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『ついに、ついに!タルタロスの素顔が明らかになったーーっ!!』
ワッと沸く観客。
中から現れたのは豊かな金髪。
そして幼さの残る色白の男性だった。
『絶対王者の正体がこんな若者だったとは!私も驚いております!』
数少ない女性客から黄色い歓声が上がる。
「偽……者?」
「間違イナイデス」
僕はがっかりしたような、ほっとしたような複雑な気持ちだった。ジャックも同じだろう。
ほっとしたのは、もしスケルトンだとバレた場合その場で処分されてしまう可能性があるからだ。
僕は忘れそうになるが、スケルトンはモンスターである。街に潜り込めば普通の人間は恐れおののくものだ。
今ジャックの着ているフード付きマントもその対策で、レイロア以外では常に着てもらっている。もちろん使い魔証明章も持たせているが、相手がそれに気付いてくれる保証はない。
ジャック自身も人間に怖がられると傷付いてしまうナイーブな性格なので、文句も言わず着てくれている。
「偽者って、あんちゃん達はタルタロスの知り合いかなんかか?」
「あ、いや、はい。知り合いなんです」
「別人か」
「ええ」
「なるほどな。いくらなんでも最近ショボ過ぎたからなあ」
隣の男は独り納得したように何度も頷く。
「しょぼクナッタノハ、イツ頃デスカ?」
「1週間くらい前かね。はっきりとはわからねえ」
「ソウ、デスカ」
ジャックは少し落ちこんでしまった。
僕は励ましも兼ねて提案した。
「あの偽タルタロスに話を聞きにいこう。何か知っているかもしれない」
「……確カニ。ソウシマショウ!」
ジャックが元気を取り戻した所でまた歓声が上がる。闘いに動きがあったようだ。
素顔を晒した偽タルタロスがデンジャラスジョーに自分の兜を前後逆に被せ、視界を奪っていた。
デンジャラスジョーは必死にもがくが、なぜかピッタリはまってしまったようで外れない。
その隙に偽タルタロスは鎖を解いて後ろへ回り、そのままスリーパーホールドをかけた。デンジャラスジョーは手を振り回して抵抗するが段々と勢いが弱まり、ついには力を失った。
『デンジャラスジョーが落ちた!絶対王者は兜を脱いでも強かった!勝者、タルルルゥタロオス!!』
手を上げて歓声に応えるタルタロス。その笑顔は歓喜というより安堵した時のものだった。
「よし、控え室へ行こう」
「ハイ!」
隣の男に挨拶してから控え室を探す為、席を後にした。
「と、歩き出したはいいものの」
「控エ室ハドコデスカネ」
この大きなテントは中央が闘いの場で、その周囲を観客席が取り囲んでいる。控え室のスペースは無さそうだ。
「外ノてんとデスカネ」
「裏に回ってみよう」
入り口を出て、テント沿いにぐるりと裏に回る。そこには詰めかけた女性客に手を振る偽タルタロスと彼を護衛する闘技場の従業員達がいた。
「はい、そこ!下がって!」
女性客を制止する従業員にジャックが話しかける。
「アノー、チョットたるたろすサンニ用ガ」
「あん?こっちに用はない!下がって!」
ジャックは従業員に押され、女性客の中に混じってしまった。もみくちゃにされながら後ろで見ていた僕の方へ流されてきた。
「ダメデシタ」
「よし、じゃあ僕が」
僕も従業員の方に近付いていく。話しかけるターゲットはジャックの話した従業員ではなく、その後ろのターバンのおっさん。この場で一番偉そうに見えたからだ。
「あの、すいません」
僕はターバンのおっさんに声をかけ、手招きした。
おっさんはチラッと見てから無視したが、僕がしつこく手招きしていると根負けして寄ってきた。
「何の用だ坊主」
僕は更に手招きしてもっと近寄るよう促す。ため息をつきながら近くに来たおっさんの耳元で囁いた。
「本物のタルタロスについてお話が」
◇
控え室のテントは意外とこじんまりとしていた。
「で?幾ら欲しいんだ!?」
ターバンのおっさんは控え室へ入るなり、凄むような口調で問い詰めてきた。
「オ金クレルンデスカ?」
待て、ジャック。くれると言われたらすぐ貰おうとするのは止めろ。
「聞きたい事があるだけです」
「ん?口止め料が欲しいんじゃないのか?」
「私達ハたるたろす公爵ノ行方ヲ追ッテイルノデス」
「行方?ふん!こっちが聞きたいわ!」
ターバンのおっさんは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「奴は突然出ていった。折角人気も定着してきた所でな!」
ターバンのおっさんは折りたたみ式のイスに乱暴に座り、葉巻に火を付けた。
「私より強い奴に会いに行く、とか言ってな。バカじゃねーのか」
ふうっ、と吐いた煙がテントに充満していく。
「その強い奴ってのは誰かわかりますか?」
「わからねえ。だが恐らくアレだ」
ターバンのおっさんが目配せすると横に立っていた従業員がテントの荷物を漁り始めた。
「……まだか!?」
「っ、はい!ありました!」
従業員が差し出した紙を奪い取り、ついでにその頭を
「っ、痛う」
頭を押さえる従業員を尻目に、奪い取った紙を僕達へ投げた。ジャックと2人で覗きこむ。
「賞金首?」
「巨人族か」
その紙は賞金首の手配書だった。
巨人族ノトム=ノッドム
異名 人類の敵
罪状 殺人、器物損壊
賞金額 50万シェル
備考 ヴァーノン河流域で目撃情報アリ
※生死は問わない
巨人族はかなり珍しい種族だ。
僕は見たことないし、見たという話も聞いたことがない。
その強さもわからないが、この馬鹿げた賞金額で弱いということはないだろう。
「ヴァーノン河流域って範囲広すぎません?」
「行動範囲が広いんだ。連中はコンパスが違う」
「なるほど」
タルタロスの行き先に見当がついたのはいい。だが地図上ではヴァーノン河はジューク連山の方から未だ見ぬ海まで流れているのだ。探すには広すぎる。
「そっちの用件は終わったか!?ならばこちらの用件をやってもらおう!」
ターバンのおっさんが再び従業員へ目配せすると、今度は間髪いれずに紙が差し出された。
「やれば出来るじゃねえか。いつもそうやれ!ったく」
そう言って従業員の頭を叩く。どちらにしろ叩かれるようだ。
涙目の従業員をよそに、渡された紙に目を落とす。
「誓約書?」
「タルタロスが偽者だと公言しないこと。情報をやったんだ、これくらい飲めるだろ?」
ターバンのおっさんは悪い顔でサインを迫る。多分、まだ僕達が口止め料を強請ると思っているのだろう。
生憎、僕達に必要なのは情報だけなので素直にサインした。……いや、お金も欲しいけどね。
「何だ、ほんとに聞きたかっただけか」
誓約書を手に取り呟くターバンのおっさん。
「では、僕達はこれで。あ、最後にもうひとつ」
「なんだ?」
「タルタロスが出ていったのはいつですか?」
「5回前の開催日の直後だから10日前だな」
「そうですか。ありがとうございました。」
控え室を出るとすでにあかね空だった。
ジャックと相談し今日は切り上げる事にした。
宿に帰ると女将さんが凄くワイン臭かった。昼間から飲んでたのだろうか。