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「いいローブ着てるな?お前」
僕は思わず自分のローブを見る。〈霧竜のローブ〉に目を付けて追ってきたのか。
「……渡せば逃がしてくれますか?」
「いいだろう。ローブをその倒木に掛けろ」
リーダー格の男は即答した。
思わず信じてしまいそうになるが、恐らくは嘘。というのも……
戦士【残酷なアンソニー】
鑑定結果がこれなのだ。ローブを脱いだ後、残酷に殺されてしまうのだろう。
「そうやって騙すのですね?」
リーダー格の男の目付きが変わる。
「だったらどうした?お前が選べるのは楽に死ぬか苦しんで死ぬか、その2つだけだ」
ガリガリとチビが下品な笑いを浮かべる。
僕はため息をついて言い放った。
「親が聞いたら泣くよ、アンソニー」
「なっ!」
「なんで
3人が動揺した隙に『フロート』を唱える。対象は目の前にある横倒しの倒木。
「よいしょっ!」
浮いた倒木を3人に向かって蹴り飛ばす。
「何だこりゃ!?」
「ぐえっ」
土煙が上がる。3人にダメージがあるかはわからないが……
「よし、逃げるぞジャック」
「エッ、戦ウノデハ?」
「戦う為に逃げる」
敵が自分達より多い場合、相手を分散させて各個撃破すべし。冒険者になった時に受ける教習で口を酸っぱくして言われたものだ。
思惑通り、3人は足並みを揃えずに追ってくる。
先頭にいるのはチビ。まずはこいつだ。
僕は足を止めて魔力を練る。僕の持つ最大火力の魔法『ファイヤーストーム』を唱える為だ。
チビは立ち止まった僕に全速力で駆け寄ってくる。チビとの距離と速度から詠唱に入るタイミングを計っていると、ガリガリから警戒を促す声がかかった。
「待て!何か狙ってるぞ!」
チビは急停止し、すぐさまバックステップで距離をとる。
バレてしまった以上、詠唱の必要ない『バレット』に切り換えるべきか、などと思案していると。
「食らえ!『ハイドロショット』!」
こぶし大の水の球がガリガリの手のひらから無数に放たれた。
「くっ!」
「グエッ」
僕は小さく屈み難を逃れたが、ジャックは何発か貰って後ろ回りに転がっていった。ガリガリから目を離さずにジャックへ声をかける。
「大丈夫か、ジャック!」
「……エエ、何トカ。火属性ジャナクテ良カッタ」
「火葬されるとこだったね」
いつも通りのやりとりだが、僕達に笑みはない。
魔法を使ったということは、
魔法使い【悪知恵ノリス】
魔法使いである、と。チビはどうだ?
盗賊【手癖の悪いピーター】
3人共が職業持ち。
魔法使いまでいる。
これが意味するのは……
「冒険者崩れ、か」
「ウヒヒッ、やっぱわかるぅ?」
冒険者でなくても職業持ちはいる。
猟師はたいてい狩人だし、教会に勤める人は僧侶が多い。兵隊は戦士だろう。だが、魔法使いは冒険者以外だと稀だ。
「やっどおいづいだ~」
そうこうしている内にリーダー格の男に連れられて大柄な男も来てしまった。改めて見ると大きい、って言うか人にしてはデカ過ぎないか?
「ビビってるな?ヘッヘッ。こいつは珍しいハーフトロールよ」
チビが得意気に話す。
「ハ、ハーフトロール!?」
「可能ナノデスカ!?イヤ、何ガトハ言イマセンガ」
下世話な話だが僕も同感だ。いや、母方がトロールなら可能か……可能なのか?
「おい、ジバゴ。こいつらお前の親を馬鹿にしてるぞ」
リーダー格の男が大柄な男を煽る。
「ばが?お、お前らかあぢゃんをばがにするのか?」
ジバゴと呼ばれた大柄な男は、手にした丸太のような棍棒を振り上げる。
「かあぢゃんばがにするなあ!!」
ズガン!と地面を叩くと地響きが起こった。
大柄な男は尚も地面を叩いて不満を表現し、その度に地面が揺れる。
確かにこのパワーはトロールに通ずるものがある。こんなのを近寄らせてはいけない。
僕は練ったままになってる魔力を使い詠唱を始める。
「我が招くは恋い焦がれ焼き焦がす者!焔の娘らよ舞い踊れ!『ファイヤーストーム』!」
狙いはもちろん大柄な男。
他の3人はともかく、こいつの体格なら避けられないはず。
森の中に起こった火炎旋風は周りの木々を焦がしながら大柄な男を巻き込む。……が。
「ヒッヒッ、危ねえ魔法持ってるじゃねえか」
大柄な男の前にはガリガリがいた。2人共無傷だ。
「どうやって
僕が思わず呟くとジャックが答えた。
「水ガ彼等ヲ包ムノガ見エマシタ」
何らかの水魔法で中和したってことか。
「逃げるよ、ジャック」
「マタ戦ウ為デスカ?」
「いや、今度は本気で」
僕は冒険者パーティを相手にする恐ろしさを痛感していた。モンスターを観察し、対応し、連携し、倒す。今はそのモンスター役が僕とジャックだ。
初見の『ファイヤーストーム』も完璧に防いで見せた。¨元¨が付くとはいえベテラン冒険者クラス、ランクで言えばBランクパーティって所だろう。
「少々ナメてたな。若いから捕らえて奴隷商にでも売ろうと思ってたが……殺るぞ」
リーダー格の男の声にチビやガリガリから笑みが消える。4人は分散して間隔を取った。このままでは囲まれて殺られる。
「逃げるぞ!」
「ハイ!」
僕とジャックは同時に向きを変え、走り出す。
だが数歩走ったところで右足を激痛が襲った。
「うぐっ!」
「のえるサン!」
僕は堪らずバランスを崩し、走り出した勢いのまま地面に転がった。痛みの元を見やると、右足のふくらはぎから矢が生えていた。
ボートに乗っている時に矢を射掛けられたのを思い出す。奴等の仲間に射手がいた。多分そいつだ。
僕はキョロキョロと辺りを見回すが射手の姿はない。目を凝らしても木々の枝が風に揺れるだけだ。弓に加え身を隠す上手さ。狩人か。
「ククッ、今度こそ鬼ごっこはおしめえだな」
チビがカットラスをクルクル回しながら近寄ってくる。
「大人しくしてろ。痛くしねえからよ、ウヒヒッ」
ガリガリも腰からダガーを抜いた。
「待て」
チビとガリガリを制止する声が響いた。