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「上がり難いって、どれくらい?」
ドウセツは無言で顎を上げ、イロハに答えるよう促した。イロハは答え辛そうにポツリ、ポツリと小声で話し出した。
「この間まではパーティ組んでいたでゴザル。でも拙者がレベル3になった時には他の皆はレベル10を越えてたでゴザル」
「ソレハマタ遅イデスネ……」
小柄なイロハがシュンとして更に小さくなる。
「戦闘で足を引っ張るぶん、パーティの荷物持ちでも何でもやったでゴザル。少しでも役に立てるならと思って」
膝に置いた手をぎゅっと握りしめながら続ける。
「でも必要ないって。お前必要ないって言われたでゴザル。忍者なんて名前だけで役に立たないって」
「もういい」
僕は古傷をほじくり返された気分だった。
久々に思い出した最初のパーティでの苦い経験。
この子は4年前の僕だ。
「引き受ける」
即決した。
感情のままに、ジャックにも相談せず決めてしまった。
「のえるサン……」
ジャックが心配そうに僕を見る。
「かたじけない」
ドウセツが深く頭を下げた。
「ただ、1つだけ。期間が1週間ってのは短いよ。特に司祭や忍者には」
「それはわかっておる……が、どうにか1週間でイロハのレベルを上げて欲しいでござる」
「エッ!?れべる上ゲナキャイケナイノデスカ?」
イロハは正座から土下座に移行して懇願した。
「お願いするでゴザル!レベル上げなきゃ拙者は、拙者は……」
僕とジャックはレベル上げなきゃどうなるのかと、気を揉みながら次の言葉を待つ。
「家に帰らなきゃいけないでゴザル!」
「……帰レバ?」
ジャックは冷たく言い放った。
「酷いでゴザル!酷いでゴザルぅ~!」
イロハは泣き顔で必死に訴えるが、これはジャックの反応が正しい。帰らなきゃいけないなら、帰ればよろしい。
「きちんと話さねば伝わらないでござろう」
ドウセツが呆れたように言った。
「イロハの実家は東方。そして、実家に連れ戻されるということは冒険者を辞めるということでござる」
「ああ、なるほどね」
「れべるヲ上ゲレバ帰ラナクテイイノデスカ?」
「拙者、実家を出る時に父上と約束したでゴザル。1年でレベル5になれなければ実家へ戻る、と」
「その1年まであと1週間、というわけか」
「そうでゴザル。拙者パーティを首になってから2か月かけて、やっと先日レベル4になった所でゴザル。なのにこれから1週間でレベル5なんて無理でゴザル……」
「思えばイロハの父君は忍者のレベルの上がり難さを知っていたのでござろうな」
「そうなの?」
イロハは苦い顔で答える。
「恐らくは。父上も忍者でゴザルから」
忍者一族なのか。ならば冒険者などさせたくないという親心もわかる。辛い思いするのは目に見えているからな。
「どうでござるか?やはり難しいでござろうか?」
正直、難しい。
だが、先ほどのイロハの話を聞いては断れない。
「引き受けるよ。よろしく、イロハ」
イロハはぴょんぴょんと跳ねながら僕の手を両手で握った。
「かたじけないでゴザル、ノエルセンパイ!」
「先輩!?」
「レベル上がり難いセンパイでゴザル!」
嫌な後輩が出来てしまった。
レベル上げは明日からにした。
何故なら僕自身が効率の良いレベルの上げ方なんてわかってないからだ。
1週間でレベルを上げる。
適当にモンスターと戦ってても駄目だ。戦略を練らないといけない。その為には情報収集だ。
まずは知り合いで一番レベル高いであろうあの人から聞き込みを始めよう。
・剣士【遅咲きのジル】の話
おや、久し振りだね司祭さま。今日は何の用だい?
効率の良いレベルの上げ方?
そんなものあるわけないさね、どうしてそんな事聞くんだい。
ああ、確かにあたしゃレベル上がるの早いかもしれないねえ。
ん?間違いなく早いって?そりゃ司祭様から見れば誰だって早いさね。
……あらあら、言い過ぎたかね。そんな落ち込まないでおくれよ。ばばあの戯言さ。
お詫びにあたしなりのコツを教えといてやろう。
なに、簡単さ。自分より強い敵を不意討ちで倒すのさ。
そんなの危ないって?大丈夫、大丈夫。こっそり近付いて一撃で仕止めるだけさね。あたしはそれ1本でこのレベルまで来たよ。
レベルかい?年齢にはまだ追い付かないが、だいぶ近付いたってとこだね。
年齢は幾つかって?レディに何を聞いてるんだい!まったく!
・盗賊【黒猫堂店主リオ】の話
何ニャ、金なら貸さないニャ。
経験値稼ぎ?今更なんでそんなこと聞くニャ。
ほうほう、そっちの子は忍者なのニャ。またレアな職業を連れてきたニャ。レアはレアを呼ぶのかニャあ?
そうだった、経験値稼ぎ。
う~~ん……あっ!そうニャ!お手伝いして貰うのはどうニャ!?
わかんニャいかな?要するに高レベルに手伝って貰って経験値稼ぐニャ!そりゃあもう、きっとガッポガッポニャ!
他にレベルの高い知り合いを紹介しろ?
裏通りの〈雨宿り〉ってちっこい酒場にいつもポーリがいるニャ!
・魔法戦士【迅雷のポーリ】
なんだ司祭君、珍しいじゃないか。
よくこの店見付けたな?
なんだリオの紹介か。経験値稼ぎ?
急にそう言われてもな。リオは何て言ったんだ?
……はぁ?そりゃ寄生じゃねえか!絶対にやるんじゃないぞ!
なんでかって?
まず1つ、言うほど稼げない。パーティで敵を倒した時、経験値はパーティメンバーに均等に分配されると思ってないか?そりゃ間違いだ。経験値には貢献度って概念がある。つまり活躍したら沢山、しなかったら少ししか貰えないって事だ。
強い奴に手伝わせたって強い奴が活躍するわけで、結局もらいが少ないんだよ。
そして2つ目。もの凄え嫌われる。
もちろん他の冒険者に、だ。アイツはズルしてる、卑怯な奴だって思われるのさ。
司祭君は只でさえパーティ組みにくいのだろう?冒険者のヘイトを貯めちゃいかんぞ。
ったくリオの奴、ろくなこと教えねえな。
ああ、その話だったな……やっぱりメタリックなアイツじゃねえか?
知らないか?経験値激高のレアモンスターだよ。
あれを狙うのが冒険者のロマンってもんだ、うん。
……見たことねえって?俺だってねえよ、ハハッ。
・鍛冶職人【戦う鍛冶屋エーリク】
よお、ノエル。ローブの調子はどうだ?
ガハハッ、河賊も欲しがったか。そりゃ災難だったな。
経験値稼ぎ?儂の場合は武器を試しに行くのが目的だしのう。思い当たるのは道場くらいじゃ。
何?道場知らんのか。最近の若者は使わない言葉なのかのう。少し寂しいわい。
……おう、すまんすまん。道場とはそうじゃな、レイロアンヒーローみたいな奴じゃ。つまり、短い時間で繰り返し戦える敵のことを道場と呼ぶんじゃ。
儂はワナカーンの奥の火山地帯の道場を使っておった。繰り返しサラマンダーが出る場所があるんじゃ。
儂は火に強いでな、かなり稼ぎ易かったぞ。
「こんなとこかな」
「知らなかった話も結構聞けたでゴザル!」
「聞かなくてよかった話も、ね」
「私、火山ハ嫌デスヨ?」
「火葬されたくないって言うんだろ?わかってるよ。ではこの後は作戦会議といきましょう」
「おー!」
「オー!」