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 冒険者ギルド閲覧室。

 歴代の冒険者達が集めた情報が所狭しと並んでいる場所。

 その情報は古い物から新しい物まで、きちんと裏取りされた物から非常に疑わしい物まで様々だ。

 この中から必要な情報を引っ張り出すのも冒険者が備えるべき能力の1つだろう。


「ええーと、ここでゴザルかな?」


 イロハが書類をかき分ける。


「違ったでゴザル!こっちかな?」


 間違えた書類をそのままに、今度は冊子を漁る。


「んー!ここにも無いでゴザル!」

「ウルサイデスヨ!何デイチイチ喋リマスカネ!」


 ジャックは机を叩いて抗議の声を上げた。


「あうっ、申し訳ゴザらぬ」


 どうもイロハは落ち着きがない。

 忍者の語源はもの凄く我慢する人だと本で読んだ事があるが、イロハには当てはまらないようだ。


「ジャック、何かあった?」

「アルニハアルノデスガ」


 ジャックは地図と書類を見比べながら難しい顔をする。


「時期ガ合ワナイデス」

「そうなんだよねえ」


 多数の敵が定期的に出る場所は調べると割と出てくるのだが、大抵は時期があるのだ。

 あの森では夏になるとジャイアントビートルが大量に発生するとか、あの岩山には冬になるとハーピーが群れで渡ってくるといった風に。

 この中から今の時期に大発生するモンスター、それも強すぎず弱すぎずの手頃なモンスターを探さなければならない。


「コレハドウデショウ?」

「ゲイズハウンドは単体でも厄介だよ。群れに麻痺視線を向けられたら全滅だ」

「ソウデスカ……」


 こんな感じで2人で検討を続ける事1時間。

 調べた中でも幾分マシな情報を見付けた。


「ノクト村周辺、毎年春にドラゴンフライ大発生か」

「地図ダト少シ遠イデスネエ」

「何もトラブル起きなければ1週間で戻ってこれるけどね」

「シカシ冒険ニとらぶるハ付キ物デス」

「うん、それはその通り」

「強サハドウナンデスカ?どらごんナンテ付イテマスガ」

「強くはない。そう呼ばれるのは爬虫類っぽい見た目とブレス吐くからだね」

「ぶれす!?」

「そんなに威力はないよ。ちょろっと服が焦げる程度」

「フム」


 ジャックは顎に手をやり考えている。


「今のところ現実的なのはこれかな、と思う」

「ソウデスネ……いろはサンハドウ思イマス?」


 2人でイロハに視線を向けると、彼女は紙の山に埋もれていた。


「ぶはっ!お2人のお勧めなら異論は無いでゴザル」

「……それ、ちゃんと戻すんだよ?」

「わかったでゴザル!」



 ギルドを出ると、もう日は暮れようとしていた。

 明日の早朝に北門で待ち合わせる事にしてイロハと別れ、その足で人通りが減りつつある商店街へと向かった。


「何カ買ウノデスカ?」

「魔法石だよ」


 今回の冒険はたった3人、しかもイロハは駆け出しだ。僕が準備を怠る訳にはいかない。

 行きつけの魔法屋で1つの魔法石を購入し、帰路に就いた。


「ソレ何テ魔法デス?」

「これは『ウォーターベール』だよ」

「名前カラシテ水ノ魔法デスカ?」

「うん。河賊と戦った時、『ファイヤーストーム』を防がれたの覚えてる?」

「アリマシタネ」

「あの時、奴が使ったのが『ウォーターベール』だと思うんだよね」

「ホホウ」


『ウォーターベール』は水を呼び出し任意の対象物を包む魔法である。つまりブレス対策にはもってこいの魔法なのだ。

 ドラゴンフライのブレスは弱いとはいえ、一斉に吐かれると厄介かもしれない。加えて、今後訪れるであろうブレスを使うモンスター戦を見据え、備えておくという意味でも悪くない。


「魔力さえあれば水不足にならないってのも良いね」


 調子よく魔法について語っていたが、あるはずのジャックの相槌が返ってこない。


「ジャック?」


 後ろを振り向くと、ジャックは防具屋の前で足を止めていた。

 僕の呼びかけの声も届かないようだ。

 彼はじいっと食い入るようにショーウィンドウを見つめ、その視線は全く動かない。


 僕はこのパターンに覚えがある。

 すぐ近くまで寄ってから、もう一度呼びかけた。


「ジャック」

「……のえるサン」

「どれだい?」

「コノ大盾デス」

「そう……」


 木の土台に鉄板を貼り付けた簡素な大盾に見える。が、ジャック所縁の物ならば何か謂れのある物なのかもしれない。


「欲しい?」

「ハイ」

「生前の持ち物なんだね?」

「……イイエ?」

「……」

「……」


 僕はジャックの喉仏を掴み、怒鳴った。


「紛らわしいよ!意味ありげに立ち止まったりしてさ!」

「のえるサンガ勝手ニ勘違イシタンデショウ!?」


 ジャックも僕の胸ぐらを掴み反論する。


「この、アホ骨!」

「ナ、ナ、ナンテ事ヲ言ウノデスカ!」

「まず僕に言うことあるだろう!」

「ンー、買ッテ?」

「上目遣いで何言ってるんだ!」


 僕達が言い争っていると、店内から恰幅のいいおばさんが出てきた。


「あんたら店の前で何をドタバタやってんだい!!」


 僕とジャックは首根っこを掴まれ、店の中へずるずると引きずり込まれた。


 30分後。


「結局買わされた……」

「何ダカスイマセンネエ」


 僕はジャックに負けたのではない。店主のおばさんの圧力に負けたのだ。


「安かったからまあいいよ」


 ジャックは安っぽい大盾を担いでご満悦だ。


「生前の装備に盾は無かったの?」

「アリマシタ」

「生前の物でないのに、この盾で良かったの?」

「生前ノハ小盾デシタ。デモ大盾ガ欲カッタノデス」

「何でまた」

「ゔぁーのにあデノ旅デ考エタンデス。私ハ、今大事ニシテイル人達ヲ守リタイ。己ノ身ヲ守ル小サナ盾ヨリ、皆ヲ守レル大盾ガ欲シイト思ッタノデス」

「ジャック……もの凄くクサいよ」


 僕は茶化すように言う。


「フヒヒヒ」


 ジャックは顎骨をカタカタ揺らしながら笑った。

 僕はジャックの変化をとても好ましく思った。


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