って。


「お早うでゴザル!」

「お早う。なんだい、その大荷物」

「ソレ……いろはサンヨリ大キクナイデスカ?」


 うん、間違いなく大きい。


「イロハ、荷物を半分……いや4分の1にしておいで。まだ時間あるから」

「これは異な事を!備えあれば憂いなし!と申すでゴザろう!」


 不満を露にするイロハを、ジャックが大盾で軽く押した。それだけでイロハは仰向けに倒れ、リュックの上で足をバタバタさせた。


「何をするでゴザルぅ!」

「マルデ亀デスネ」

「忍者が俊敏性を失ってどうするの?」

「ううっ」


 僕とジャックが荷を改めると、キャンプ用品から暇潰し用の知恵の輪まであらゆる物が出てきた。


「今回はキャンプとかしないからこれだけでいい。後は戻しておいで」

「うう、殺生な……」


 しょんぼりとリュックを背負い帰るイロハを見送りながら、ジャックが呟いた。


「てんしょんガ上ガッテシマッタンデスカネ」

「ずっとレイロアに居たみたいだし、盛り上がってしまったのだろうね」


 レイロアンヒーローに通い詰めていた彼女にとって久々の遠出なのだろう。



 ◇



「日程ノホトンドハ移動デスネ」


 乗り合い馬車に揺られながら、僕達は地図とにらめっこをしていた。


「ノクト村までの往復にかかる時間を考えると、ドラゴンフライ狩りに使える時間は1日、か」

「ソノ日ニどらごんふらいガ出現シナカッタラ終ワリデスネエ」

「不吉な事を言うでゴザルな」


 確かに不吉な事だが、そういう不運というのは冒険においては度々訪れるものだ。不運を想定しておくのも大事なことである。


「仕方ない、移動時間を短縮しよう」

「ヘッ?ソンナ簡単ニデキルモノデハ……」


 僕は地図上にある〈大街道〉と書かれた部分をなぞった。


「もうすぐ大街道に出る。ここで短縮する」

「そう申されても一体どうやって……まさか!?」


 僕は驚きを隠せない様子のイロハに頷く。


「ユニコスターを使おう」


 口をあんぐりと開けるイロハに対し、ジャックはキョトンとしていた。


「ゆにこすたあ?」

「そ。ユニコスター。ジャックは知らないか」


 そう言ってる間に乗り合い馬車はゆっくりと減速し、完全に停車すると御者が告げた。


「終点、大街道前でございまーす」


 大街道は言わずと知れた交通の大動脈だ。

 石畳で舗装された道は馬車5、6台は並んで走れる程の道幅があり、それが大陸を横断している。

 僕達は石畳の端にあるレイロア駅で料金表を見ていた。


「タッ、高……」

「ノクト村の最寄り駅まで1人3千シェルか」

「普通の馬車だと9百シェルでゴザルよ?」

「その代わり2日かかる所を1日で行ける」


 本来なら今日は駅近くの安宿に泊まり、明日の早朝から1日半かけて大街道を東へ。残りの半日でなんとかノクト村へ、という日程になる。

 これから夜行のユニコスターを使えば明日の朝には最寄り駅に着いている。そこからゆっくり1日かけてノクト村へ向かっても1日浮くのだ。帰りもユニコスターを使えば更に1日浮く計算だ。


「背に腹は代えられない。夜行のユニコスターで行くよ」

「センパイ、太っ腹でゴザルな!」

「交通費はドウセツに請求する」

「センパイ、鬼でゴザルな……」


 必要経費って奴です。



 2時間後。

 僕とジャックは駅の中のベンチに並んで座っていた。

 夕刻頃、つまりはもう間もなく夜行のユニコスターは到着するはずだ。すでにチケットは購入済みである。


「まだでゴザルかまだでゴザルか」


 僕達の前をイロハがあっちに行ったりこっちに行ったりと(せわ)しなく歩いている。


「少シ落チ着イテクダサイ、いろはサン」


 ジャックが窘めるがイロハは興奮を押さえられない。


「だってユニコスターでゴザルよ!?ああ、レイロアへ来るときに見た、あの神々しい姿……あれに乗れる日が来るとは」


 イロハは両手を顎の辺りで組んで、斜め上をうっとりと眺めている。


「ソンナニ凄インデスカ?」


 ジャックが僕に尋ねる。


「……実は僕も乗った事無いんだ」

「エエッ?」


 僕の足は緊張で細かく震えていた。

 そんな中。


「2番乗り場にユニコスターの到着でェーす!黄色い線の内側までお下がりくださァーい!」


 太っちょ駅員の大きな声に、僕達は色めき立つ。

 やがて目の前の2番乗り場に真っ白な馬車が入って来た。

 駅馬車一角獣(ユニコーン)4頭立て。

 それがユニコスターだ。

 馬車を引く一角獣から馬車、装具に至るまで白一色。


「チケットをお持ちの方はお並びくださーい」


 これまた真っ白な制服を着た御者の女性が、御者台を跳び降りて馬車のドアを開いた。

 僕達は1人ずつチケットを渡し、半券を貰って乗車する。

 内装は打って変わって茶色を中心とした落ち着いた雰囲気。ソファのような席に腰かけると、柔らかく沈みこむが心地よい反発もある。


「うわぁーうわぁー」


 相変わらず落ち着きのないイロハ。

 ジャックもキョロキョロと視線を動かしていた。


「凄イモノデスネエ」

「うん。高いだけある」

「……マダ緊張シテマス?」

「足を見てくれ」


 未だ細かく震えていた。

 乗客は僕達3人だけのようだ。


「ドアが閉まります、ご注意くだーい」


 御者はドアを閉め、御者台へと移動した。


「シカシ御者ハ女ノ子ナンデスネエ」

「そりゃそうだよ。一角獣(ユニコーン)はうら若き乙女にしか飼い慣らせない」

「ホホゥ」

「これは!これは何でゴザルかな?」


 イロハが壁に咲いた金属製の百合飾りを覗きこむ。


『ご乗車ありがとうございます』

「うわあっ!?」


 突然、百合飾りから御者の声が響き、驚いたイロハがひっくり返る。

 これは魔法でも何でもない、管を通して音を伝える単純な装置。確か、伝声管とかいうやつだ。


『ユニコスター夜行12便、御者のスワンです。これより皆様を快適で安全な旅へとご案内致します』


 直後に一角獣の(いなな)きが聞こえ、ゆっくりと馬車が動き出した。車窓から見える景色は段々と流れる速さを増し、通常の馬車の最高速に達してもなお、その加速は衰えない。

 やがてその景色は遠くを見ないと直視出来ない程になって、ようやく速度を維持し始めた。


「速いでゴザルー!」


 窓から身を乗り出そうとするイロハを、ジャックが必死に止めている。

 この速度に達しても、揺れは通常の馬車よりもかなり少ない。大街道の石畳の上ということもあるが、きっとこの馬車自体も振動を吸収する仕組みがあるのだろう。

 僕はやっと緊張も収まり、クッションに深く座り直した。背をもたれ、イロハとは逆の車窓に目を向ける。


 夕闇迫る大街道の空には、気の早い星達が瞬いていた。


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