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 僕とジャック、そしてタルタロスは焚き火を囲んで座っていた。馬車を逃した僕達が次の日の馬車まで野営することを選択し、それにタルタロスが付き合ってくれたのだ。

 ヴァーノニアに戻る手もあったが、体力的にも精神的にもまた河を渡るのは避けたかった。


「それで巨人族は見つかったのですか?」

「ウム、見ツケタ」

「おお、それで!?」

「話シテミルト気ノ良イ奴デナ。二晩モ飲ミ明カシテシマッタワ」


 ふっふっふと笑うタルタロス。


「気の良い、ですか?たしか殺人で手配されてましたが」

「奴ハきゃらばんデ奴隷トシテコキ使ワレテオッタノヨ。扱イノ悪サニ耐エカネテ逃ゲ出シタノダガ、ソノ時ニ勢イ余ッテ殺ッテシマッタラシイ」

「はあ~、そんな事が」

「巨人族ハ本来、温和ナ奴ガ多イ……稀ニ血ヲ求メル者モイルガ」


 タルタロスはジャックと再会したこともあり、機嫌良さげだ。一方のジャックは言葉が少ない。今の会話にもまったく入ってこなかった。


「ソレデのえる殿ハじゃっくノゴ友人、デヨロシイノカナ?」


 僕は自己紹介がまだだった事に気が付いて、自分の素性を話した。


「ホウ、司祭!久シブリニ見タワ」

「教会に勤めているわけじゃないですよ?」

「ワカッテイル、ワカッテイル」

「僕と同じく職業司祭にあったことが!?」

「ウム。2、30年ホド前ダナ」


 ずいぶん前だが、僕にとっては重要な話だ。なにせ自分以外の人間の司祭を知らない。


「ソノ頃スデニじじいダッタカラ生キテオルカハワカラヌガナ」


 僕はがっくりと項垂れた。上げて下げられた気分だ。


「……せめてお名前を教えて下さい」

「タシカりぃずべる、ト言ッタ」

「リィズベル……」


 僕はどこか聞き覚えのある名前を、紙にメモしてカバンへ入れた。

 さてそろそろ本題に……そう思ってジャックを見るが相変わらず黙ったままだ。焚き火をじっと見つめながら指をポキポキ鳴らしている。会いたかったはずの人物が目の前にいるのに。

 仕方なく僕が話し始めた。


 事の始まりとなった剣。

 ジャックの悪夢。

 タルタロスを探していたこと。


 僕の説明を腕を組んで黙って聞いていたタルタロスが口を開いた。


「アノ剣ハじゃっくノ物デアッタカ。何トモ不思議ナ縁ヨ」


 タルタロスは感慨深げに話す。


「アレハゔぁーのにあデ流レノ旅商ヨリ手ニ入レタ物ダ。良イ物ダッタノデ、ツイツイ購入シタノダガ、私ハ慣レタ両手剣シカ使ワナクテナ。使ワレヌ剣ガ不憫ニナリ、スグニ手放シタ」

「その商人は今は?」

「ソノ日シカ見テイナイ故、マタ流レタノダロウ」

「そう、ですか」

「悪ルイナ、剣ノ出所ハワカラヌ。代ワリニすけるとんノ記憶ニツイテ話ソウ」

「お願いします」

「結論カラ言ウト、生前ノ記憶ハ戻ラナイ」


 さらりと言い切るタルタロス。それは僕には予想外の答えだった。


「しかし、僕は生前の記憶のあるスケルトンを知っています。執事だったとか、山賊だったとか」


 もちろん、黒猫堂のスケルトン達のことだ。


「ソウイウすけるとんモイルナ」

「では」

「我々すけるとんニ残サレタ記憶ハ、己ノ名ト思イ入レノアル所有物ノ記憶ノミ。所有物ガ職業ニ関ワル物ナラバ、ソウイウ事モアル」

「名前と所有物だけ、ですか」

「ウム」

「では……タルタロスさんが公爵を名乗っているのは?」

「私カ……私ノ覚エテイルノハ、コノ鎧」


 コン、と青色の鎧を叩く。


「ソシテ城ナノダ」

「白?」

「城ダ。建物ダ」

「ああ……って城持ちだったのですか?」

「恐ラク、ナ」

「それって城のある場所がタルタロスさん所縁の場所なのでは」

「ソウカモシレヌ。イヤ、ソウナノダロウ。ダガ場所ハワカラナイ」


 そう話すタルタロスの顔が悲しみを帯びているように感じられた。


「城ノ名ハたるたろす公爵城。ソコマデ覚エテイルノニ、何百年調ベテモ誰モ知ラナイ。書物ヲ調ベテモ出テコナイ」


 タルタロス公爵城なるものが実在するならタルタロス地方とかもありそうだが、僕には全く聞き覚えがない。ずいぶん昔の事なのだろうか。それとも僕の知らない遠い遠い地方の話なのかもしれない。


「すけるとんノ記憶ナド不確カナ物バカリナノカモシレヌ。ソモソモ自我サエ無イすけるとんモイルシナ」


 自嘲気味に話すタルタロスに対しジャックがぼそりと呟いた。


「確カナノハ1度死ンダトイウコトダケ」


 暗いのはやはりそのせいか。

 ジャックは己の死と向き合いはしたが、まだ消化できていないのだ。


「……夢ノ話デアッタナ」


 タルタロスは腕を組んだまま、上を見上げた。


「じゃっく、薄々勘ヅイテイルハズダ。君ノ見ル悪夢ハ人トシテ生キテイタ頃ノ感情ソノモノ。言ワバ人生ノ残リ香ヨ」


 夜空を眺めながらタルタロスは続けた。


「幸セナ夢ガ、ナゼ辛イカ。ソノ幸セハ最早取リ戻セヌト、ドコカデ直感シテオルカラ辛イノダ」


 焚き火の明かりが揺らめいてタルタロスの顔を照らす。


「コノ私モソウダ」


 組んでいた腕を解き、ジャックの肩甲骨をポンと叩く。


「ドコカモワカラヌアノ場所ニ帰リタクテ堪ラナイ」


 驚いたように顔を上げタルタロスを見つめるジャック。


(くち)ズサム事サエ出来ナイアノ曲ガ懐カシクテ堪ラナイ」


 ジャックの顔が歪む。


「顔モ声モ名前サエモ知ラナイアノ(ひと)ガ恋シクテ堪ラナイ」


 歪んだ顔で何度も頷くジャック。


「コノ幸セナ悪夢ハ我々ノ存在ノ一部ナノダ。2度目ノ死ヲ迎エルソノ日マデ、我々ノ心ヲ乱シ続ケルノダロウ」



 沈黙が流れる。

 焚き火の音だけが辺りに響く。



「ソレデモ」


 絞り出すようにタルタロスが言葉を紡ぐ。


「ソレデモ生キロ。我々ハあんでっどダガ敢エテ言ウゾ。ソレデモ生キロ!悪夢ヲ跳ビ越エ、生キ抜イテミセロ!」


 ジャックは顔を両手で覆い、泣き崩れた。

 僕にはタルタロスがまるで自分に言い聞かせているように聞こえた。


「司祭殿。我ガ同胞ヲ宜シク頼ム」


 僕は頷いた。

 頷く事しか出来なかった。

 僕はスケルトンという存在を少しもわかってなかった。こんなに一緒にいるのに。

 僕が泣きじゃくるジャックの背骨をさすっていると、タルタロスが立ち上がった。


「行かれるのですか?」

「ウム」

「どちらへ?」

「次ノ場所、ダ」


 それだけ言うと、タルタロスは暗い森に消えていった。



 翌朝。

 僕は寒さに目を覚ました。冬は越えたとはいえ、野営にはまだ厳しい時期だ。

 ジャックはけろりとした表情で焚き火に枯れ枝を投げていた。


 日が昇るとヴァーノニアから調査班が到着した。

 経緯の説明や、河賊の遺体の場所を案内したりで、結局始発の乗り合い馬車には乗り遅れてしまった。


 僕達は昼の便に乗り、帰路に着く。

 馬車の中でも相変わらずぼおっとするジャック。

 だが暗く落ち込む様子は無かった。

 悪夢を見なくなったわけじゃないはずだ。

 だが、ジャックの中である程度折り合いがついたのではないだろうか?

 ぼおっとしてない時はいつも通りのジャック。

 だが、彼の中で確かに何かが変わった。


 僕はそう感じていた。


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