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ヴァーノニア3日目。
朝目覚めると、相変わらずジャックはイスに座り窓の外を眺めていた。
ずっとああしていたのだろうか。
また夢を見ていたのだろうか。
早く何とかしてやりたい。
リュングベリが言っていた通り、門のすぐ外に闘技場はあった。闘技場と聞いて石造りのコロシアムを想像していたが、まるでサーカス団のようだった。
テントが幾つか点在し、真ん中に一際大きなテントがある。敷地の周りをぐるっと柵が囲み、勝手に入れないようになっていた。
「のえるサン!!」
「どうした?ジャック」
ジャックは柵に貼られた1枚のチラシを指さした。
「コレ!」
それは闘技場のチラシだった。
∞∞本日のビッグマッチ∞∞
・変則タッグマッチ
野獣ドミンゴVSゴブリンブラザーズ
・アニマル対決
極悪ウルフVSキラーフォックス
★メインイベント
絶対王者タルタロスVS挑戦者デンジャラスジョー
「タルタロス!!」
記された探し人の名に、つい大きな声を上げてしまった。
真ん中の大きなテントが闘技場のようだ。
入口に派手な服を着た男が何人か立っていて、チケットを売っていた。
「観覧ですか?参戦希望ですか?」
「ちょっとお聞きしたいのですが」
「観覧ですか?参戦希望ですか?」
「あの、このタルタロスさんに会いたいのです」
「観覧ですか?参戦希望ですか?」
「……観覧で」
「観覧のお客様入りまァーす!」
「「あァりがとうございまァーす!」」
渋々観覧チケットを2人分、計4000シェル支払った。
いちいち高いよヴァーノニア。
「オ金大丈夫デスカ?」
「……ギリギリ」
食費を切り詰めるしかないな。
観客席は満員に近かった。
階段を上がり席を探して回る。
そこかしこから怒号が飛び、歓声が上がっていた。
だが、最も気になるのはこの声。
『さあ!いよいよ始まりますアニマル対決!まず入場してきたのは極悪ウルフだぁ~!』
テント中に響く大音量。これは誰が喋ってるんだ?
空いていた席に座り、声の主を探すが見当たらない。
「あんちゃんここは初めてか。不思議なようだな」
僕の様子を見ていたらしい、隣の席の男が話しかけてきた。
「これはどんな仕組みなんです?」
「マジックアイテムさ。あの男が喋ってる」
隣の男が視線を送るのは、これから戦闘が行われるであろうフロアのすぐ横に座る男性。
「自分の声を大きくする魔法がかかっているんだと。妙なアイテムだよなあ」
確かに妙なアイテムだ。役に立つシチュエーションがあまり浮かばない。それこそこういった興行くらいか。
『続いてキラーフォックスの入場だ!……おっといけない!極悪ウルフの先制攻撃だ!まだ試合は始まってないぞ!?まさしく極悪だー!』
観客からブーイングが飛ぶ。
どうやらこの試合は素手対素手のようだ。
極悪ウルフは珍しいウルフェン族。
ウルフェン族はナーゴ族の狼版といった感じで、狼のしっぽと耳が生えている。
対するキラーフォックスは狐の被り物をしただけのぽっちゃり体型の闘士なのだが、なんと女性だ。
『殴る!殴る!極悪ウルフ、反撃の隙を与えない!あーっと、キラーフォックス膝をついてしまった!まさかこのまま決着か!?』
観客からのブーイングに怒声も混じる。
「凄い熱量ですね」
「賭けもやってるからな。皆、必死よ」
よく観察すると半券のような物を何枚も握りしめてる観客が多いのがわかった。
『ここでキラーフォックス、反撃の地獄突き!これは効いたか極悪ウルフ、堪らず後ろに下がる!』
大きな歓声が上がる。キラーフォックスに賭けている人が多いのか?
『さあ、キラーフォックスの時間だ!
「いくぞー!!」
キラーフォックスは一旦極悪ウルフから離れ、観客へ向けアピールする。観客は大歓声だ。
しかし後ろから極悪ウルフが近付くのに気付いていない。
『あー!極悪ウルフの毒霧攻撃だー!キラーフォックス、目に入ったか?マスクが邪魔で目をこすれない!これはピーンチ!……あ、前列の方、毒霧はただの赤ワインですので慌てなくて大丈夫ですよ』
「赤ワイン?これってヤラセ?」
「ヤラセは表現が悪いぜあんちゃん。暗黙のルールがあるのさ」
「暗黙のルール?」
「命に関わるような攻撃は禁止とかな。さっきの毒霧だって、ほんとに毒霧だとそれで決まっちまうだろ?見てる方はつまんねえよ」
「あー、なるほど」
試合の方は佳境を迎えていた。
毒霧のアドバンテージを生かして極悪ウルフが畳み掛ける。だがキラーフォックスもガードを固め、隙を見て打撃を加えていた。
『キラーフォックスが極悪ウルフの腰にしがみついた!極悪ウルフは構わず肘を落とす!このまま押しきるか!?あっ、キラーフォックスが腰を支点に後ろへ回る……これはァ!』
ワッ!と歓声が上がり観客の多くが立ち上がる。
『この体勢は!でるか!?でっ、でたーー!必殺のフォックスドロップ!!極悪ウルフの頭が深々と地面に突き刺さった!……立ち上がれない!キラーフォックスの勝利だーー!』
「「フォックス!!フォックス!!」」
テントが今日一番の歓声に包まれる。
「次ノ試合デスヨネ?」
「うん」
「おっ?あんちゃん達はタルタロスのファンか?」
「シッテルノデスカ!?」
「そりゃ【絶対王者】だぜ?ここにいて知らないなんてニワカさ」
「有名なんですね」
「とにかく強いからな。闘い方もスマートだし……最近はちっとショボくなっちまったがな」
「ショボい?」
「スランプだって予想屋のジジイは言ってたな」
ジャックが僕にだけ聞こえるように囁いた。
「たるたろす公ガしょぼイトカアリエナイ」
僕も囁きで返す。
「スランプらしいじゃん。今のジャックだってスランプみたいなものでしょ?スケルトンにだってスランプはあるんだよ」
「ソレハソウデスガ」
僕達の囁きはアナウンスの声でかき消された。
『レディースエーンジェントルメン!いよいよ本日のメインイベントです!』
一斉に照明が落ち、闘士の入場口にのみ明かりが灯る。
『まずは挑戦者!血祭りにした闘士は数知れず!狂える鉄球魔人!デェーンジャラース……ジョー!!』
歓声とブーイングの混じった声の中、短く揃えた短髪にヒゲ面の男が入場してきた。片手には長い鎖を両手に持ち、鎖の先にはトゲトゲの生えた鉄球が付いている。
デンジャラスジョーは鉄球を振り回し観客にアピールした。
『皆様、お待たせ致しました。チャンピオンの中のチャンピオン!絶対王者!タルルルゥタロオォス!』
大歓声が巻き起こる。
呼び出しからじっくり間をとってからタルタロスは現れた。立派な体躯には青の全身鎧をまとい、背中にはツーハンデッドソード。ジャックに聞いた通りの見た目だ。
「?」
「どうした、ジャック?」
「ナントナクデスガ……縮ンダ?」
「いや、僕に聞かれても」
「スイマセン。モウ一回リ大カッタヨウナ」
「気のせいじゃない?距離あるし」
「ソウデスカネ……」
タルタロスが大剣を掲げると観客のボルテージは最高潮に達した。僕も周りの熱気にあてられて、これから素晴らしい闘いが始まるのだと確信した。
「……ショボい」
「……ハイ」
僕達の感想に、隣の男が得意気に話す。
「な?言ったろう?最近ショボいんだよ」
デンジャラスジョーの鉄球攻撃にタルタロスは防戦一方。しかし全身鎧のお陰もあり決定的な一撃は受けない。
そうした膠着状態の中、タルタロスが鎖を掴み引き寄せた。そこまでは良かったのだが、勢い余ってデンジャラスジョーと抱き合うような格好になった。2人でジタバタと暴れている内に鎖が絡まり、それをどうにかしようと動く度に更に絡まっていく。
仕方なく密着した状態で殴り合いに突入したのだが、ポカポカ殴り合う様はまるで子供の喧嘩だ。先ほどのフォックス戦とは雲泥の差。
「泥仕合デスネ」
「これ、どうなったら終わるのかな」
「どっちかがギブアップするだろうな。おっ!?」
男の驚きの声に闘いへと目を戻すと、デンジャラスジョーがタルタロスの兜に手をかけていた。タルタロスは必死に抵抗しているが、徐々に兜が脱げていく。
「ジャック、不味くない?」
「すけるとんダトばれテシマイマス」
泥仕合がマスク剥ぎマッチに転じたことで観客に熱気が戻る。一方、僕とジャックはひやひやしながら見守る。
『デンジャラスジョー、タブーなどお構い無し!ついに絶対王者の素顔が明らかになってしまうのか!?』
デンジャラスジョーはタルタロスの鎧の隙間に鉄球のトゲをめり込ませる。
痛みに耐えかねたタルタロスが兜から手を放した瞬間。
タルタロスの兜が宙を舞った。